第五章

【六】

 つい先日の賑やかな食事とは一変して重苦しい沈黙。
 誰もが何かを恐れて口を閉ざす。ビトでさえも、周囲の沈黙に何かを悟ったようで暗い顔をしている。
 まるで最後の晩餐のように沈鬱な表情を浮かべていた皆だが、やがてジュナンが耐え切れなくなったかのように音を立てて食器を置いた。
「やめやめ、馬鹿らしい。ここで暗くなってたってどうにもならないだろ。今後どうするか、皆で考えようぜ」
 怒ったように告げるジュナンに注目が集まったが、沈黙は変わらなかった。ジュナンの言葉は食事の手を止めることぐらいにしかならなかったようだ。誰も何も喋らない。ジュナンはムッとして眉を寄せる。
 やがて、イザベルだけが口を開いた。
「どうすると言うの。あいつに貴方たちが敵わないことは実証済みでしょう」
 イザベルの声は冷ややかだ。先ほどアリカに見せた温かな笑顔は欠片もない。全てを払拭したその変貌にアリカは驚く。
「でもさ、お前あの時、アリカを犠牲にしなくてもいい方法があるって」
「それはあいつに敵うことを前提としたことよ。エイラ姉さん……すら、敵わないとは思ってなかったもの……!」
 あっさりと、闇の者に掴まれただけで侵食を許し、滅んだエイラ。最期を思い出したのか、イザベルの声は悔しげに震えていた。
 それまでエイラの消滅を知らされていなかったビトが驚いてイザベルを見たが、否定の言葉はない。青褪めた表情のまま口を挟む。
「では、他に救う方法は」
「それを考えているのよ、今!」
 苛々とイザベルは食器を置く。煮詰まっているのは誰の目から見ても明らかだった。
「……ルエの所に行こう」
「え?」
 ジュナンが呟くように言ってイザベルを見た。
「どっちにしろ、ここから動かないといけないだろ。王宮に近いんだから。でも他に行く場所もないし、ルエの様子も気になるだろう?」
 イザベルは迷うように視線を逸らせた。ビトとライラは成り行きを見守り、アリカも口を挟めない。しばらく間を置いて、フラッシュだけが口を開いた。
「いいんじゃないか?」
 食事を終えると腕組みをし、力強い笑みを浮かべながらジュナンを見る。

