必然的な心理状況

【一】

 今日から三日間。その町は夏祭りが開催される。
 ちょうど祭りの一日目の朝方に町へ到着した二人は、人々の活気に満ちた声や、忙しそうに立ち回る姿を見ながら、酒場に向かって歩いていた。
「なんだか楽しそうですね」
「お前、賑やかなの好きだもんな」
 そう言うとセイは何か言いたげにディアを見たが、気付かない。
「ディアには負けると思いますが……」
 ディアは屋台の下準備を横目で眺めながら確認し、開店してから後で来ようとあたりをつけるのに忙しい。
「セイ。最後の一日だけは仕事なしにして遊ばないか?」
 高揚する気持ちを抑えきれない。笑顔で隣を振り返るディアだが、連れの姿が消えていることに眉を寄せた。背後を振り返れば案の定だ。男たちに絡まれているセイの姿がある。
 旅を始めた頃と比べればずいぶんと背が伸びて顔立ちも凛々しくなってきた。それでもセイの容貌はやっと中性的といえるほどだ。まだまだ絡まれることは多い。中にはセイが男だと知っても、顔が綺麗ならばそれでいいという男たちもいるにはいるので、やはりディアの気苦労は絶えない。
 乱暴な足取りで囲まれているセイに近づく。男たちの間から紫紺の瞳が覗いていた。微笑みを向けられる。
 気付いた男たちが振り返ってディアに驚き、後退する。それもやはり、今までと同じだ。セイの身長の伸びには敵わないまでも、ディアも背は伸びている。その分、男たちに与えられる威圧感は増していく。
「……私の連れに何か用か?」
 身長に低い声を足せば、ディアを女だと誰も気付かないだろう。
 黙った男たちを一瞥すると、セイを輪の中から連れ出した。
「お前もいい加減あれくらいどうにか出来るようになれよ」
 男たちから充分な距離を離れると、歩く速度を緩める。掴んでいたセイの腕を放すと楽しげに笑われた。
「いつも助かります。ディア」
 その笑顔にディアは眩暈がした。


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 祭りが関係しているのだろう。酒場には見たこともない人数がひしめいていた。町の人間も旅人も、少し遠くの町からも人が集っているようだ。この町の人間にとっては今が稼ぎ時。とはいえ酒場にとっては迷惑な話かもしれない。いつもは夜間に向けて準備していればいいだけの時間もひっきりなしに人が騒ぎ、マスターは対応に追われるのだ。忙殺されそうなほどの様子を見せている。
 昼間から酒を高々と掲げて溺れる人々の喧騒に、足を踏み入れたディアは口笛を吹いた。
「ディア。私たちは仕事を探しに来たのですからね」
「分かってるって」
 ディアは釘を刺されて肩を竦めた。
「それにしても凄い人だかりだな」
 カウンターに行くまでの道が人で埋まっている。その人ごみを掻き分け、ときおり飛び交う喧嘩の側杖を受けながらようやくカウンターまで辿り着く。
「大丈夫ですか、ディア?」
 背が高いため自然とセイを庇う形となっていたディアは、打たれた背中を気にしながら頷いた。セイをみれば何の被害も受けていない。セイは申し訳なさそうに見上げてきているが、気にするなと肩を竦める。背の高い方がとばっちりを食う確立は自然と高くなるものだ。おまけに、セイ一人だけであればこの人ごみに潰されてしまいそうだった。
 ディアはカウンターに身を乗り出した。
「何か仕事ないかー?」
 忙しそうに動き回っていたマスターが、文字通り跳んできた。
「人手が足りない!」
 額には大粒の汗が浮かんでいる。周囲からはマスターに対する注文がひっきりなしに寄越され、マスターはそのどれもを聞きながら的確に答えていく。食事の注文などは適当に聞き流して奥の給仕たちに任せる。
「この祭り期間はどこも人手が足りなくてねぇ!」
 ディアはセイと顔を見合わせて破顔した。
