紡ぎ糸のような

【三】

 息を切らせながら狭い裏通りをひた走れば、柄の悪そうな男たちが好奇心を強めて観察してくる。その視線が鬱陶しくて更に走り続ける。胸の中ではひたすらに、わざわざ迎えに出向いてくれた執事への謝罪を繰り返しながら。
 これ以上ディアと離されてはいけない。
 馬を交換し、船に乗るために寄った町で、セイはイェルドの目を盗んで逃げ出していた。船着場の休憩場で大人しくしていたセイの傍には何人かの護衛人がいたが、彼らが自分から目を逸らした頃を見計らい、一人だけ殴り倒して逃げてきた。
 港町であるここは人が多い。多種多様な民族が溢れていて、人ごみに紛れてしまえば見つけにくくなる。イェルドが雇った護衛人が追ってきているだろうと確信しながら走り続ける。裏通りに入れば人が少なくなって走りやすいが、それが裏目に出ないことを祈るばかりだ。
 走りながら、どこへ隠れてやり過ごそうかと思う。辺りは柄の悪そうな男たちで溢れている。彼らの興味が自分に向けられていると分かる。一度足を止めれば直ぐに囲まれてしまいそうなほど、その眼差しは強い。裏通りから出て、少し広い通りに出てもそれは同じだった。
 病み上がりで体力低下を実感しているセイは複雑に息を洩らした。参ったなぁと呟いて、追っ手がまだ見えないかと振り返ろうとした。丁度その時、前に突然現れた人物とぶつかった。
 セイの身長はすでに180を超えている。同じ身長の者たちと比べれば華奢ではあるが、ぶつかった人物はひどく小柄だった。全力で走っていたのだからかなりの痛手を被ったはずだ。
 セイは慌てて体勢を立て直すと駆け寄った。悲鳴も上げずに突き飛ばされた、その者に手をかける。
「申し訳ありません! お怪我はありませんかっ?」
 頭からフードを目深く被った人物はよろめいて起き上がった。衣服の下から覗く手首はとても細い。折れてしまいそうだ。女性だろうかと思う。
 彼女はゆるく首を振り、差し出された手を取ると立ち上がる。
 セイは彼女の顔に息を呑んだ。
 左目が青く、右目が金に輝いている。左右で目の色が違った。
 セイの驚きを見た彼女は微笑みを浮かべた。どこも痛めていないようで安堵したセイだが、手を握りこまれて驚く。
「あの……」
 戸惑いをよそに彼女は顔を近づけてきた。覗き込むような仕草にセイは身を引く。彼女から香水のような甘い匂いが漂ってきて眉を寄せる。
「いいわね。貴方からは匂いがするわ」
「はい?」
 唇を弓なりに吊り上げて、女性は妖艶に笑った。背筋に冷たいものが流れ落ちるような、非常に寒気を催す笑みだ。セイは飲み込まれるような感覚に後退しようとしたが、女の手がそれを許さなかった。
「隠れたいのね。おいでなさい」
 どこか舌っ足らずな口調。嫌悪感はないが、妖艶な雰囲気とは違い戸惑う。
 セイのそんな戸惑いなど意に介さず、彼女は楽しそうに背後の壁に手をついた。
 ただの壁だと思ったそこは扉だったらしい。石造りの壁の中に紛れるようにしていて、一見しただけでは分からない。彼女はどうやらそこから出てきたらしい。扉は彼女の手に押されて簡単に開く。中には深い闇が満ちていた。その中へ、セイは半ば強引に引きずり込まれた。


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 鼻をついた匂いに顔をしかめた。
 強引に招待された部屋の中には煙が立ち込めている。それが何かのお香だと気付くのに、さほど時間は要らなかった。
 セイは興味をそそられて部屋を窺ったが、我に返ってかぶりを振った。掴まれていた腕を放すと女性は「あら」と首を傾げる。
 もう一度ぶつかった非礼を詫びて外へ出ようとしたが、それよりも先に女性が口を開いた。
「お座りなさいな。特別に占ってあげるわ」
「え?」
