おちたモノ

【三】

 激しい頭痛のなかで苛立ちを感じていた。
 この気持ち悪さは知っている。兄の実験に付き合わされた時と一緒だ。常に実験台として効果を試されていたお陰で薬に対する免疫はできたが、感謝などするわけもない。他にも兄には色々なことに付き合わされた。
 木の板が軋むような音がして、闇から意識が浮上した。
「って」
 少しでも動くと吐き気に襲われる。ディアは体を硬直させた。
 脳裏に蘇る様々な情報が、うまく整理できていない。体にまとわりつくような疲労感が気持ち悪い。一瞬、故郷に戻ったのかと思ったけれど否定する。宿で嵌められて薬を嗅がされたのだと思い出す。森から戻ってきたときには既に罠に嵌っていたということになる。
 舌打ちしたい気分を何とか宥めながら娘を思い出した。
 悲痛な表情で「本当はこんなことしたくないのよ」と眼差しで訴えていた。
 苛立ちが募る。屈しない努力をしやがれと反発心が湧く。
 段々と薬の効果が薄れてきたようだ。頭痛は耐え難いものから鈍く残る程度に治まった。瞼を開けても視界は正常。光の加減が妙な具合に映り込むこともない。薬物への免疫力が高いのは便利だ。通常の倍以上の早さで効果も薄れてくれるのだから。
 ――だからって、感謝などしてやらないが。
 横たわったまま視線を動かして現状を把握する。辺りに人はいないようだ。話し声も聞こえず、静寂が満ちている。ここで動いても見咎める者はいないだろう。
 ディアは板張りの床に手をついて慎重に体を起こした。薄暗い周囲に目を細めた。
 外から光が差し込むことはない。
 ぼんやりとした淡い光が視界の先を覆っている。大きな幕のような物だ。
 どうやら大きな檻に入れられているらしいと分かった。その端にただ転がされている。檻全体を包む幕は仄かな明かりを湛えているだけで、なんの情報もない。
 鉄格子に触れると冷たい。その温度に頭が冷える。幕に触れ、軽く押すと柔らかな月の光が降り注いだ。ディアの顔を照らし、一筋の光を闇の中に投げ入れる。
 ディアは振り返って息を呑んだ。
 先ほどまで誰の気配もなかった檻の中に、多くの人々がいた。
 暗い表情で視線を床に落とし、彼らは静かに座り込んでいる。だがやはり彼らから生気を感じることはできない。陰鬱とした雰囲気だ。生きているのか死んでいるのかも疑わしい。ただの像ではないかとも思った。
 仰天して彼らを見つめるディアだが、彼らは全く動かない。
 彼らの雰囲気や粗末な服装などから大体の事情が飲み込みてきたディアは眉を寄せた。無意識に腰に手を伸ばし、そこに剣がないことに目を瞠る。慌てて視線を落としたが、本来あるべき所に剣はなかった。
 父の形見である剣だ。ディアにとっては特別な剣。おそらく薬を嗅がされたときに奪い取られたのだろう。
 ――冗談だろう?
 ディアは青くなって視線を周囲に向けた。当然ながら武器が近くにあるわけもない。近くにあるのはせいぜい水瓶や食料、毛布くらいの物だ。ディアは奥歯を噛み締めて表情を険しくする。何としても取り戻さなければいけない、と不穏な空気を纏う。
 早く現況を把握しようと幕を大きく広げる行動に出ようとしたが、それよりも先に、ディアは視界の端に見つけた人物へと駆け寄った。毛布の影に隠れて横たわっていたのはセイだった。
「セイ!」
 どうやら乱暴をされた訳ではないが、セイの意識は深く眠っているように見えた。呼びかけたが反応はない。周囲の者たちが数人視線を向けたが、咎める者はいない。そんな気力のある者もいないだろう。
「セイ、起きろ!」
 強く揺さぶると小さな呻き声が聞こえる。ディアは安堵して肩の力を抜く。
 入れられる檻が離れてなかっただけ良しと思う。剣を失い、セイまでもいなければ、逃げる算段も立てられない。
 それに――
 ディアは一瞬だけ思い浮かべたことを振り払うようにかぶりを振った。そこまで意地を張る必要もないと自分でも思うのだが、なかなか直らない。
「セイ?」
