楽してお金を稼ぐ方法

【一】

 隣には旅の連れがいる。不本意ながら。
 一つ前に寄った町でちょっとした頼みごとを引き受けたのが運の尽き。いつの間にか旅の連れとなっていた。不思議なことに。
 なんで私が、と思わないではないものの、完全に突き放すこともできない微妙な位置にいるのだ。この要注意人物が。


 ディアは不機嫌な顔をしながら、少し遅れて歩くセイを振り返った。
 揺れる金髪は陽の光を浴びて燦々と輝いている。一度も日に焼けたことがないのではないかと思わせる白い肌に、仄かな金の影が落ちている。華奢な体はつつけば簡単に倒れてしまいそうだ。苦しい旅に耐えられるとは思えない要素ばかりを兼ね備えた者。
 どうしたものかと思いながら観察しているとセイが顔を上げた。世界を堪能していた紫紺の瞳がディアを捉え、嬉しげに微笑む。それはとても可憐で、全てを虜にするような超絶美少女の笑顔。ディアにとっては詐欺師の笑顔。
 これに、騙されたのだ。
「次の町までは結構ありますね」
 今すぐ抱きしめて誰にも見えない場所に囲い込んでしまいたい。
 世の男たちがそう思うだろう可憐な笑顔を隠さないまま、隣に並んだセイは地図を指差した。けれどディアだけは疎ましく思う。胡乱な視線でセイの指を辿る。ディアの背は成人男性の平均身長を上回り、セイの背は成人女性の平均身長を下回る。そんな二人が並ぶと親子だ。眩しい金髪がディアの視界を塞ぐ。
「隣の町まで歩いて行くのは初めてです」
 嬉しそうな紫紺の瞳がディアを仰ぐ。先日まで厳重に箱詰めで保管されていたような人物だ。確かに、徒歩での移動は珍しいだろう。
 ディアはセイの一挙一動に悪態をつきながらため息を落とした。
 気持ちを切り替えることにする。
 セイの言う通り、確かに隣町までの距離は長い。このままの速度で行けば今夜は野宿となるだろう。自分だけであれば野宿でも構わないが、今はセイがいる。夜通し歩くこともできないし、野宿させることもできない。セイのことを旅連れだと納得したわけではない。セイに何かあったら貴族連中に何を言われるか。細心の注意が必要だ。
 まったく。なんで私が。
 ディアのため息に気付いてセイが顔を上げた。ため息の意味には気付かないようで、楽しげな表情のまま首を傾げる。そんな顔すら今は憎らしくて疎ましく、ディアは更なる疲労が蓄積されていくような気になるのだった。
 ――さて。どうしたものか。
 距離を稼ぐためにはもう少し早く歩かなければいけない。
 首をひねって打開策を練ろうとした時、前方から三頭の馬が駆けてきた。
 騎馬だ。各々の馬には正装した青年が乗っている。一頭を先頭にして駆けてくる。
 ディアはそっと手を伸ばしてセイを後退させた。自身もまた脇に避ける。
「馬か……いいな」
 ディアの呟きを聞いてセイが首を傾げた。タチの悪い輩にお金を盗まれ、文無し生活が続いている。今のディアには馬を購入することもできない。
「歩きの方が、私は楽しくていいですよ?」
「ああそう」
 もしかしたらディアを気遣っての言葉だったのかもしれないが、微笑みを見る限りそれは怪しい。単に素直に言っただけなのかもしれない。
 ディアは素っ気無く返した。
「……誰のせいだと思ってるんだ」
 セイに聞こえないくらい小さな声で毒を落とす。
 悪人から金を奪うという行為を止められさえしなければ貧困に頭を悩ませる必要はないのだ。あまり褒められた行為ではないことはディアも知っている。しかし悪人の心を挫くことができて自分の懐を潤すことができるならば使わない手はない。だが、普段は流されがちなセイがそこだけは強情に許さないのだ。そのためディアは正当な方法でお金を稼ぐしか道がなくなってしまった。
 視線を巡らせば悪人など山ほどいるだろうに手出しをできないこの現状。
 セイがいる限り、このような不都合な面は色々と湧き出してくるだろう。
 やはりどこかで早く縁を切らなければいけない。
 ディアは心に誓った。
「おい。お前ら旅の者か?」
 ディアたちの直ぐそばで馬が止まった。舞い上がる砂煙を腕で庇い、ディアは顔をしかめながら彼らを見る。馬上から偉そうに質問されるのは気に食わない。
 ディアが押し黙っていると、セイが隣から「ええそうです」と返事をした。
 余計な口出しを、とディアは彼を睨み付ける。
 男たちは二人のやり取りに気付かなかったようだ。旅人だという答えに「そうか」とだけ頷き、馬の側面に提げていた荷物から何かを取り出そうとし始めた。
 もしや商人だろうか。
 商人向けの服装ではないことが引っかかるが、街道で旅人相手に商売をする者は沢山いる。中には地元で拾ったありふれた物を、さも高級そうに見せかけて売りつける者もいる。
 しかし今はそのような心配をする必要はない。幾ら安くしておくと言われても、喉から手が出るほど欲しい物があろうとも、ディアにはお金がないのだから。
 セイに代替させるという手もあるが、今はそこまで急を要するものなどない。早々に断ることにする。
「私たちは」
「今ここいらの街道では盗賊が出るんだ」
 ディアの声を遮って、荷物から取り出したらしい紙を男は投げ渡す。丸められたそれを広げてみると、そこには覆面をつけた者たちが描かれていた。その下には『被害急増中』と大きな文字も添えられている。子どものラクガキのような貼り紙だ。
「なんだよこれ?」
「目撃者の証言をもとに作成された似顔絵だ」
 真面目に告げられて、ディアもセイもマジマジと貼り紙を凝視する。とてもではないが、似顔絵と呼んでいい代物ではないような気がする。
「もっと分かりやすく描けなかったのかよ……?」
 思わず本音を洩らすと苦笑された。
「どれも覆面をつけててな、はっきり見た者たちも似顔絵を作るには当たらなかったそうだ。背格好ばかりでもないよりはマシだろう?」
「いやしかしだな」
 近づけてみたり、遠ざけてみたり。何をやっても変わらない。
「真っ黒い影しか描かれていないんだが」
「お前らも気をつけろよ」
「ありがとうございます」
「って、おいっ!」
 ディアが呆れているうちに男たちは馬を走らせ、去っていく彼らにセイが礼を言う。ディアが気付いた時には砂煙の向こう側だ。
 きっとディアたちが出てきた町へ、役立つのか良く分からないこの貼り紙を配りに行ったのだろう。
 ディアは丸めて溜息をつく。
「盗賊か……」
「気をつけないといけませんね、ディア」
 セイの言葉は耳に入っていなかった。