 その言葉にセイは眉を寄せ、注意深く彼女を観察する。窓がないため部屋は薄暗く、その中で彼女の右目は妖しげな光を帯びて見えた。魅了される。
「さぁ。セイ=ラミアス」
 名前を言い当てられて目を瞠る。出て行くことも忘れて凝視する。
 セイの疑問を簡単に読み取った彼女はクスリと笑った。馬鹿にするような笑いではなく、心から嬉しげな笑みだった。
「なぜだと思う?」
 セイは戸惑う。女性から意識して視線を外し、部屋の中を窺う。
 薄暗くて狭い部屋の中。壁は石造りで、港が近いために潮の香りがする。焚き染められた香によって潮の香りはほとんど消されてはいるが。促された丸い卓には手の平大の水晶がある。支える台座には幾つかの宝石も嵌められて豪奢だ。水晶は女性の顔を映し込んでいる。印象的なオッドアイが水晶の中からセイを見つめている。
「占い師、ですか?」
 ようやく口にすると、女性は笑みを深めた。
 卓についていた彼女は両頬を包むように肘をついて笑い、片手でセイに「座れ」と促した。
「特別に視てあげるわ。逃れたい人たちからの時間潰しに付き合ってあげる」
 そのような時間はないと顔をしかめたセイだが、ここを出ても行くあてがないということに気付いて従った。何の根拠もない占いだが、ディアまでの手がかりがないことは事実だ。藁に縋る気分で、ほんのお試し程度に占ってみるのもいいだろう。
 ディアと一緒にいる頃は、彼女が占いの類を尋常ではなく嫌がったため、このような機会はなかった。旅に出て、初めて占ってもらう。
「では……お願いします」
「いい子ね」
 そのまま「ぼうや」と続きそうな言葉にセイは憮然とする。
 白い肌にオッドアイ。そして目深く被ったフードから零れる髪は深緑色だろうか。薄暗いので良く分からない。“占い師”という職業には多少の演出が必要なのだろう。
 女性はしばらく笑みを浮かべてセイを見つめていた。占いは一向に始まらない。
 セイが訝りを覚えるころ彼女の瞳が細められ、尖った指先をセイに突き出した。仰け反ろうとした彼の眼前に複数のカードが出現する。何かを持っていた様子はなかったのに突然現れたカードにセイは驚き、凝視した。
「一枚、選んで下さいな」
 言われるままに一枚引き抜いて女性に手渡した。
 何の柄が描かれているのか見ていなかったセイは、渡したとたん彼女の瞳が楽しげに輝くのを見て後悔した。見ておけば良かったと思う。
 女性は一枚のカードを水晶の前に置いた。選ばれなかったカードは、他のカードと一緒になって座の端にまとめて置いた。
 次は何をするのか、好奇心のままに見つめていたセイの前で、女性はフードを外した。女性の顔が露となる。軽い音を立てて深緑の髪が広がった。彼女の容姿は端麗だった。
 占い師には多少の美も要求されるだろうが、彼女の容姿は明らかに他の占い師の水準を上回っていた。艶やかな唇からは妙齢を感じさせる。
「外だと要らない輩が寄ってくるからね。さぁ、これで貴方と私の間には何の境界もない。すべてを私に任せなさいな」
 占いとは、信頼が第一のものだから。
 無茶な要求だとは思ったものの、セイは黙って頷いた。けれど女性に額を小突かれる。
「駄目ね。まだ私を信用しきれない。名前も明かさない占い師を必要とするのなら、よそへ行きなさい。もっとも……ただで帰すつもりはないけれど」
 滅茶苦茶な言い分に何と返したらいいのか分からない。顔をしかめて女性を窺い見たが、彼女はセイから視線を外してただ水晶を見ていた。セイも水晶を覗いてみるが何も映っていない。透明なきらめきを宿し、中には小さな気泡が閉じ込められているだけだ。
「……お名前を、教えていただけますか?」
 僅かな逡巡の後に尋ねると女性は満足気に笑う。どうやらその言葉が聞きたかったらしい。まったく不可解な女性である。占い師は皆このような言動を取るのだろうか。
「チェラージよ。セイ」
「……そうですか」
 特に興味はないが、そのような素振りをみせればまた不機嫌になるだろう。
