彼の資格

【一】

「見てください、ディア。花畑ですよ!」
「ああ」
 珍しい大声を意外に思いながら振り返ったディアは瞳を細めた。セイが指す丘には色とりどりの花が咲き乱れている。春爛漫といった次第だ。
 セイは感嘆した。何が嬉しいのか、喜んで走り出そうとまでする。
「おい、セイッ?」
「行きましょう、ディア!」
 セイは有無を言わせず腕を引いた。そんな彼の力は強い。ディアは振り解くこともできず、半ば強引に連れて行かれた。花畑に足を踏み入れると強い香が鼻をくすぐる。
 丘の向こうには海が広がっていた。視界の端には浜辺もある。位置的に見て、次の街から繋がる場所なのだろう。次の街までもう近い。
 セイは鼻歌でも歌い出しそうな様子で花畑の中に座り込んだ。様々な種類の花を眺める瞳は輝いている。その表情は作られたものではなく、見ている者までも幸せにするような本物の笑顔だ。外見だけではなく中身までセイは女らしいようだった。
 ディアはそんな笑顔を見ながら腰を下ろして足を伸ばす。次の街まで直ぐであるし、ここで少しくらいの道草を食っても構わないだろう。
 花たちが潰されてセイが悲鳴を上げた。非難の声を聞き流す。手を着いた場所に意識を向けて、ふと気付いた。
「……イリス?」
 花に埋もれて控えめに根を下ろす草を、選り分けて摘んだ。その仕草にセイは首を傾げる。旅に出た当初は何も知らないセイだったが、今では幾分か旅に必要な知識が身についている。
「ここには薬草も多く生えているようですね」
 ディアが摘んだ薬草を確認して、もう一度セイは花畑を見渡す。薬草は花と違って地味なため、なかなか判別しがたい。けれど花弁をそっと避けると、下にはしっかりと根付いた薬草がある。葉の種類は豊富だ。
「おお? ジャミがある。あ、バラも!」
 ジャミもバラも旅人にとって欠かせない薬草だ。毒消しにも疲労回復にも役立つ。だが、金を払って手に入れるとなると結構な値段を要求される、高級品だった。まさかこのような何の変哲もない場所で見つかるとは思ってもいなかった。
 貴重な薬草を見つけたディアの顔が輝き出す。
 観賞用の“花”ではなく、実用性のある“薬草”に喜ぶ所がディアらしい。セイは苦笑を零す。
「色気が足りないですよね……」
 ディアには聞こえないのを承知で呟いた。


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 街に入って近づいてきたのは、どこにでもいる柄の悪い男たちだった。
「おう兄ちゃん。可愛い子、連れてるじゃないか」
 ディアは無反応で聞き流す。何事もなかったかのように、通りを眺めながら男の側を通り抜ける。隣を歩いていたセイも同じだ。丘で摘んだ袋一杯の薬草を抱え直す。男たちに襲われて逸れないようにするため、ディアと手を繋ぐ。
 手を繋がれたディアは驚いたようにセイを見た。セイはにこりと微笑む。ディアの顔が見る間に赤くなっていく。
 まさに微笑ましい恋人風景であるが、そんな光景を目の前で見せ付けられた男たちの怒りは頂点に達した。
「兄ちゃん……」
 剣呑な声にセイの手が緊張する。ディアの手を掴む手に力が込められる。
 ディアは仕方なく男たちを振り返った。
 声もなく後ろから襲い掛かってきていた卑怯者をあっさりと躱して足払いをかけた。既に繋いでいた手は解いている。いつでも剣を抜けるように、手は柄にかかっている。足払いを掛けられた男はどこぞの芸人のように顔面から地面に滑り込んだ。
 男の仲間らしき者たちが剣呑な視線をディアに向けた。その場の雰囲気を感じ取り、ディアは軽く肩を竦める。結局はこうなるのかと溜息が出る。セイと共に歩くようになってから、こればかりのような気がする。
「やめて下さい!」
 一触即発の空気を壊したのはセイだった。
 ディアと男たちの間に入り、華奢な体を精一杯張って男たちを睨みつけている。男性であるセイが女性であるディアを守る姿は道理にかなったごく自然な姿だが、あいにくと二人の外見がそれを裏切っていた。曇った男たちの目には“愛する男を体を張って守ろうとする健気で儚げな美少女”としか映らないのだ。全員殴ってもいいだろうか、とディアは思った。
「セイ。いいから」
「良くありません!」
「そうそう。お嬢ちゃんはどいてなさいって」
 ディアを振り返っていたセイは、背後から男たちに腕を引かれて悲鳴を上げた。拍子に袋から薬草が零れて地面に落ちた。男たちは気付かず、薬草を踏みにじる。気付いたとしても躊躇わないだろう。
 セイは双眸を瞠った。せっかく摘んだ薬草や花が踏まれ、瞳を潤ませた。それを見たディアがなぜか衝撃を受ける。
 男たちは瞳を潤ませたセイに更なる喝采を浴びせて興奮する。我先にとセイを独り占めしようとするが、ディアが止めた。セイの腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。
「いい加減……うざったいな」
 セイを後ろ手に庇うと、男たちは少し腹を立てたようにディアを睨んだ。しかし多勢に無勢でディアには勝ち目がないと思っているのか、笑いながら二人を取り囲む。セイは不安げに眉を寄せるものの、ディアは分かりやすい男たちの行動に笑みを浮かべる。
 男たちが剣を引き抜くのに合わせて、ディアもまた剣を抜いた。