 ディアは改めて呼びかけた。意識がようやく回復してきたらしく、虚ろな瞳がディアを見る。辛そうに細められた瞳に痛みが宿る。薬が効いているのだろう。自力で起き上がることができず、唇も小さくわなないただけだった。
 ディアはセイの手を取り、その冷たさに舌打ちする。脈は正常だった。けれど完全回復まではしばらくかかりそうだ。真っ当な貴族社会に生きてきた者が耐性を持っていることこそおかしく、セイの反応はごく普通のものといえる。
 彼の背中に腕を差し入れて上半身を起こす。かなりの重さだ。楽々と突き飛ばせるほど華奢だったのに、今のこの重みは何なのか。これでは女に間違われることも稀に思える。
「くっそ。なんか腹立つぞ」
「無駄だよ。奴らは朝まで抜け切らない薬を盛るのが常套手段だ。あんたが特別なんだよ」
 冷え切ったセイの体を抱きしめていると声が飛んだ。
 全員が無気力状態だと思いこんでいたディアは瞳を瞠る。セイを抱えたまま闇の中に目を凝らす。
 月明かりに輪郭を白く浮かばせた少年がそこにいた。
 檻に背中をつけて足を伸ばしている。緊張感も切迫感もない。彼はただ成り行きを見守るような眼差しでディアを見ていた。他の奴隷たちと違うことは直ぐに分かる。生気を含んだ瞳だ。暗がりでも赤く輝く瞳がディアとセイを捉えている。
 少年のような姿だが、彼の雰囲気はひどく大人びて見えた。
 暗がりで良く分からないが、艶めく髪は黒だろう。
 ディアは戸惑いながら口を開いた。
「おまえ、あいつらを知ってるのか?」
 少年は肩を竦める。
「“あいつら”ってあいまいな表現じゃ、俺とあんたの想像している人物に違いがあるかもしれないから分からないな」
 ディアの眉が上がった。少年は底意地の悪そうな笑みを見せる。
「それから、俺はジェイダ。“お前”呼ばわりはやめてもらいたいな」
 なんとも生意気な少年だった。赤い瞳を輝かせながらディアを見つめるジェイダだが、ディアが沈黙を保っていると馬鹿にしたように鼻を鳴らせた。
「俺が名乗ったっていうのに、自分からの名乗りはなしかよ? けっ。これだから」
 言葉が終わる前に制裁は加えられていた。
 ジェイダは足蹴にされ、格子と格子の間に顔をはめ込みかけた。慌てる。
「いってぇな! 本当のこと言われて八つ当たりかっ? いい大人が情けねぇ話だな!」
「セイ。大丈夫か?」
 ディアは喚き出したジェイダに背を向ける。震えるように少し動いたセイに言葉をかける。薬が抜けかけてはいるが、完全に抜けるにはまだ時間が必要だろう。セイは何か言いたげな瞳を向けるが、ディアは言葉にされないのをいいことに都合よく無視する。なぜ私があのようなガキに合わせなければいけないのだと鼻を鳴らす。
「そいつの毒なら俺が治せるぜ」
 いつの間にかジェイダがディアの背後に回り、上からセイを覗き込むように立っていた。ディアは胡乱な目で見上げる。視線が合うと、ジェイダは得意そうに口の端をつりあげる。
「あんたが名前を教えて、さっきの態度も謝るってんなら」
「生憎だったな。毒に効く薬草なら私たちも持っている」
 ジェイダの言葉を一蹴する。セイの腰帯に入れていた薬草を取り出した。旅を始めたばかりの頃、セイが大量に摘んでいた薬草の残りだ。もうわずかしか残っていないが、使えるときに使えれば問題ないだろう。
 ディアはセイの腰帯に手を入れて探った。薬草は取り上げられることもなく、そのまま入っていた。罠に陥れた者たちは、武器以外を重視していないのだろう。馬鹿な奴らだと思ったディアだが、今はそれが有難い。
 薬草を見せ付けられたジェイダは悔しげに唇を噛み締めた。ディアは得意げに「ふふん」と笑ってみせる。セイの視線が突き刺さるが無視をする。
「どうやってそいつに飲ませるつもりだよ。毒で神経麻痺されてんだろ」
 ジェイダは瞳に拗ねた光を宿したまま尋ねた。ディアは一拍置いて肩を竦め、取り出した薬草を玉状に丸めた。力を込めて丸めると指で摘めるほど小さくなる。そんな塊を三つ作る。細かい作業に入るとジェイダは途端に大人しくなり、ディアの手元を覗き込んできた。好奇心に瞳を輝かせている。まるで今の作業を始めて見るかのような表情をするジェイダに、彼が持つ解毒剤は液状なのだろうかと興味が湧いたが、ディアは興味を悟られないように無表情を保ち続けた。薬を作った後はセイを抱えなおす。ディアは水瓶までセイを引き摺ろうとした。
