疑惑と嫉妬が芽吹く時

【一】

 ヴァレン領。大陸の北方に位置し、ヴァレン侯爵が治める豊かな大地。
 白壁の町が目にまぶしくてディアは瞳を細めた。
「治安がいいな」
 他の町ではセイと手を繋いでいても厄介ごとに巻き込まれることが多い。暴力事件に発展するのは日常茶飯事だ。だが、ヴァレン領に入ってからはそのような事件が減った。セイを1人で歩かせれば声がかかることだけは同じだが、手を繋いでいるディアを無視してまで奪おうとする狼藉者がいないのだ。ディアからすれば非常に楽な地だ。
「領主がしっかりしていますからね」
 隣からの返事にディアは「おや」と目を向ける。この地に入ってからセイはどこか上の空で、まともな返事がなかったのだ。
 セイは端整な顔立ちをディアに向けた。
「しばらくはここで稼ぎます?」
「ああ。最近、本当にまったく稼いでない。中央なら物価は高いが、給料もいいだろう」
 やや高い丘から眼前の町並みを見下ろしていたディアは、少し遠くに建てられた城に視線を移動させた。ヴァレン領には数日前から滞在しているが、領主の城があるこの町に来たのは今日が最初だ。広大なヴァレン領地の首都とも呼べる場所だ。
「では、街に下りましょうか」
「ああ……」
 微笑むセイに瞳を細めて、ディアは丘を下った。


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 宿の部屋に通されたディアは、その立派さに舌を巻いた。
 これまで通ってきた街の宿とは比べ物にならない。とても綺麗で、造りもしっかりしている。さりげなく飾られた織物なんかが品の良さを表している。これで他の宿と料金がほとんど変わらないのだから、この領地がいかに裕福か分かろうというものだ。
 ――侯爵が治めてる土地なんだから、当然だよな。
 ディアはいたく気に入り、満足げな笑みを浮かべながら観察する。このような立派な所に泊まるのは久しぶりだった。
 靴を脱ぐ。手首まで沈み込む、柔らかな寝台に顔を埋める。
 幸せだった。このまま窒息の危険に見舞われても悔いはない。
「ディア。いいですか?」
 部屋のドアが叩かれた。入っていいぞ、と声を掛けると扉が開かれる。顔を覗かせたセイは、ディアの上機嫌さを見て取ると苦笑して中へ入ってきた。
 ディアは寝台に体を起こして彼を待つ。
「酒場か? もう少し時間が経ってからでもいいんじゃないか?」
 酒場は普通、夜に盛況となる。いつ行っても問題はないだろうが、街によっては夕方からしか開いていないこともある。どうせなら夕食時の喧騒の中に行きたい。賑やかな雰囲気が好みであるディアはそう考えていた。
「夕飯も一緒に酒場で食えば……」
「ああ、いえ。これから私、ちょっと出てきますので。酒場へは一緒に行けないかもしれません」
「何かあるのか?」
 ディアは目を丸くした。セイが別行動を取りたがるのは初めてのような気がした。もしかしたらこの街はセイに縁がある街なのだろうか、と彼を見つめる。
「うーん、あるというか……」
 言葉を濁すセイに首を傾げる。だが直ぐに追求はやめる。再び寝台に横たわる。
「まぁいいや。お前がいなくてもこっちは大丈夫だし。行って来いよ」
 手を振るとセイは苦笑を零した。寝台に横になるまま話すディアに歩み寄る。
「では、私がいない間、無茶しないで下さいね」
「分かった分かった」
 それこそ何度も聞いてきた言葉だったため、ディアは半分以上を聞き流して頷いた。だがセイは立ち去らない。なぜだろうと思う寸前、手を取られて甲に口付けられた。
「では、行って来ます」
 殴られる前に、とセイは素早く離れて笑った。彼の姿はすぐに扉の向こうへ消えてしまう。ディアは真っ赤な顔のまま後姿を睨みつけた。投げ損ねた枕を強く掴み、ため息を吐き出した。


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 さすがは侯爵が治める地の中心部と言えようか。仕事は大きなものから小さなものまで、山のようにあった。
 酒場で情報一覧表を手に入れたディアは、酒を片手にしながら空いている席に着く。細かく書き込まれている一覧表にざっと目を通す。
 さて、何がいいか。