「確かにルエがどうなっているのか興味がある。それに、コルヴィノの……イオの森に、ちょっと俺は用を思い出したからな」
「イオの森に?」
 意外な言葉にジュナンは首を傾げた。イオの森に住まうコルヴィノ族は全滅し、他の生存者は皆無だと思うのだが。
 眉を寄せたジュナンに反して同意の声を上げたのはイザベルだった。
「じっとしているよりはいいわ。では、ルエのいるカリュケの森を目指しましょう」
 どうやら決定のようだ。ザヴェルだけは厳しい目でジュナンを見つめていたが、気付いた者は誰もいなかった。
「お前らも仕度をしろ」
 フラッシュはビトに告げた。
「え?」
「ここではお前らも危険だ。一緒に来い」
「けど、ライラが」
 王宮に希望がなくなった今では、逆に王宮に近い方が危険だ。しかしビトは眉を寄せてかぶりを振った。イザベルが苦笑を返す。
「大丈夫よ。ライラの具合は大分良いみたいじゃない。私たちなら護れるわ。ビトも、一緒に来る方が安心でしょう」
 ビトから返事は待たず、イザベルは立ち上がった。食事を終えていたアリカを引いて、部屋を離れようとする。アリカはフラッシュのいるこの空間から早く抜け出したかったのであえて逆らわず、イザベルに従った。
「あ、アリカ」
 イザベルと共に姿を消しかけたアリカに、ジュナンは声をかけた。けれど何を言おうとしたのか、そのまま固まる。
「いや、なんでもない」
「そう?」
 不自然に思ったもののアリカは深く追求せず、首を傾げて頷いた。
 アリカを見送ったジュナンは席に戻り、ため息をつく。チラリと視線をフラッシュに投げる。
「なぁ、フラッシュ」
「なんだ」
 いつもと違う声音にジュナンは首を竦めた。アリカの声を聞いたからなのか、フラッシュの機嫌はあまり良くないように思われた。
「お前さ、あー……いや、それより、イオの森に何の用があるんだって?」
 本来の目的とは別の問いかけにフラッシュは眉を寄せる。隣でザウェルが嘆息した。ジュナンは辛抱強く待ち続ける。
「……確かめたいことがある」
 根負けしたのかフラッシュはポツリと呟いた。
「確かめたいことって?」
「……俺が本来トゥルカーナの民ではないことを知ってるだろう」
「あ、ああ」
 ジュナンはあいまいに頷いた。
 まだ年端もいかぬ赤ん坊の頃、フラッシュはサイキ女王に拾われたと聞いている。
「拾われたのはイオの森だった。あの森には神殿があるから、俺はそこから飛ばされて来たんじゃないかと、サイキ女王が言っていた」
 フラッシュは腕組みをしながら前方の何もない所を見つめた。
「飛ばされて……?」
「あの神殿は別の世界に繋がる特別な神殿だ。あれを使えば、他の世界の状態も見ることが出来ると言う」
「別の世界って……トゥルカーナ以外の?」
「ああ」
 驚く皆に、フラッシュはただ頷いた。
 誰もが知らない事実。イザベルが言うには、サイキ女王の時代には既に使われていないという話であったのに、フラッシュはどこからその情報を入手したのだろうか。
「イザベルが言っていただろう。あいつをトゥルカーナに呼び寄せたのは俺だと」
「そりゃ言ってたけど……まさか本当な訳ないだろう? お前があんな奴呼び寄せるなんて」
 ジュナンは信じられないようにフラッシュを見つめた。ビトがフラッシュを見つめる視線も同じだ。計り知れない恐怖が押し寄せようとするのを必死で留めている。
 フラッシュは自嘲のように笑った。
「呼び寄せたのかもな」
「サイキ女王に絶大な恩を感じている君だよ。そんなことあるわけないね」
 ザウェルが冷徹に返した。
 フラッシュはその気遣いに笑い、空になった食器を重ねる。動いたフラッシュに合わせ、他の皆も空になった食器を重ねてテーブルの端に寄せる。
「でも隊長。実際この後どうするんです?」
 ビトの言葉に誰もが黙り込んだ。具体的な策が何も見つからないのだ。
「逃げてたって仕方ないしなぁ」
「それこそ時間の問題だ」
 いい案が何も見つからない。フラッシュは苦心するように眉を寄せる。
「あの神殿まで行けば……他星と接触が取れれば、あるいは……」
「他の世界って言ったって、俺らはその存在すら知らないんだぞ。そんなのを他の奴らが何とかしてくれるのかよ。他の奴らが俺らに救援呼びかけてたって、俺らは知らなかったと思うのに」
 ジュナンが不貞腐れたように呟いてテーブルに肘をついた。唇を尖らせる。
 行儀の悪いその態度に、ザウェルが勢い良くジュナンの肘を払う。支えを失ったジュナンは頭をテーブルに打ちかけ、寸前で思いとどまった。兄を睨むがザウェルは平然とそっぽを向くだけだ。
「トゥルカーナは光に属する星だ。そこに闇の塊みたいなあいつがいることは非常事態だ。均衡を保つ為にも他の奴らはほっとかないだろ。他力本願みたいで癪だけどな」
 肩を竦めたフラッシュを他の三人が奇異な目で見つめた。
 同じ地位にある双子でさえそのような事実は知らない。ビトに至っては、この星以外の者の存在すら知らないのだ。それをフラッシュは当然のように受け止め、策の内に入れている。
 彼を見ていたザウェルは、不意にフラッシュに対する認識が覆りそうな気がしてかぶりを振った。これまで一緒にいた時間で築いた信頼を崩すことはない。
「とにかく、その神殿まで行ってみることだね」
「ああ」
「神殿はイオの森にしかないのか?」
「分からん。王宮にもあるけど今は近づけねぇし。他の場所は知らん。って事で、俺は見回りに行って来るぞ」
 フラッシュは立ち上がり、背後の皆に手を振った。
「気をつけてな」
「ああ」
 ビトは後姿を見送って立ち上がる。食器を片付けようとし、それを手伝う為に双子も立ち上がる。
「コルヴィノ族がイオの森の守護族としてついてたのは、あの神殿があったからなのか?」
「そうかもしれないね。あの神殿が使われなくなったのはサイキ女王の時代に入ってからだと言っていたけど、どうしてかな」
 新たに告げられた事実を整理するだけで精一杯だ。トゥルカーナで閉じられていた世界はまだ広く、その世界をフラッシュは知っている。
 自分たちとは何かが違う存在。
 イザベルはそれを知っていてフラッシュを拒絶するのだろうかと、ふと思った。