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 国の情勢によってまちまちだが、旅人は国から援助されている。王や代表たちが積極的に手を差し伸べ、旅がしやすいように環境を整えているのだ。ある意味国のステータスと呼べるのかもしれない。治安が悪い国では旅人への援助もできないのだから。
 ディアたちが今寝床にしようとしている小屋もまた、そんな王たちによって建てられたものだった。
 町と町との距離が長い街道には必ずと言っていいほど設置されている旅人用の小屋。そのお陰で旅人は安心して寝床の確保が出来るのだ。
 旅人にとっては大変ありがたい、国同士の複雑な事情。小屋には食料まで保管されてあるのだから、定住するよりよっぽど生活保障がされているのかもしれない。
「そうだったんですね……」
 そのことをディアから聞いたセイは、珍しそうに小屋を眺めている。
 本当に自分の領地から出たことはなかったのだろう。瞳は好奇心に輝いている。そうしていると歳相応の男の子めいた冒険心を感じることも出来る。
「大抵の街道には設置されてるが、たまにない街道もあるからな。そういう時は洞窟や岩陰で代用する」
「ふうん……」
「明かりを点けてくれ」
 セイには敢えて言わないが、小屋がない街道がある国からはとっとと逃げるのが得策だ。そういう国は財政が傾いている所が多く、大抵は近いうちに破綻する。全てがそうとは言わないが、今までディアが見てきた殆どがそうして滅んでいった。そういう点で旅人は世界の経済情勢にもある程度詳しくなっていく。
 ディアは荷物を置いて小屋の中を確かめた。
 丸太を削り出して土台とし、薄く切り出した大きな板で組み立ててある。特別珍しい訳でもない、ごくありふれた小屋の造りだ。治世は安定しているのだろう。ひとまずこの国はまだ大丈夫そうだと判断する。
 ディアがそうしている間にセイは玄関に備え付けられていたランプに火を灯し、部屋のランプにも火を灯した。
 ここ旅人の小屋には、貴族たちが一般的に使っている発火装置はさすがに置いていない。天井にも炎の通り道は作られておらず、代わりに吊るすランプが大量に置かれていた。その一つ一つに丁寧に火を入れ、セイは安全面を考慮した場所に吊るしていく。小屋の中は見る間に暖かな光に包まれる。
「お腹すきましたね」
「台所に保存食が揃ってるはずだ。適当に食え」
 セイが全てのランプを設置し終えると夜が更け始めていた。こんなに歩いたのは久しぶりですと、眠そうな顔をしながらお腹をさするセイに台所を指差す。言われたセイは素直に台所へと足を向ける。
 ディアはそんな彼の後姿を見送って、窓から小屋の裏側を眺めた。
 街道とは正反対の位置にある窓からは、やや急勾配の丘が見える。丘をのぼる道はそのまま森へと続いているようだ。
 確かあちら側は直ぐに海に面していたはずだ。
 脳裏に地図を思い描いたディアは、昼間に受けた忠告を思い出しながら口許を緩めた。
 手っ取り早く金を稼ぐ方法が見つかった。最近活躍している盗賊ならば蓄えも結構なものだろう。問題はセイだけだ。
 ディアはそう思って振り返り、呆れた顔をした。
 調理されていない食料を抱え、困惑した表情で佇むセイがそこにいた。どうやら彼は調理方法も知らないらしい。知らずため息が零れる。
「教えてやるから一度で覚えろよ……?」
「はいっ」
 元気のいい返事を聞いて、ディアは笑った。
 セイの腕から食料を取り上げて調理場へ向かう。実践でセイに教え込む。ディアが目を瞠るほどセイは物覚えが早かった。
 ――夜はセイに見つからないよう、寝たのを確認してから捜し出して奪えばいいか。楽勝だな。
 まるでどちらが盗賊だか分からないようなことを考えながら、ディアは早く夜が来ることを祈った。簡単な食事で腹を満たし、夜更けまでの僅かな時間を過ごしながら、ディアはセイを振り返った。
「ところでセイ。今ならまだ町に戻っても夜じゅうには着くぞ」
「何かやり残したことでもありましたか?」
 あっさり返されて頭を押さえる。どうやら自分が共に行くことが大前提となっているらしい。セイに帰る気は全くないようだった。
「足手まといになるようなら即、置いていくからな」
「ところでディア。奥の部屋を見ましたら、寝台が一つしかありませんでしたね」
「あ? ああ。まぁ、それが普通だからな」
 唐突な話題変更に戸惑いながらディアは頷く。
「セイが使っていいぞ。私は」
「一緒に寝ますか?」
 私は居間で寝る、と言いかけたディアの口が止まる。セイはにこにこと、罪悪感の欠片もない笑顔でディアを見つめる。
「私たち婚約してますし問題ないですよね」
「お前の頭が大問題だーーーっっ!!」
 手入れしていたナイフを握り締めたまま、ディアは大絶叫を上げた。