 期待しながら眺めて幾分もしないうち、向かいの席に誰かが座ったのが気配で分かった。混雑している酒場で相席など珍しくもない。ディアも、わがままを言うつもりはない。けれど。
「えらく男前の兄ちゃんだなぁ」
 からかいが混じった男の声に片眉を上げた。
 ディアは視線を向ける。目の前に中年の男が座っていた。赤らんだ顔は酒が入っている証拠だ。最低限の手入れしかされていない口髭には白いものがぽつぽつと混じっている。笑みの中で見せる歯は不揃い。向けられるのは、好意とは程遠い、値踏みするような視線だ。
「この街には来たばっかりかい」
「……ああ」
 ディアは胡乱な目で男を見た。
 ――まだ空が明るいうちから酔っ払いやがって。
 ちなみにディアが手にしているのはアルコール度数8%の酒だ。人間、自分のことは棚上げしたがる癖があるらしい。
「仕事探してんのか?」
「あ、こら」
 情報表を取り上げられて抗議する。取り返そうとするが、男は酔ってるわりに素早い動きでディアを避けた。まるでディアの動きを読んでいるようだ。
 ディアはようやく本当の意味で男を見た。“どこにでもいる酔っ払い”は、観察すると上等の生地であつらえられた服をまとっていた。仕草もそれほど乱暴なものではない。本当に良くいる街の酔っ払いと比べれば紳士だ。腰には過度ではない程度の装飾の剣を佩いている。飾りではない、実戦用の剣。そして、周囲は相席を求めるほどの混み具合は見られず、男が意図的にディアと相席になったことが分かった。
「私になにか用か?」
「ご名答」
 情報表を口許に当て、男は目だけでディアに笑ってみせた。


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 辺りが暗さを増す中で、ひとけがない方へと連れて行かれながら、ディアは音の鳴る剣を押さえて嘆息した。無茶はしないで下さいね、という言葉が脳裏を過ぎる。
 ――まだ無茶はしてないぞ。
 心の中で言い訳をする。
「おい、どこまで行く気だ? 仕事の話じゃないなら私は戻るぞ」
 酒場でこの男が「仕事を紹介してやる」と言ったからついてきたのだ。果たされないなら意味はない。
 男の身なりはしっかりしており、話す言葉にも訛りがない。瞳にも翳りが見られなかったので嘘はついていないだろうと思ったのだが――失敗しただろうか? とディアは思う。脳裏にセイを思い浮かべた時、男が振り返った。唇に笑みを刻んで、どこか面白そうな瞳でディアを見つめる。
「素直だな、あんたは。不機嫌さを隠そうともしない」
「隠して私に何か得があるのか?」
 男が剣を抜くのに合わせて、ディアも剣を抜いた。内心でやはり「失敗したかも」と呟かずにはおれない。男を倒すには全力を出さなければいけないだろう。それほどの力を男からは感じた。
「……私を狙った理由を聞いてもいいか?」
「剣の鞘に使われてる装飾。それ、ティイバーレ地方独特の装飾技法だろう。それで興味を惹かれたのよ。遥か東方からの旅人は、どれほどの強さだろうかと」
 言い当てられたディアは舌を巻いた。男の目が確かだと思い知らされた。
 そして。
 間合いを一気に詰められる。剣で受け止めたが、その重さに押されて耐え切れない。横に流す。
 男が面白そうに瞳を細めたのを見た。
 その表情にディアの闘争心が刺激される。ディアもまた不敵に笑い返してやる。だが、内心では早々に力不足を感じていた。男は片手で楽々と剣を振るうが、受け止めるディアは両手だ。そうしなければ弾かれてしまいそうな力強さを感じる。
「……どこかで会ったか?」
 剣を交えた時、なぜかそんな気がした。男の顔には全く覚えがないのにだ。
 つい尋ねてしまうが、男は不思議そうに首を傾げるだけだった。
 まぁいいか、と今度はディアから仕掛けた。
 一、二と剣を合わせてすり足で男の足を払う。男とディアの身長はほぼ同じだ。だが、男は微動だにしない。不発に終わったことに舌打ちする。
「やはり強いな。俺の目に狂いはない」
「嬉しくない!」
 何度か打ち結び、離れた男は笑う。爽やかな笑顔だ。
 ディアはその表情に苛立ちを感じ、痺れてきた腕で剣を構え直した。
 誰が負けてやるものかと思う。このような訳の分からない、ふざけた男――!
