疑惑と嫉妬が芽吹く時

【五】

 ひとまず今回の騒動には決着がついた。納得がいかないことを数え上げればきりがない。それらについては後から考えることにする。今は束の間の平穏に浸るべきだ。
 ディアは強引に自分を落ち着かせながら、アイルに与えられた客室で寛いでいた。
 ルイが訪ねてきたのはそんな頃だ。
「ディア殿。私と手合わせ致しませんこと?」
 顔を覗かせたルイは動きやすい服装に着替えていた。長い髪も、動きやすいように束ねられている。黒く大きな瞳は濡れたように輝いていた。
 突然の訪問にディアは戸惑う。セイは先ほどアイルたちに連れ去られて不在だ。だがルイが指名してきたのはディアなので、セイの不在はさほど関係ない。
 どうしたものだろう、と首を傾げたディアは彼女の瞳に気付いた。
 柔らかな顔立ちの中に浮かぶ黒い瞳。その中には強い意志が秘められている。
 隠された想いを感じたディアは表情を改めた。
「いいよ」
「良かった」
 緊張していたのだろうか。体から力を抜いて軽やかに微笑むルイは、とても可愛らしかった。全力で守りたくなる微笑みだ。しかしディアはその笑みに焦燥を抱いた。なんの焦燥かは分からない。
 客室に通された後、直ぐに旅装束に着替えなおしていたので動きやすさには問題がない。自分の剣を手にして廊下へ出る。ルイと並んで歩き出した。
「私、初めてセイを見たときの衝撃を忘れません。世の中には人形のように可愛らしい人がいるのだと」
 ルイは思い出すように遠い目をした。
 ディアは現在のセイを思い出しながら、彼の幼い頃を想像する。今でも充分に女の子らしさを醸している彼なら、その幼少期はさらに可愛らしくあどけないものだったのだろう。周囲は大変だっただろうなと黒い笑みを洩らす。
 剣を振り回すために二人は中庭へ向かっていた。セイのため、嫌な思い出に染まった中庭だ。そちらにはあまり向かいたくないディアだが、ルイの要望では仕方あるまい。
「ですから、婚約の話が出たときは反対しました。私より女の子らしい夫だなんて、冗談ではありません」
「そりゃまぁ、確かに」
 同じような気持ちを味わったことがあるディアはあいまいに頷いた。ルイが力強く「そうでしょう!?」と重ねる。次いで顔を曇らせた。
「でも、この前……ラミアスに戻ったセイがこちらに来たと聞かされまして。結婚の対象にはなりませんでしたけど、彼のことは大切な家族だと思っていましたから、急いでここに戻りました。そしてセイに会ったら、なにやら凛々しくなっていたものですから……」
 ルイは視線を落としながら話し続けた。
 ディアは首を傾げる。出会ったときからセイは女性と見紛う雰囲気を備えていた。旅を始めて少し時間は経ったが、極端に変わるような時間ではなかったはずだ。旅に出る前と今のセイを頭の中で比べてみても、変わったようには思えない。それでも端から見れば男らしくなっているというのか。それとも、過去のセイを知っている者から見ればそう思えるのか。少しだけ羨ましくもある。
 ルイはため息をついた。
「やはりお兄様と賭けなどするのではありませんでしたわ」
 中庭に辿り着いた。ディアが荒らした植木は元通りに形が整えられている。いや、わずかに小さくなっていたから、形を整えるために庭師が刈り上げたのだろう。それを思うとディアは複雑だ。
 ちょうど円形にひらけている場所に立って、二人は対峙した。
「侯爵家の娘として恥じない剣術を学んできました。男に引けは取りません」
「ああ」
「だから、手加減しないで下さいね」
 剣を抜いて構えた。ルイの瞳が揺れる。そうして唇を結び、ディアを睨み付ける。
 ディアもまた、その瞳に込められた感情を見返す。
 地を蹴った。