「なんでもいいから仕事をくれないか?」
 マスターは心底嬉しそうに表情を綻ばせた。
 その時だ。
「こっちは私が貰うよ」
「俺にはこっちがいれば充分だ」
 ディアとセイは後ろから伸びてきた別々の手に腕を掴まれていた。
「なんだ?」
 振り返ったディアは瞳を瞬かせる。
 ディアの腕を掴んでいるのは恰幅のいい女性だった。セイの腕を掴むのも、これまた恰幅のいい男性だった。
「店主。貰っていくよ」
 とつぜん現われた二人組みにマスターは呻き声を出して睨みつけたが、客からせっつかれて仕方なく業務に戻った。ディアとセイのことは二人に任せることになったようだ。もう見向きもされない。
「ちょ、ちょっと待てよ!?」
 マスターの態度と予想外の闖入者に慌てたディアだが、抵抗も虚しく外へ無理に引きずりだされた。自分よりも身長の低い女性だが、力はなかなかの物だ。ディアは絶句する。セイもまた、男に腕を掴まれたまま外に引きずりだされていた。
 二人は通りで向かい合う。
「ふん。そんなお嬢ちゃんが働けるもんかい」
「お前の方こそなんだ。顔ばっかりいい男がいたって、力がなけりゃ役立たずだぜ」
「あんたよりよっぽどましだよ」
「お前よりもな」
 当人たちを無視して交わされる会話。
 ディアは混乱しながらセイを見た。彼もまたこの事態に困惑しているようだ。不安そうな表情のまま二人の会話を聞いている。
「せいぜい頑張りな!」
「泣きついて来たって助けねぇからな!」
 はっはっは、と豪快な笑い声を上げて、男はセイの腕を掴んだまま背を向けた。
 何の説明もないままセイが連れて行かれる。ディアは男を掴もうと手を伸ばす。
「セイ」
「あんたはこっちだよ!」
 追いかけようとしたディアは、後ろから女に腕を引かれてつんのめった。
「何なんだよ!?」
 力強い腕に戸惑いながら、ディアはセイとは正反対へと引きずられていった。


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「ほら。着替えた着替えた。もう開店するんだから。いつまでも汚い格好でうろつかれちゃ困るんだよ」
 連れて行かれたのは年季の入った――趣のある古風な喫茶店だった。
 ディアは投げ渡された服を広げて眉を寄せる。
「あのな、おばちゃん」
 説明もなしに一体なんだ。
 だが問いは口にできず、背中を叩かれて悲鳴を上げる。
「とっとと着替えてきな! 遅れたら許さないよ!」
 店の奥にある更衣室へと押し込まれる。有無を言わせぬ力技だ。
「痛ぇ……!」
 叩かれた背中を押さえてうずくまる。
「馬鹿力にもほどがあるってぇの!」
 憤然と着替えを床に叩きつける。だが他に選択肢のなさを悟り、仕方なく服を広げる。どうやら制服のようだ。店の指定服なのだろう。
 簡素な黒の布地に、金糸ですっきりとしたデザインが刺繍してある。薄青い色素の上着とセットになり、袖口にまでしっかりと刺繍が施されている。
 ディアは「へぇ」と声をあげ、頬を緩めた。嫌いではないデザインだ。
「いつまで着替えてるんだい! 店が始まるよ!」
 乱暴に扉を叩かれる。感動も台無しだ。
「うっせぇ!」
 舌打ちして着替える。
 状況からして、この店で働けということなのだろう。ディアを引っ張ってきた女は店の関係者か。いや、あれほど偉そうにしているんだから店主だ、とディアは決定付けた。
 手早く着替え終わったディアが外に出ると「遅い」と怒鳴られた。
「あぁ!?」
 反抗心いっぱいのディアは柄が悪くなる。目つきも悪い。
 近寄ってきた女に尻を叩かれる。
「なんだい、その目つきは! そんなんで店に出たら客が怖がるじゃないか!」
「知るかそんなの!」
 女はため息をついた。
 改めてディアを眺め、微笑みを浮かべる。
「ま、性格の悪さを除けば見込んだ通りだね。店の制服がよく似合う」