 闘志を失わぬ栗色の瞳に、男は満足そうに笑って剣を収めた。
「合格だ」
「は?」
 とつぜん柔らかくなった雰囲気に、ディアは毒気を抜かれて間抜けな声を出した。男がそのまま近づいて来ようとするのに警戒心を強め、剣を構え直す。
「そういきり立つなって。もう腕試しは終わり。あんたは合格だ。そういや名前聞いてねぇな。教えろよ」
「ふざけてるのか?」
 男からは気迫が失せていた。安穏とした雰囲気で近づいてこようとする。
 ディアは警戒心を強めたまま剣を向け続けるが。
「終わりって言ったろう?」
 剣を弾かれた。
 ディアは何が起きたのか分からない。とっさに後方へ跳んで男との距離を取る。剣がない、と気付いたのはそれからだ。男が手にしているのは鞘だった。
「……早いな」
 ディアは肩を竦める。男にはもう戦う意志がないのだとようやく納得する。殺すつもりなら今の一瞬があれば充分だっただろう。弾かれた剣を暗闇の中で探し出し、剣に収める。
「何が合格なんだって?」
「お前の腕がだよ」
「は。あんたに言われても嬉かないね。私を誘った訳をさっさと話せ」
 睨み付けると男は苦笑して肩を竦める。
「何もそう殺気立つことないでしょうが。自尊心が高いのは立派だけど相手のことも思いやらないと」
「あんたを思いやる理由が見つからない」
 どこまで続きそうだった言葉を途中で切って捨てると、男は声を上げて笑った。やけに男らしいその声も耳障りだ。
「……私はもう帰る」
 ディアは本当に踵を返した。男は慌て、走ってディアの隣に立つ。
「仕事が欲しいんだろう? お前は合格だから、明日、俺の所に来いよ。普通の仕事より給料がいいのは保証するぜ。じゃあな」
 バシンと背を叩かれたディアは思わずたたらを踏んだ。瞳を険しくさせて振り返る。だが、そこには闇に紛れていく男の後姿があるだけだ。
「……どこに行けばいいんだよ……っ?」
 肝心なことを聞いてないではないか。
 ディアは舌打ちして追いかける。声はかけず、男の背に容赦ない平手打ちを見舞った。


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 宿に戻ったディアは眉を寄せた。男のことを話そうかとセイの部屋を訪れたのだが、肝心のセイの姿がないのだ。酒場はまだ賑わっているが、普段の就寝時刻に近い夜更け。
 こんな時間までどこに用事を足しに行っているのだろうか。
 ディアは寒々しい空っぽの部屋を眺めた後、廊下に出てしばし立ち尽くした。
 もちろんディアの部屋は別に取ってあるので、セイが戻ろうと戻るまいと勝手に眠ってしまって構わないはずだった。だが、ここへ来て別行動という初めての事態に戸惑っているらしく、このまま横になっても落ち着かない気がした。
 もしかして、絡まれて帰ってこれなくなっているのだろうか。
 酷くありえそうな話だ。
 ディアはフッとため息を吐き出して肩を下ろした。荷物を部屋に置き、宿の階段を下りる。念の為に食堂を覗いてみるがセイの姿はない。
 宿から出てみれば、街は闇の支配下に置かれていた。明かりの灯る家はぽつぽつと見当たるが、闇の濃さに負けてしまいそうなほど弱々しい光だった。通りにいるのは酔っ払いだけ。一種異様な雰囲気を感じ取って、ディアは瞳を細める。
「……一周だけして帰るか」
 町の散策ついでに、と理由をつけて、町を一通り見回ることにした。
 領主の城を中心として、街の外周を一回り。街道に近い場所まで来ると、酔っ払いの姿さえ見えなくなる。
 1人、宿の主人から借りたランプを片手に歩いていたディアは空を見上げた。
 霧が懸かってきたようだ。星の姿は朧に沈んでいる。
「もう宿に帰ったかな……?」
 街を一通り回った。宿が見えてくる。
 夜の闇は濃さを増し、霧が出ていたせいで視界も悪くなっている。さすがに眠さを覚えてきたディアは欠伸を噛み殺した。
 その時だ。
 背後から誰かが忍び寄る気配を感じ、ディアは緊張した。
 ――誰だ?