 礼儀の範疇で頷いたが、チェラージと名乗る占い師はそれでも満足らしい。笑みを浮かべたままカードの束を再び手に取った。
「では再開。もう一枚お引きなさい」
 言われて引き抜いた。今度は自分でも確かめようと裏面を引っくり返したが、カードは真っ白だった。拍子抜けしたセイは首を傾げてチェラージに渡す。渡した瞬間、チェラージはどこか辛そうに笑って頷いた。
「貴方が一番欲しい情報は人の居場所。でも、その情報は見つからない」
「見つからない?」
「貴方が見つけようとしている人物は、この世界にいないから」
 子守唄を謡うように柔らかな声だった。
 セイは意味を量りかね、瞳を瞬かせるしかできなかった。

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 外の陽光は部屋に届かない。小さくはめ込まれた木枠から零れてくる光も、今は夜なので届かない。
 チェラージと名乗る占い師にディアの居場所を占ってもらったが、結果は最悪よりも悪い。この世界にいない、だなとど、まるでディアがこの世界から消えてしまったかのようだ。占い師などやはりあてにはできないと不愉快な気分だった。
 チェラージの家の二階で、セイは借りた寝台に丸まりながら寝返りを打った。固い寝台は背中に痛い。だが眠る場所を与えられるだけありがたいと思うことにする。
 外ではイェルドがまだ捜しているだろうか。
 ――占いなど信じない。
 それでも湧く不安は消せるものではない。ディアが傍を離れたとき、なぜ気付いて起きなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。
 セイは唇を噛み締めた。
 ――いったい、どうして……。
 そのとき人の気配がし、セイは胡乱にそちらを見やった。暗い室内で何かが動く気配がする。ここはチェラージの家なのだから、もちろん彼女以外にあり得ない。何かを探しに来たのだろうかとそのまま息を潜めていたが、チェラージは寝台に近づいてきた。セイをまたぐように両手を伸ばす。セイが体を起こそうとしたとき、唇になにか温かいものが触れた。
「……っ?」
 反射的に突き飛ばすと反対側の壁まで当たり、床に倒れる音が響いた。
 セイは直ぐに剣を構えて暗がりの中で目を凝らす。手の甲で唇を拭うと、暗がりの中から微かな笑い声が聞こえてくる。
「……チェラージ?」
 半信半疑で呼びかけると立ち上がる気配がする。衣擦れの音が響いて目の前で光が弾けた。眩しさに腕を翳す。光の向こう側にチェラージの姿が浮かぶ。
 オッドアイを煌かせた彼女はどこか焦燥する気配を見せていた。宙に向けられた手には光を放つ小さな丸い物体が浮かんでいる。それが何なのか分からず目を凝らしたが、放たれる光が強すぎて分からない。
「何のつもりですか。チェラージ」
「こんな乱暴に扱われるなんて思ってもいなかったわ。占い師なのに指を怪我したらどう責任を取るつもりなの?」
 光の向こう側でチェラージは妖艶に微笑んだ。左肩を痛そうに庇い、それでも直ぐにセイに近寄ってくる。
 唇が刻む妖艶さに嫌悪感を抱き、セイは思わず一歩後退した。寝台に阻まれてこれ以上は離れられない。自然と薄着に目が行ってしまうのが情けない。
「それが貴方のやり方ですか」
「違うわ。貴方だからよ。綺麗な金の髪に紫紺の瞳。お人形さんみたい」
「……やめてください」
 絡み付こうとする長い髪が煩わしかった。チェラージの手が頬に添えられる。逃げられないよう両手に頬を挟まれ、顔を覗き込まれた。彼女の背後に浮かぶ光の玉が深い陰影を残す。
 ディアとはあまりに違う柔らかさに一歩も動けなくなった。
「可哀想な人。信じて裏切られて心の行き場がどこにもない。だから私が慰めてあげる」
 日焼けとは無縁であろう白い両手がセイの右手を包む。そしてチェラージの胸へと導かれる。正確には、心臓の真上へと。