「見込まれた私は災難だ」
「じゃああんたは外で客引きだよ! 紳士になって行っといで!」
 無茶な要求に反論する暇はない。ドカリと乱暴に外へ蹴り出された。
 ディアはいっそのこと客払いでもしてこようかと思う。それくらいの報復は許されるべきだ。
 ため息をつき、店の玄関柱に背中を預けて通りを眺める。
 空を仰げばお昼時。祭り開催の花火が二、三発打ち上げられた。
 たなびく花火の煙をぼんやりと見上げながら、またしても引き離されたセイを思う。
 セイを連れて行った男も無茶をしそうな柄だったが、セイは無事だろうか。
 結局、祭り最後の日は遊びで締めくくろうということは言い出せなかった。それどころか宿もまだ決まっていない。この人ごみでは宿も満室だろう。
 以前にも同じようなことがあった。祭りに興じて宿のことを忘れ、慌てて宿へ行ったら満室だよとすげなく断られたのだ。遊び疲れた体を引きずり、泣く泣く街道小屋まで引き返した。あの時の悔しさと情けなさが蘇る。
「――もしも宿がなかったらここの店に押しかけてやる」
 舌打ちして腕組みをし、あの男の店はどこにあるんだろうと考える。こちらの手が空いたときにセイと打ち合わせをしに行こう。
 そう思った瞬間だ。
「何さぼってるんだい!」
 手加減したとは到底思えない力強さで後頭部を殴られた。目の前に散った火花に意識が遠のきかける。ディアはすかさず持ち直し、背後に現われた女を睨みつけた。
「あのなぁ……っ」
「ほら、これ持って!」
 突き出されたトレイを反射的に受け取ったが我に返る。
「だから、私は」
「シャンレンの香草亭! 今年も祭り限定の試飲サービス始めてます。この機会に極上の美酒と巡り合って下さーい。お時間なくても是非、寄って行って下さいねー!」
 女は言葉など聞いていない。いままでの恐ろしさを払拭させ、可愛らしいとすら形容できる仕草と微笑みをばらまいている。ディアは眩暈がした。
 しかし引き寄せられる言葉だ。強引に持たされたトレイに乗せられた試飲用のコップに口をつける。清々しい匂いが鼻を突き抜け、桜を思わせる仄かな甘味が口腔に広がる。アルコールはほとんど感じない。若い世代に受けが良さそうだ。これだったらセイも飲めるんじゃないだろうか。
「うまい」
「店の売り物になに手出してんだい!」
 足を止めた客にコップを出そうと振り返った女が、飲み干したディアを見て怒鳴り声を上げた。


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 夕方になると客足が増した。
 外での客引きから中での注文取りと接待に回されたディアは、厨房と店内を往復しながら忙しく食事を運んでいた。
 ディア以外に誰もいないのかと思われた従業員だが、いつの間にか増えていた。ディアを見ては皆が挨拶して笑顔を向けてくる。愛想のいい彼らにはディアも文句をいえず、なし崩し的に店の従業員となっていた。夕方になってくれば従来の従業員がさらに増えた。そうして彼らの数が増えるに従い、ディアの眉間の皺も増えていった。
 手が空いた隙を見計らい、厨房へと向かった。そこではディアを連れてきた女が忙しく奔走している。従業員から聞いたのだが、名をシャンレンと言うらしい。この界隈では有名な女主人だという話だ。
 ひとまず、ディアはシャンレンに怒鳴りかけた。
「おい! 私のはもしかして男物じゃないのか!?」
 他の女性従業員を指して問いかける。彼女たちは赤を基調とした可愛らしい服を着込んでいる。それを着たいとは思わないが、少しでもやり込める材料が欲しい。
 シャンレンは目を丸くした。
「あんた、女物が着たいのかい!?」
「私は女だ!」
「あっはっはっは、馬鹿いうんじゃないよ。あんたみたいな女がいてたまるかい!」
