紡ぎ糸のような

【六】

 尋問を続ける兵を簡単に下がらせた人物は部屋を見回した。
 少しだけ不機嫌そうに舌打ちする。
「ここは目立つ。私の屋敷に案内するまで、少しの間、口を開かないでいてくれないか?」
 囁かれたセイは戸惑いながら頷いた。微笑む仕草も声も、自分が覚えているディアと同じものだが、どこかに違和感があった。大声を上げるようなことはせず、淡々と伝えようとするその態度が見慣れないからだろうか。国に戻ったため何らかの制約がディアに働いているのかもしれない。
 セイは黙ったまま従った。
 そうすると手にしていた小さな何かが床に落とされる。何だろうと身を屈めた直後、セイは強烈な光に包まれて視界を奪われ、貧血を起こしたように体を傾かせた。耐え切れずに床に手をつく。指先の痺れが肩まで響いて呻く。固く瞳を閉じて眩暈に耐える。
 ようやく眩暈が治まってきたころ、瞼を開けたセイは、一変していた周囲の様子に息を呑んだ。先ほどまで狭い部屋にいたはずなのに、セイはいま、とても明るく広い部屋に移動していた。自分に何か起きたのか分からない。状況を把握しようと視線を巡らせると、大きな窓の傍に人影を見つけた。先ほどセイの前から兵を追い払った人物と同じ人物だ。視線が絡む。
「あの、ディア……?」
 観察するような視線にも、一回り大きくなった体にも、全体的に違和感が残る。
 セイが戸惑いながら呼びかけるとディアは少し微笑んで、両手を胸の前に組んだ。
「……会いたかったわ、セイ=ラミアス。私を迎えに来てくれたのね。嬉しいわ」
 痛烈な違和感と薄ら寒さが駆け上がる。鳥肌が立つような衝撃に、セイは思わず腕を抱え込んだ。だがディアは気にせず続ける。
「ずっと待っていたのよ私。やっぱり来てくれたのね。信じていたわ」
 栗色の髪も瞳も、声色までも。自分が知っている彼女そのものに思えたのだが、衝撃は強すぎた。先ほどまで聞いていた声より少し高い声が作り物のように聞こえてしまう。
「人違いですごめんなさい。先ほどの言葉は忘れて下さい」
 反射的に告げるとディアは笑った。しとやかに胸の前で組んでいた両手を解放し、快活な笑い声を響かせる。セイの胸を打つ声だ。
 驚いて顔を上げると、ディアは腹を抱えて笑っていた。
「自分では似ていたと思ったんだがなぁ!」
 やはりディアなのか、と思ったセイは落胆した。小さく息を吐き出して、目の前の人物を見つめる。
「最初は私もそう思いました。けれど、どちらかと言えば、今の貴方の方がそっくりです」
 そう告げるとディアに酷似した人物は更に大きな笑い声を上げた。柔らかな栗色の髪が揺れている。
「それで、あの……貴方はどなたなのでしょうか……?」
 これほどディアに酷似して、ディアの真似もできるとなれば、確実にディアの身内であろうと知れる。そして彼はセイの名前を知っていた。それはディアがここへ来て彼に会い、セイのことを話したという何よりの証拠だ。
 セイは期待を込めて青年を見つめる。確実にディアまでの距離が縮まった。
 青年はようやく笑いをおさめると外套を翻してセイに近づいた。握手を求める。
「私はアーネット。貴方のことは妹から聞いています」
 先ほどまでの態度とは一変し、紳士的な態度と声音だった。一瞬にして切り替えられた雰囲気に目を瞠り、セイは戸惑いながら何を返そうかと口を開く。
「その両手は?」
 握手を求めたアーネットだが、セイの両手に初めて気付き、驚いたように声を上げた。強く手を握りこまれたセイは痛みに顔をしかめる。それを見たアーネットは舌打ちした。
「そうか。結界に触れて落ちたんだったな」
 アーネットはセイの手を放し、大きな窓の前の机に向かった。引き出しから何かを取り出すと急いで戻ってくる。彼が持ち出してきたのは小さな袋だった。アーネットはそれをセイの両手の上で引っくり返す。そうすると白い粉が落ち、それをすり込むように指で何かの印を描いた。
「これで元に戻るはずだ」