「ほら。私はちゃんと生きているわ。貴方が守ってくれれば私は死なない」
 チェラージは囁くように顔を近づけ、セイの耳元に唇を寄せた。
 セイは動けない。震えそうになる自分に気付いたものの、まるで呪縛されたように指すら自分の意志で動かせない。
「私を守って。セイ=ラミアス」
 家名を繋げて呼ばれ、セイの体が硬直した。
 少しだけ離れたチェラージのオッドアイは真摯にセイを見つめていた。それが再び近づいてくる。吐息がかかりそうなほど近い距離だ。
 誓約を求められているのだと頭のどこかが警鐘を鳴らした。
 ディアから聞いたことがある。占い師たち、力ある者たちは、物理的な力を欲するために、強い者を契約で縛ろうとするのだという。相手の本質を見抜いて真名を呼ぶ。そうして結ばれた契約は何物にも代えがたい力で守られ、契約者の願いが成就するまで解かれることはない。
 失敗は許されない契約の力だ。
 彼らは少しでも契約を結びやすくするため、相手の意思を封じ込めるような方法を使うらしい。
 ――私は占い師なんてものが嫌いなんだ。
 嫌そうに吐き捨てたディアの言葉が蘇る。
 ここでチェラージを突き放せないのは、彼女が自分に何かをしたからだろうか。それともディアがいなくなってからの自分はこちらが本心なのだろうか。
 セイは口付けようとするチェラージを見つめながら冷静に考えた。
 彼女の吐息が滑り込み、それは内側からセイを支配しようとする。ディアを欲することも、ジェンの結婚式に出席したいと望むことも、すべてを忘れてしまう。これからはチェラージのことだけを第一に考えるのだ。
 口付けられようとした瞬間だ。
「嫌です」
 チェラージの動きが止まった。
 次の瞬間チェラージは弾かれたように飛び退いた。誘惑する雰囲気を払拭させ、強い眦でセイを睨みつけていた。光を受けたオッドアイが妖しく煌いた。
「嫌です」
 セイはもう一度、はっきりと言葉にした。
 瞼を閉ざしてディアを想う。この心を変えられるなど冗談ではない。
 しばし睨みあった二人だが、先に折れたのはチェラージだった。大きな溜息をついた彼女は肩の力を抜いた。やれやれと言いたげに首を振り、疲れたように立ち尽くす。
「あと一歩だったんだけどねぇ。どこで失敗しただろう」
 細い指を顎に当て、首を傾げて溜息をつき、チェラージはセイを見た。そのオッドアイからはもう、先ほどまでの妖しい光は欠片も見出せなかった。
 緊張していたセイも力を抜く。疲れが押し寄せて、寝台に座り込む。周囲の空気がわずかに変わる。きっと人智を超えた何かが魔的な契約のために集められていたが、失敗に終わったため霧散したのだろう。
「私が欲しいのはディアだけですから」
 確認するように呟くと安堵が胸に広がっていく。自分の心は何も変えられていない。
 先ほどまでチェラージに掴まれていた手を、もう片方の手で包み込むようにして動かした。ようやく取り戻せた自由だ。自分の意志で動くことに胸を撫で下ろす。
「まったく聞いてるこっちが恥ずかしいよ。羨ましくもあるけどね」
 チェラージは薄布をまとった体を寒そうに抱え込んで、仕方なさそうに微笑んだ。それを受けてももうセイは動揺せずに穏やかな笑みを返す。今度こそ本当に諦めたチェラージは肩を竦めて階段に向かった。一階の居間と二階の寝室は階段で直接繋がっている。
「私を契約で縛って、何をしようとしていたのですか?」
 一階に下りようと半分ほど姿を床に消した彼女の背中に問いかけた。
 彼女の足が止まる。ゆっくりと振り返る表情に目を瞠る。先ほどとはまた別の切なげな表情だ。哀しそうに微笑まれた。
「あんたと同じよ。捜しに行きたい人がいるの」
 けれど非力な占い師ではそれを為すこともできないから。
 呟いて、チェラージは再び一階に下りた。
 彼女にかける言葉は、もうセイには残されていなかった。