「おい。どこに行くんだよ?」
「うるさい奴だな。少しは黙ってろよ」
 冷たく告げるとジェイダは唇を尖らせて黙り込んだ。素直な少年だ。そのまま彼が元の位置に座るのを確認しながら、ディアは悟られないよう小さな笑みを洩らす。親近感が湧いた。意地を張るところはいい勝負だ。
 そうしてディアはセイを抱えなおした。
「くっそう。重いってんだよ。なに食えばこんなにでかくなるってんだ」
 さすがに抱え上げることはできずに引きずっているのだが、それでもセイは重い。意識はあるが、麻痺しているのでは意識がないのと同じことだ。人間の体はかなり重い。ディアは歯を食いしばりながら、ようやく水瓶の前までセイを運ぶ。
 セイの体を格子にもたれさせ、手の中の解毒剤に視線を落とす。
 ――ひとりで事を成すには無理がある。セイには動いてもらわねば困る。それに、ジェイダのような生意気な奴に頼るのは嫌だ。これは仕方のないことだから、いいんだ。
 自己完結したディアは、薬と水を口に含むとセイに与えた。口移しで流し込む。舌に薬を乗せて喉の奥へ。
 一瞬セイが目を瞠った気もしたが、瞳を閉ざしてしまえば確認できない。するつもりもない。この場で羞恥心など沸かせている余裕はない。
 ――セイが解毒剤を嚥下した。
「って、だああっ!?」
 飲んでくれたと安堵したそのとき、まだ麻痺が続いているはずのセイに抱き締められて悲鳴を上げた。
「そんなに薬の効きが早いはずないだろうっ?」
「毒の効果は切れかけてましたから。ほとんど動かないでいたお陰で、もっと早く切れたようです」
 どこか呂律が充分に回っていない発音だが、それでも「毒が消えてよかったな」とディアが喜べるわけがない。
「必要なかったんならさっさとそう言えーーっっ!」
「だってディアに抱きしめてもらえるなんて滅多にない経験でしたし、それに」
「それ以上言ったら絞め殺す!」
 真っ赤になったディアの手はすでにセイの首に伸びていた。
 セイは苦笑して両手を掲げる。立ち上がる姿に毒の作用は見られない。ほぼ完全に毒は消えたようだ。月光に照らされる横顔は青白いが、熱も戻ってきたように見える。
 ディアは服を直しながらセイを睨む。自分も立ち上がろうとすると手を差し伸べられ、微笑みを向けられる。ディアは一瞬だけためらったあとにその手を掴み、立ち上がる。予想通り、熱が戻ってきているのか手は温かい。
「毒だからと言って、全てにバラを飲ませようとするのは危険ですよ」
「あ?」
「毒の種類によっては悪化することもありますから」
 最初は呂律が怪しかったセイだが、口を開くごとに普段の調子を取り戻してきていた。薬の効果か、毒が薄れるのが早いのか。
「しかし、バラは解毒作用があると聞いた」
「ええ……けれど毒の種類によりますから。今回は大丈夫でしたけど」
「そういうものなのか」
 自然解毒力が強い、特異体質を持っているディアは解毒剤など飲まない。そのため、そちらに関する知識はあいまいだった。素直に納得するとセイは心なしか胸を撫で下ろした。上手く説明できる自信がなかったのだろう。
 さて、これからどうするか。
 相談しようとしたディアだが、セイは先に歩き出してしまい、慌てて追いかける。
 無気力に座り込む者たちをすり抜け、ジェイダの元へ戻る。
「な、なんだよ。俺はなにも見てないからなっ?」
 ジェイダの顔は真っ赤に染まっているような気がした。近づいてくるセイとディアを見比べて、怖気づいたように「来るな」と両手を振っている。
 彼の様子に複雑な表情をしたディアだが、セイは少し首を傾げただけで留まり、微笑みを見せてジェイダの前に膝をついた。
「私はセイで、あちらはディアです。先ほどはディアが失礼しました」
「お、おう」
「なんで私が代わりに謝ってもらわないといけないんだ」
