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明くる日の


 10. 押し潰されそうな不安

 渚は絶望的な気分に陥りながら呆然としていた。寝台を眺めてはいるが、視界は何も認識していない。布団を握り締める渚の手は真っ白く色を失くし、小さく震えている。しかしそれに気付く人物もこの部屋にはいない。
 声が出ないという事実を前に、渚はどうする事も出来ずにただ座っているしか無かった。
 喉に手を当て、意識して発声しようとする。しかし唇から零れたのは、意味を成さない空気だった。喉の奥が収縮してしまったかのように違和感を感じる。
「――っ!」
 渚は涙を滲ませて歯を食いしばった。
 次に渚が取った行動は、パソコンでの検索だ。
 震える手で愛用のノートパソコンを手繰り寄せ、膝の上に乗せて起ち上げる。いつもは気にならない起動の黒い画面も、今では苛立ちを増すばかりだ。ネットに接続された瞬間にも渚はキーボードを叩いていた。
 涙で視界が滲む。ディスプレイが曖昧になるが、渚は目を瞑っていても正確に打てる能力の持ち主である。
 焦る気持ちを抑えながら、素早く検索結果に目を通して唇を噛み締めた。
 目頭が更に熱くなる。自分の意識が遠くに行ってしまったかのように思えたのに、パソコンに落ちる涙の音ははっきりと聞こえた気がした。
 ――本当は調べなくても原因など分かっている。
 風悠来と渚の間にはどうしようも出来ない年齢の壁がある。渚がどんなに外見を繕っても、背伸びをしても、その壁は崩れない。
 拒否される可能性の方が大きいであろうと理解はしていた。覚悟もしていたけれど、それを突きつけられた今は、失声症に陥るほど弱かった。
 大粒の涙がキーボードに落ちていく。
 現在渚が使っているノートパソコンは、父から初めて贈られたプレゼントだ。彼は現在、渚の父であった人生とは別の人生を歩もうとしている。最初で最後のプレゼントを壊す訳にはいかない。
 渚は震える手でキーボードの涙を拭ったが、それでは追いつかない程に溢れてくる。
 しまいに渚は小さな手でパソコンを脇に押しやり、布団に潜り込んだ。頭から被って小さくなる。
 泣いて熱くなった体は直ぐに息苦しさを訴え、それでも渚は無理に呼吸を繰り返した。泣き疲れて眠ってしまうまで、渚はそうして小さくなっていた。

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