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「意地悪をしたわ」
「え?」
 不思議な体験をした夜を終えて朝を迎え、朝食までご馳走になったセイは首を傾げた。旅支度まで整えてもらい、まさに至れり尽くせりの状態だ。
 本来ならチェラージが使うはずだった旅の荷物を吟味していたセイは顔を上げる。
「昨日の占い。結果をねじ曲げたわけではないけど、貴方が知りたい真実も言っていなかった」
「真実?」
「そう」
 昨日まで焚かれていた香は消えていた。あれも契約を結ばせるための手段の一つだったのだと知る。
「この世界にいないっていう、あれよ」
 セイは肩に回した外套の留金をつけ、チェラージを見た。
 チェラージは苦々しそうな表情でセイを見つめている。
「いないのは本人ではないわ。貴方が捜す名前の人がいないという意味。本当は、いるのよ。微かだけど、名前が見えた。けれどそれはもう一つの強大な力に阻まれて直ぐに消えてしまったの。本人はいるのに名前だけが見えない。どこにいるのか分からない。だから私の言葉は真実ではないわ」
「それは……どういう?」
 占い師である彼女の言葉は抽象的すぎて、そういうものに親しんでこなかったセイには難しい。つまりはどういうことなのかと、湧き上がる期待と共にチェラージを見つめる。
「貴方が捜す人物は、この世界にまだ存在しているわ。幾多の力と名前に護られ道が見えないだけ。希望は南。ミフト大陸に渡り、貴方の手がかりを探すといい。そこから捜し人に繋がる糸が見えている」
 途中からチェラージの焦点が曖昧になった。どこを見ているのか分からない。けれど紡がれた言葉を、セイはしっかりと胸に刻む。この場所から港までは直ぐだ。今の彼女が嘘をついているとは思えない。ミフト大陸に渡る価値はあるだろう。それでディアが見つかるなら本望だ。
「ありがとうございます」
 頭を下げると、我に返ったチェラージが微笑んだ。セイの頭を抱く。そしてそっと額に口付けを贈り、優しく微笑む。
「貴方にかけられた守護が消えぬうちに、貴方が捜す人へと辿り着けますように。占い師から貴方へ授ける二重守護だよ」
 守護、という言葉に、セイはディアの剣を思い浮かべた。
 父の形見だと言って肌身離さず持ち歩いていた剣。旅の途中、その剣には守護がかけられているのだと知った。失われて久しい魔法による力だ。
 その剣も今は手元になく、奴隷商人たちの手に渡ってしまっただろうけれど。
 ――手がかりはまだある。ディアに繋がる希望の糸はきっと一つじゃない。
「チェラージも、捜し人に会えるといいですね」
 本心から出た言葉だったが、チェラージは哀しく笑った。きっと何か理由があるのだろう。契約を断った自分が言うべきことではなかったかと後悔する。
「また……寄って行ってくれると嬉しいね」
「ええ。ディアまでの手がかりが消えたら、もう一度、寄らせてもらいます。もちろん、彼女が見つかったときにも」
「ああ」
 チェラージは再びフードを目深く被ろうとしていた。不思議なオッドアイは前髪に隠れている。だが顔を上げればきらめきがセイを捉える。
 それを見ながらセイは、もしかしたら彼女の瞳そのものが占い師としての力の源なのかもしれないなと思った。
 そうして手を振り、扉を開ける。たった一日篭っていたとは思えないほど強烈な日差しが出迎えてくれる。室内にはまったく日光が差し込まなかったため、目が慣れない。顔を背けてふと気付く。扉はすでに閉められていた。灰色をした壁の中に埋もれてしまい、どこが扉だったのか分からなくなるほど一体感を醸している。ここに扉があると信じて押さなければ決して見つからないだろう扉だ。
 彼女は再び同行者を捜そうとするだろうか。
 セイは周囲にイェルドたちの気配がないことを確かめてから歩き出した。