 足音は一つ。
 酔っ払いではない。
 セイでもない。
 意図的に気配を消しているが、完全ではない。隠された気配の中に殺気が垣間見えている。
 ディアは振り向かず、ただ歩いていた。
 気配が完全に背後に立った――そう感じた次に、空気を震わせた音に気付いたディアは、ランプを放り投げていた。ためらわずに剣を抜いて振り返る。
 眼前に翳した剣に、別の剣がぶつかる。
 交錯する鈍い音。けれど直ぐに離れる。
 襲撃者の顔を確認する間もない。ディアが次の攻撃に移ろうとする間に、襲撃者の姿はあっと言う間に夜霧に紛れた。
「何だ……?」
 セイでも、仕事を紹介してくれた男でもない。
 初めて訪れた街で狙われる理由はない。
 ディアは剣を抜いたまま眉を寄せ、立ち尽くしていた。姿は見失っており、追いかけることはできない。位置を変えて再び近づいてくる気配もない。
 ディアは意識を周囲から外さないままランプを探した。投げた衝撃でガラスが割れて、無残な姿を晒している。宿の主人には怒られるに違いない。
 落胆しつつ宿に戻るディアだが、戻った宿から明かりが消えていることに気付くと表情を輝かせた。あまりに夜遅いため、主人も寝ているのだろう。物音をさせずに宿に入り、カウンターにランプを置いても、主人は起きてこない。
 ディアは心の中で「ありがとうございました」と丁寧な礼を述べながら、割れたランプをさりげなくカウンターの隅に寄せて置いた。
「……借りた奴の顔なんていちいち覚えてないよなぁ?」
「ディア」
「うわぁっ?」
 暗がりの中で肩を叩かれたディアは悲鳴を上げた。
 後ろめたい思いがあったからだろう。予想外の大声に自分でも驚き、慌てて口を強く押さえる。心臓を縮み上がらせて振り返る。
「ああ、セイ……」
 驚かせたセイはディア以上に驚いたようで目を丸くしていた。
「どうしました? 何か……」
 過剰反応を示したディアに訝しげな視線を向け、セイが尋ねる。
「ああ……いや。とりあえず部屋に戻ろう。ここだと暗いし」
 本当は割れたランプを見つけられたくなくてのことだったが、セイはあっさりと頷いた。二人で並んで二階へ戻る。先ほどの大声にも主人は起きてこないようだ。
 部屋に入って明かりをつけると、その眩しさに目が眩んだ。
「今までどこに行ってたんだ?」
「ディア、傷が……」
 セイの瞳が微かに険しくなっていた。その視線を辿るように自分の頬を拭ったディアは、確かに血がついていると知った。痛みはほとんどなく、血も乾いている。仕事を紹介した男か、夜霧の中からの襲撃者にでも付けられていたのだろう。ディアは二人を思い比べながら舌打ちする。
「……無茶しないで下さいねと、言いませんでしたか?」
「いや、だって、てか、してないって」
「してないでなぜ怪我しているんです」
 なぜか焦りながら反論したディアだが、セイの言葉には「ごもっともです」とうな垂れる。何も言えなくなった。
 ディアはふと、明るい所で見るセイの姿に首を傾げた。旅をしている時とは何かが違うような気がした。
「お前」
 何かいつもと違わないか? と尋ねようとしたディアだが、その前に、ペロリと先ほどの傷を舐められて、思わずセイの頭を拳で殴った。
「いたた」
「当たり前だ! 何する!」
 真っ赤な顔で抗議すれば肩を竦められた。
「……消毒」
 ディアは言葉もなく再び拳を振り上げる。
「無茶したのは貴方でしょう。心配してもいいではないですか」