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 可憐な外見に惑わされて忘れているが、セイは力が強い。
 ディアは必死の思いで寝室から抜け出してきた。乱された息を整えながら窓に手をつける。
「全く、全く、全く! 性格変わってるぞ絶対っ!」
 紅潮した顔を窓に映しながら外を見ると、すっかり夜だ。こうなったら是非ともこの憤りを盗賊達にぶつけてやらねば気が済まない。今日は大収穫だ。
 ディアは寝室を振り返り、もう一度外を見る。就寝にはまだ早い時間のため、もう少し待った方がいいだろう。
 居間に広げたままの荷物を手繰り寄せ、剣を取り出して窓辺に置いた。自身も窓辺に腰掛ける。板に背中を預けながら瞳を閉ざして時を待った。
 静寂だけが支配する。姿を見せた月が天高く昇っていく。こうして虫の声だけを聞いている夜は珍しくない。珍しいのは、連れがいるということだ。これまでも何人かと一緒に旅をしたことがある。だがそれらは全て仕事上の契約だったり、個人的な事情だったりと、短期間に終わってしまうことが多かった。今回も恐らくそうなるのだろう。無理に置いていくことができない以上、ほとぼりが冷めるまで待つしかない。貴族の道楽など、そう長くは続かないのが普通なのだから。
 彫像のように微動だにしなかったディアは、月が傾きかける頃にようやく身じろぎした。
「まぁ、今くらいが丁度いいか?」
 軽く瞳を瞬かせて月を仰いだ。少しの時間だが仮眠も取れ、体力も回復したようだ。これから暴れるには申し分ない条件が整っている。
 音を立てぬよう玄関に向かおうとしたディアだが、セイが気になった。どうせ直ぐに戻るのだから気にする必要はないのだが、逡巡したのち寝室に足を向ける。扉の前で耳を澄ませてみるが、何の物音もしない。どうやら眠っているようだ。
 音を立てぬよう慎重に扉を開けてみれば、やや狭い部屋に備え付けの寝台が見えた。そこにはセイがしっかりと横になっている。ディアに背を向けた彼は布団を肩までかけ、寝乱れた様子もない。呼吸音も静かなものだ。育ちの良さが窺えた。
 ディアは微笑んで扉を閉めた。
 これで朝になる前に金目の物を奪えれば言うことなしだ。突然増えたお金をセイは訝るだろうが、そこは口先で丸め込んでしまえばいい。世間知らずなお坊ちゃんを騙すのは簡単だろう。
 ディアは足取り軽く、玄関に向かった。