 ジェイダは拍子抜けしたようにぎこちなく頷いた。セイに何を思ったのか、先ほどとは違う意味で頬を染めている。
 セイは微笑んで振り返った。
「だってディア、自分からは絶対に謝らないじゃないですか」
「謝る必要がないからだ」
 理不尽な思いに腕組みをして告げると、セイの影からジェイダが顔を出した。
「けっ。自分の非も認められねぇ大人にはなりたくねぇな」
「なんだとっ?」
 意地っ張りな二人組みに、セイは溜息混じりに笑いながら立ち上がる。
 既にジェイダは立ち上がってディアに詰め寄っていたが、彼の背丈はディアの半分ほどまでしかなかった。セイまでもが立つと彼は埋もれてしまうような形になり、威圧感も増したのかジェイダは身を竦ませた。
 セイが少しだけ距離を取るように後退した。
「先ほど、私たちをこのような境遇に招いた者たちのことを知っている口振りでしたので、教えていただきたくて」
 ジェイダは強張らせていた緊張を解いた。
「ああ。あいつらか」
 ディアは月明かりが差し込む天幕を見上げる。
 先ほど引っ張ったときにずれたらしい箇所から煌々と輝く満月が覗いていた。少しの明かりだが、見回すには充分な明かりだ。改めて檻の中を見れば、虚ろに座り込んでいる人々が見える。どうやら男女別には分けられていないようだ。
「奴隷商人だよ」
 予想していたディアはジェイダの言葉に「やはり」と確信を深めただけだが、セイは予想していなかったらしく、双眸を見開いてふらりとよろめき、お前それは大げさ過ぎるぞと思えるほどに動揺した。
「そんな……!」
「問答無用で攫って遠くの場所で売り飛ばすんだ。こいつらは結構あくどい奴らの方だな」
 ジェイダはセイの反応に満足したのか意地悪く笑って告げた。
 セイはまだ動揺さめやらぬ表情のままジェイダを見る。
「それでは、ジェイダ君も」
「気色悪ぃ!」
 どうやら思ったのはディアもジェイダも一緒らしく、二人で声を重ねていた。ジェイダにいたっては鳥肌が立ったかのように体を震わせて腕をさすった。
「そんな呼称は要らねぇ! 俺もお前らのこと呼び捨てにするからな!」
「はぁ」
 セイは戸惑うように瞳を瞬かせる。
「うう、久しぶりに気色悪い言葉聞いたぜ……」
 ぶつぶつと呟くジェイダの声を聞きながら、黙っていたディアは苦笑する。
 セイが困ったように振り返るため、肩を竦めて「そうしてやれば?」と視線で頷いた。
「ええと、では……ジェイダ……も、毒を?」
 セイに背中を向けながら腕をさすっていた少年はピタリと動きを止め、バツが悪そうに振り返った。
「そんなわけないだろ。俺がそんなヘマやるように見えるってのかよ」
「いえ。そういうことでは……」
 ジェイダは苦虫を噛み潰したかのような顔をしてセイを睨み付ける。幼い顔には不機嫌さがありありと浮かんでいる。突然のことでセイは困ったようにディアを見たが、ディアは肩を竦めるだけで答えない。心理状況を一緒にするなと視線を逸らす。
「な、内部に入り込めば捕まえやすくなると思ったんだよ。分かるだろ?」
 両手が妙に彷徨っていた。分かりやすい性格と行動に、ディアもセイも内心で苦笑した。
「ちょっと、仲間と逸れただけっていうかさ」
「まぁ私たちにはお前が何してようがどうでもいい」
 遮ると彼は途端に大人しくなった。悔しげな視線がディアを見つめる。
「売り飛ばされるのはごめんだな」
「けれどディア……。荷物も取り上げられてしまいましたし、素手で檻は破れませんよ?」
 更に言えば、三人だけでは戦力に不安がある。奴隷商人の規模がどれほどなのかも分からない。現在地を知らなければ逃げ出しても追い込まれる可能性がある。
 ディアは檻の中を見渡した。
 ここにいる者は誰もが商品だ。無理に攫われてきたか、お金に困って売られてきた者たち。望んでこの場にいる者は少ないだろうが、誰もが虚ろな表情をして、ディアたちに関心を向けることはない。頬が削げてやつれた雰囲気を醸している。貧しい農村から売られてきた者がほとんどなのかもしれない。腕も足も、病的に細い少年少女たちだ。彼らに脱走を仄めかして協力させることはできそうにない。