「お前のは違う! 心配と違うだろう!」
 殴ろうとした両手を掴まれて、いつの間にか押し倒されていた。羞恥心に言語中枢が破壊されている。ディアは紅潮したまま、近づいてくるセイの顔に慌て、怒鳴りつける。
「ほら、ディア。もう夜中だから」
「……だから何」
「大声出すと宿の人たちに迷惑だから」
「だから何だ!」
 掴まれた両手にぐぐぐと力を込め、渾身の力で抗う。だが力負けしているのは明らかだった。ディアは危機感を募らせながら、必死でセイの気を逸らそうと言葉を探す。
「だ、大体な、お前がいなかったから、この怪我もしたようなもんで……!」
「え?」
「お前がいたら、外捜しに行く必要もなかったし……!」
 セイが眉を寄せた。
「私を捜しに行って、襲われたんですか?」
 セイが体を起こした。危機を逃れたディアは胸を撫で下ろすが、セイの様子にどことなく不安を抱く。まるで心当たりがあるかのような表情だ。やはり違和感は拭いきれない。
「まぁ、それは置いておいて」
 見つめるディアに気付いたのか、セイは急に切り替えると再びディアに圧し掛かった。セイの様子に気を取られて逃げることも忘れていたディアは失敗した、と顔をしかめた。再び攻防が繰り広げられる。今のうちに蹴り飛ばしておけば良かったと思ったが、後の祭りだ。
 首筋に唇が寄せられた。眩しい金に視界を塞がれ、ディアは固く目を瞑って硬直する。柔らかな感触に息が詰まる。
 ディアはふと、鼻についた匂いに眉を寄せた。
「香水?」
 ポツリと呟きを洩らす。セイから漂うのは、ほんの微かな匂いだ。まるで誰かからの移り香のよう。
 セイが起き上がって自分の服に鼻を近づけた。その様子はどこか焦って見える。
 ディアも起き上がり、そんな行動をとるセイに眉を寄せた。
「香水なんて、お前どこから」
「あ、私、明日も一日中いないかもしれません」
「え?」
「おやすみ、ディア」
 不自然すぎるほど唐突な切り替えだった。
 セイは唖然とするディアを残して部屋を出て行く。今まで漂っていた甘い雰囲気など吹き飛ぶ、事務的な言動だ。最後に向けられた笑顔もどこかぎこちなかった。
「何なんだ、あいつ……!」
 ディアは呆気に取られたまま、閉められた扉を見つめる。
 力を抜いて寝台に倒れ込んだ。
 そこでようやく気がついた。
 セイがいつもと違って見えたのは小綺麗にしていたためだ。いつもの旅装束から、やや仕立てのいい服に着替えていた。髪も完璧に梳って、目に鮮やかな金髪がいつもよりも輝きを増していた。
 こうなれば思い当たる場所は一つしかない。
 歓楽街だ。ヴァレン領のような大きな街では、そちらも盛況に違いない。
 セイに限って――とは思うものの、先ほどの態度はいつも以上に変だった。香水を付けられるということも、身なりを正すということも、考えれば全ての辻褄が合う。
 ディアは否定する気持ちとは別に、沸々と湧き上がる怒りを感じた。
 思えば自分が仕事を探すという苦労をしているのは、セイが頑固を通したからだ。それに仕方なく付き合って仕事を探し、いけ好かない男に会って仕事を紹介され、挙句に今日は妙な襲撃者とも出会った。それなのにセイは遊んでいたのか。そんな奴を心配していたと思うと無性に悔しい。
 ディアは怒りにまかせて乱暴に服を脱ぎ、寝台に入った。
「知るか、あんな奴!」
 肩まで毛布を引上げて瞳を閉ざす。
 苛立ちと悔しさに、涙が出てきた。