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 襲い掛かってきた男たちを容赦なく叩き伏せた後、二人は街の中心部に来ていた。そこには市が出され、行き交う人は重たげな荷物を背負っている。活気は申し分ない。
「しばらくはこの街に逗留だな」
「なぜです?」
「金がない。本格的に稼がないとヤバイだろ」
 誰かさんが人道的なこと言わなけりゃ楽に旅が出来るんだがなぁ、と暗に含ませてセイを見るが、彼は何も気付かないように微笑んだ。
「足りないのでしたら私が出しますよ?」
 気付かないどころかそんな提案までされ、ディアは憮然とした。天然なのか意識的なのか。たちが悪い。
「あのな、セイ」
 いつか言わなければいけないと思っていた。今の機会を逃す手はない。
 ディアは溜息をつきながら向き直った。
「お前が使おうとしてる金は、厳密には父親の金だろ? それで払って貰ったって、嬉しくも何ともない。親の金を使ってたんじゃ、いつまで経っても一人前とは言えねぇぞ」
 親の脛をかじっている男の言葉を素直に聞けるほど、ディアは心が広くない。
 指を突きつけるとセイは双眸を瞠らせた。黙り込む。ディアから視線を外し、口許に手を当てて思案するような表情となった。そして、不意に笑顔を見せる。
「……そうですね。やっぱり自分のお金で養うのが当然ですよね。では、早く酒場に行きましょう。私もお手伝いしますから」
 ディアは眉を跳ね上げた。何が当然だというんだ。
「ほら、早く早く。あ、この薬草、売れるでしょうか?」
「ああ……だが」
「そうですね。近くに自生してるなら需要は少なそうですね。でも、別の街に行ったら高値で売れるかもしれませんよね」
「あ、ああ……」
「では私は薬草を摘んで、陰干ししますよ」
「そんなには持ちきれないぞ!?」
「分かってますよ。では行って来ますね」
 怒涛の会話だ。止める間もなくセイは走って行こうとする。とつぜん張り切り出すセイに、ディアは眉を寄せて彼の腕を掴んだ。しかしセイの顔がディアに向けられることはない。軽く腕を払われた。
「夕暮れまでには戻りますよ」
「いや、そういう心配じゃ……」
 俯いていたセイはディアを見上げた。そこにはいつも以上の笑顔があった。だが、作り物であることが容易く知れる笑顔だ。
「危険なところに行く時は声をかけて下さいね。ディア1人では心配ですから」
「どっちが心配なんだか」
「返事は?」
「はいはい、行って来い」
「では、行って来ます」
 セイは今度こそ走り出して行ってしまった。その後姿を眺めながらディアは少しだけ心を痛める。先ほどの言葉がセイを傷つけたのだろう。1人で行かせるのは非常に心配だが、セイも子どもではないし、何より男だ。誇りはあるだろう。
 ディアは小さくなっていくセイを振り切るように踵を返した。