「なんだと! お前だって男女じゃないか!」
 馬鹿力のことを指して怒鳴れば、シャンレンは手にしていたヘラをディアに突きつけた。
「そのことは別問題だよ!」
「なら私が男だっていうのも訂正しろ!」
 しばし、沈黙が落ちる。店の者たちも驚愕の目でディアを見つめていた。
 シャンレンは肩を竦めた。
「いいじゃないか、あんたが男でも女でも。似合ってるんだからさ。あんたほどそれが似合う奴もいないよ」
「嬉しくねぇ!」
 不毛な会話に壁を殴った。しかし不快ではなく、笑いが込み上げてくる。
「なに笑ってんだい。気色悪いねぇ。さっさとこれを運んじまいな」
 突き出された大皿を受け取って肩を竦めた。
 そのとき、店内からは感嘆のため息やら揶揄する口笛やら、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。ディアは顔をしかめた。
「なんだい?」
 シャンレンも気になったのか厨房から顔を覗かせる。だが、厨房と店内を繋ぐ廊下は曲がっているので見えない。大皿を持つディアに付き添って、客たちの待つ店内に向かう。
 熱気に包まれた店内。
 大皿を持ったまま客たちを見渡したディアは、思わず口をあけた。
 客たちの視線が全て、一つに集中していた。
 店内を見回して何かを探す美少女。動くたび、束ねられていない長い金髪が揺れる。さらさらと音を立てる。白磁の肌に映る金影や、深く鮮やかな紫紺の瞳。レースがあしらわれた服をまとう彼女は、どこか現実離れして神秘的に見えた。
 一瞬にして全員を魅了したその美少女は、言うまでもなくセイだった。
 シャンレンは面白そうにディアを見た。
「化けたじゃないか。あんたの連れだろう?」
「あ、ああ、そうなんだけど……」
 ディアはぎこちなく頷きながらもセイから目が離せない。頭の中を疑問符が埋め尽くす。あの長い髪はいったい何なのか。そして、女の子女の子した可愛らしいその服はなにごとなのか。
 店内を見渡していたセイがディアを見つけたようだ。嬉しげに微笑む。
 それだけで華やかな光があふれ出す。そんな錯覚を抱く店の者たちを全て昏倒させてしまいたい、とディアは思った。皆で危ない幻覚を見ているのだ。
「……なにごとだ」
 ディアは逃げるわけにもいかずセイを待ち、ようやくそれだけを搾り出した。
 セイは微笑んだ。
「お遣いです」
 そしてシャンレンに視線を移した。
「あなたが、シャンレンさんですか?」
「ああ。そうだが?」
 セイは笑みを深め、白い封筒を差し出した。
「これを預かって参りました。言伝もなにもなかったのですが、貴方に渡せばそれでいいと仰いまして」
 その瞬間、店内にはやし立てる声が満ちた。
 セイにではなく、シャンレンに向けられた、常連客の声だった。
 ディアは何が起こったのか分からず成り行きを見守る。
 手紙を差し出されたシャンレンは葛藤するような素振りを見せたが、やがてひったくるようにして手紙を受け取った。仏頂面は崩れない。
「あいつも考えたね。あんたみたいな綺麗な娘からだったら、断りようがないじゃないか」
「そうですね。受け取って貰えなかったらその場で泣き崩れろと言われました。受け取って貰えて嬉しいです」
 どこまで本当なのか、セイはただ微笑みを湛えたまま胸を撫で下ろした。
 シャンレンは舌打ちした。その場で開封する。ディアたちが見守る前で、封筒からは淡水色のカードが出てきた。シャンレンの瞳が見る間に優しく緩む。
 ディアは内心で「へぇ」と驚いた。
「それって何なんだ?」
 好奇心のまま尋ねると、シャンレンは途端に平常を取り戻した。
「なんでもないよ! さぁ、いつまでもさぼってないで働きな!」
 手を止めていた他の従業員にも声をかけて、シャンレンは厨房に戻っていく。乱暴な言葉遣いのわりには、手紙を懐に入れる手付きは優しかった。