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 公務の合間を縫って見送りに出てきた皆を振り返った。
 アイル、カルザ、ルイ、ハーストン。
 政治の中枢にいる彼らに見送られていると、まるで自分が大物になったかのように感じてしまう。
「もう旅立ってしまうのですか」
「ああ。居つきそうになっても怖い」
 ディアはおどけるように告げて肩を竦めた。アイルが苦笑してその肩を叩く。
「居ついて貰っても構わないんだけどな?」
 アイルに軽く抱き締められたが、隣にいたセイが素早く引き剥がす。
「アイル様」
「少しくらい良いじゃないか、セイ。男の嫉妬は見苦しいぞ」
 セイは眦に力を込めて唇を尖らせる。
「貴方が触るとディアが妊娠します」
「してたまるか」
 ディアがセイを叩く。
 アイルは笑いながら側のカルザから袋を受け取り、ディアに投げた。重たい袋の中身を悟ったディアは勢いよく顔を上げる。
「正直者にご褒美だよ。貰っておけ」
 ディアは一瞬だけためらったあと、頷いて笑った。金がつまった袋を掲げた。
「遠慮なく!」
「それでは皆様。ごきげんよう」
 ディアとセイと、挨拶を終えて城から出ようとする。
 背中を向けたセイに、見送り側から一つの影が飛び出して抱きついた。
「セイ!」
 驚いて振り返ったセイは、自分の視界を覆った漆黒の髪に瞳を瞠る。目撃してしまったディアも同じだ。
「ル、ルイ……さ、ま」
 真っ赤になって口許を覆ったセイに、ルイは微笑みかける。
 嫣然と、女性の笑顔で。
 そしてルイはディアに顔を向けると笑みを深めた。ディアは顔を背ける。
 ルイは簡単にセイから離れた。
「では、また立ち寄って下さいね、お二人とも!」
 華やかな笑顔で手を振ったルイに、セイだけがぎこちなくも手を振り返して城を発った。


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 アイルたちの姿が見えなくなり、城の裾野に広がる街に戻ってきた。
 人々の活気がディアたちを包み込む。
 思えば、この街を二人並んで眺めるのは久しぶりのような気がした。今回は別行動が長かった。
 そんなことを思いながら歩いていたディアは、セイに覗き込まれて小さく慌てる。
「ルイ様と最後、何を話されていたのですか?」
 ディアの脳裏にルイとの決闘が甦った。彼女が豪語した通り、腕前は決して粗末なものではなかった。やはりハーストンに指導を受けていたようで、セイの剣術とどこか似通っている。決闘の最中、そんなことを思って嫌になったことまで思い出す。
 視線の先でセイが首を傾げた。
 こんな奴のどこがいいんだか、とディアは胸中で吐き出す。
 幾らか背が伸びて凛々しくなったといっても、まだ女性に見間違われる。猫かぶりは普段からだ。そして絶対に確信犯。剣を使うときだけ男に戻るのはずるい。
「婚約解消したわりに、ずいぶんルイと仲が良かったじゃないか」
 思わず呟いてしまうとセイが目を丸くした。
「やきもちですか?」
「な、誰がいつどこで!」
 セイが小さな笑い声を上げた。その嬉しそうな顔を見ながらディアは舌打ちする。顔が赤くなっていくのが自分でも分かってしまって腹立だしい。
「いつまで笑ってるんだよ!」
 怒鳴ると大股で歩き出した。セイが慌てて追いかけてきて、腕を絡める。見下ろした先でセイは可愛らしく小首を傾げて言い訳する。
「何日か、ディアにまったく触れてませんでしたからね」
 どういう理由なのか分からない。それでも腕は振り解かない。
 街を出るとき、関所で世話になった兵が二人を見て気付いたように笑顔を浮かべた。嬉しそうに二人一緒に手続きを済ませる。
 そんな兵の様子にセイは首を傾げたけれど、ディアは彼の腕を掴んで、何か聞かれる前にと素早く関所を通り抜けた。


 END