 ディアは眺めたあとに思った。無理に誘っても、いざというときに足手まといになりそうだ。全員を助けようとしかねないセイに釘を刺しておかなければ、と思う。必要悪に理解が少ない彼なら共倒れになってでもやり遂げようとするだろう。そんなことになったら冗談ではない。たとえ彼らの脱走を成功させたとしても、その後のことに責任は持てない。このまま奴隷商人たちに連れて行かれて、その生活をした方が幸せな者たちもいるだろうし、行くあてがないからと言って旅に同行されるのは御免被りたい。道連れは一人で充分だ。
「荷物、ねぇ……」
 どうやってセイの考え方を改めさせようかと思いながらディアは呟いた。
 剣が手にないと落ち着かない。焦燥が湧き上がってくるのを感じ、いつかそれに捕らわれてしまうのではないかと不安になる。前後左右が不明になるほど恐慌状態に陥ったらどうなるのだろうか。
「ディア?」
「あ、ああ。どうするかな」
 言葉のないディアを不審に思ったのかセイが顔を覗き込んでくる。そのことに慌てて思考を戻した。
 嫌な動悸を抱えながら立ち寄った酒場を思い出す。最後に酒場に寄ったのは一週間も前のことだ。酒場ではこのような情報が必ず出回り、旅人に注意喚起を促す。危険性の高い場所に行くときは必ず情報を確かめるようにしている。だが今回は何の情報もなかった。もしかしたらディアたちが町を発ってから情報が流れたのかもしれない。全ては憶測だ。
 ディアの視界の端でジェイダが積まれていた木箱に飛び乗った。いったい何をするつもりかと見守るディアだが、ジェイダはそのまま腰を落ち着ける。どうやら高い所に登って身長を稼ぎたかったらしい。子どもの心理だ。
「まぁひとまず、この檻が開かねぇことにはどうしようもねぇぜ。武器も持たずに破れるような怪力には見えねぇしな」
 ジェイダは揶揄するように笑った。
 セイは首を傾げて悩み、ディアに視線を移す。
「ではやはり、ここから出されるときに抵抗――ということにしましょうか」
 ディアは気乗りしなかった。
 市に出される商品には絶対の注意が払われる。逃げやすくなる外に連れて行かれるなら尚更だ。この檻をそのまま市に出して品定めされることも考えられる。最悪な場合にはディアとセイは引き離され、競り落とした者に、直に渡されるかもしれない。なにしろ二人は剣を装備しており、拉致される前には少なからぬ抵抗もした。奴隷商人たちも『要注意』と認識されているだろう。セイはその美貌から商品価値が最も高いとディアですら判断するのだから、奴隷商人たちは何よりもセイへの警戒を強めるだろう。
 ディアは顎に手をあててしばらく考え込んでいたが、やがてジェイダを見た。
「お前、私たちより先に一人で暴れてみろ」
「あぁ!?」
 ジェイダは不満そうな声を上げた。奴隷として拉致された以上、そのようなことをしたら殺されても文句は言えない。
「お前は商品価値が低そうだ。きっと私たちよりも先に競売にかけられるだろう」
「おい待て」
「私たちが外に出される頃に暴れてくれれば、私たちの警備が薄くなる」
 ただ檻ごと品定めに出されてしまえば万事休すだが、そこは成り行きに任せるしかない。
 何か言いたげに口を開くジェイダよりも先に、セイが割り込んだ。
「けれどディア。それではジェイダが危険です」
「他に案が浮かばない。少しでも逃げやすくする為には陽動が必要だ」
「俺が断ったらどうするつもりなんだよ」
 木箱の上で胡坐をかく少年の瞳は深紅に輝いていた。険しい表情には怒りが宿っている。このまま大人しく子どもとして逃げる可能性を潰してまで、会ったばかりの者のためにそのような危険を冒す価値はあるのか。強要されるのが気に食わないのだ。
 ディアは笑って肩を竦めた。
「お前がそうしなくても、私たちは抵抗する。失敗する確立は高いがな。そうすればお前を助けに回ることもできない。最悪の場合はお前も失敗して終了、だ」
 ジェイダは唸り声を上げた。ディアの言葉を吟味するように視線を落とし、集中する。だがそれ以降ジェイダが反論することはなく、彼はただ黙り込んだ。