「ディアの所も商売繁盛しているみたいですね」
 その声に意識を戻された。
 セイは楽しそうに、賑わう店内を眺めて表情を綻ばせている。
「それ、どっから持ってきたんだ?」
 早まる鼓動に戸惑いながら尋ねるとセイが見上げてくる。長い金髪がサラリと背に流れる。まるで本物のようだ。
「ノークが……私を雇ったあの男の方から、店で働いて欲しいと依頼されまして。これは、あの店の基本的な制服らしいですよ」
「騙されてるから、それ」
 呆れてぼそりと呟くディアだが、セイには届かなかったようで首を傾げられた。目に痛いほどの可愛さっぷりだ。
「また女だと勘違いされてるんだろ。どうせ」
「誤解は解きましたよ。けれどその時にはもう、この制服しか残っていなかったんです」
 私だって好きで着ていません、と頬を膨らませる。
 いったいどんな手を使って男だと信じさせたのか、興味が湧く。苦笑しながら「この金髪は」と引っ張る。髪の中の方で留めてあるのか、少しくらいの強い力には耐えられるようだ。
「長い髪のほうが女の子らしいと言われまして。無理矢理つけさせられたんです」
 その時点で拒否するべきだろうが、男として。
 だがやはりディアの呆れは伝わらない。
「ディアの方こそ、また男物ではないですか」
「私はいいの。慣れてるから」
「私としては、ディアにこそ着て欲しいんですけどね」
 ちょうど上がった客の歓声に紛れ、その声はディアに届かなかった。口の動きから声を察したディアは腰を屈め、もう一度聞こうかと耳を寄せたが、セイはかぶりを振った。
「私はもう行きますね。あちらも盛況で人手が足りないようですので」
「あ、セイ」
 重たげなスカートを翻して去ろうとするセイに、一抹の寂しさを感じてつい呼びかける。だが、振り返るセイに何を言えば良いのか分からない。
「どうしました?」
 首を傾げて微笑まれる。何か言わなければと思うものの見つからずに「あー」と声を出す。
「あ、そうだ。さっきのって、何だったんだ?」
 会話を繋ぐ材料が見つかって顔を輝かせる。けれどセイは首を振る。
「分かりません。ただ渡して欲しいと頼まれただけですので」
「中身見とけば良かったのに」
「そんなこと出来ませんよ!」
 ディアだとて本気でそのようなことを思ったわけではないが、強く非難されて戸惑った。途切れた会話に本気で困り、このままではセイが行ってしまう、と弱気に焦る。そんな自身の焦りに気付いてカッと顔を赤くした。勢いよくかぶりを振る。
 ディアの様子を見ていたセイが呟いた。
「シャンレンさんって、ディアに似ていますよね」
「え?」
 顔を上げるとセイは楽しそうにしていた。
「似てるか?」
「ええ。とっても」
「……私はあそこまで男らしくない」
「違いますよ」
 眉を寄せて唸ると、セイはおかしそうに首を振った。体を半歩近づけてディアに耳打ちする。
「素直じゃないところがそっくりです」
 意味ありげに微笑まれて、ディアは思わずセイを突き飛ばした。
「か、え、れ!」
 先ほどまでの態度とは豹変させ、追い立てる。
 セイは笑いながら「また後で会いましょう」と逃げ出して人ごみに紛れていった。
 ディアは真っ赤な顔でそれを見送った。やがて彼の姿が消えると、怒らせていた肩を宥め、ふと無表情となった。空虚な想いが浮かんでくる。去来する過去は平常心を奪っていくようだ。
 もういちど金髪が見えないかと、つい視線で捜してしまう。
 意識したわけではないが、端から見ていればそれは不安そうな仕草に思われ。この後、ディアは酷い自己嫌悪と羞恥心に耐えなければならなくなる。セイは当初から目立っていたのだ。店内の客たちは二人のやり取りをずっと注視していた。シャンレンが厨房に戻った後もだ。
 店の玄関から外を見やるディアは、まだそのことに気付かない。