「わ……」
 暖かさに包まれたのを感じた。次いで徐々にそれが引いていくと同時に痛みも引いていく。熱が痛みを連れて行くようだ。
 アーネットが粉を払うと、そこには正常に戻ったセイの手があるばかりだ。
「あ、ありがとうございます」
 もしかして薬草のようなものだったのだろうか。
 驚愕したセイは尋ねようと彼を見上げたが。
「そろそろいいかい?」
 独特のイントネーションで紡がれる声が聞こえた。同時に扉が叩かれる。
 セイとアーネットがそちらに視線を向けると、扉が開いていた。入ってきたのは漆黒の美女だ。誰だろうかと思ったセイに溜息が落ちる。横目で窺うとアーネットが苦笑を湛え、彼女を見ていた。その表情には呆れが含まれている。
「俺はまだ何も話してないぞ」
「ふん。こっちにも都合ってもんがあるんだよ」
 扉を閉めた彼女は鼻を鳴らして近づいてきた。
 妖艶さを湛えた彼女はセイを見つめる。艶やかな漆黒の髪は束ねられておらず、むき出しの肩を覆うように流れていた。濡れたような光を宿す瞳は真っ直ぐにセイを捉えている。
 歩き方も雰囲気もすべてが柔らかく、セイは瞳を瞬かせた。心臓に悪い女性である。
「まったく、私が国を出たとたんにこれとは情けない。あんたも男なら最後まで護るんだね」
 セイの前まで来た女性は腰に手を当てて「やれやれ」と仕方なさそうにかぶりを振った。後半の台詞はどうやらセイに向けられたものらしい。
 どういう意味か図りかねていると、女性は笑った。唇だけを緩ませ、明らかに社交辞令としての笑みだ。
「私はサミリア。ちょいと前までこの国の専属魔導師を務めていた者さ」
 セイは無言のまま彼女を眺めた。
 魔導師といえば、子どもの頃に読んだ、絵本の中に出てきた魔女しか思いつかない。どちらも魔法を操るのを生業としているのに間違いないだろう。
 聞き慣れない言葉にセイが黙っていると、サミリアはほんの少しだけ本心からの微笑みを見せた。子どもに見せるような笑顔だ。そして表情を改め、アーネットに視線を向ける。
「アーネット。ちょいと外に出といてくれるかい?」
「なぜだ。あいつに関することなら俺も」
「馬鹿だね。あんたが聞いたってできることは何もないよ。何かしたいなら私らがここにいることを向こう側に悟られないようにしといておくれ。渡した魔法薬はまだ残っているだろう? それで強化しといておくれよ」
 二の句も告げず唸ったアーネットを外へ追い出し、サミリアは溜息をついた。
 放つ雰囲気はとてもゆったりしていて『聖母のような』という言葉がつきそうなほどだというのに、性格はなかなか強烈のようだ。
 もう少しアーネットと話をしたかったセイは視線で彼の姿を追う。扉前で振り返った彼を呼び止めようとしたが、アーネットは肩を竦めて出て行った。伸ばしたセイの手は中途半端に宙で止まる。
 この女性と二人っきりにされて、自分にどうしろと言うのだろう。
 アーネットが出て行ったことを確認したサミリアは体の向きを変えた。
「さてジェイダ、バッファ、出ておいで」
 セイは目を見開いた。刹那サミリアの背後に現れた人物たちに息を呑んだ。
「え、あ……?」
 一人は勝気そうな少年。もう一人は二メートルを超しそうな大男。
 セイは少年に見覚えがあった。奴隷商人に捕まったとき、共に脱出を図った少年だ。まさかこのような所で再会するなど思ってもみなかった。思考がついていかない。
「久しぶりだな、セイ。とりあえず無事に逃げ切れてるみてぇだな。助け損になってなくて良かったぜ」
 現れたジェイダは床に軽く足をつき、少年らしく満面の笑みを浮かべた。
 セイは言葉もなく頷いた。ざっくばらんな態度で接する彼との距離感が掴めず、どう接したら良いのか分からない。サミリアに名前を呼ばれ、扉からではなく空中から姿を現したことにも驚いている。
 サミリアはジェイダの台詞の直後に大きな溜息をついた。ジェイダに呆れているようだ。
「下りておいでジェイダ。やたらと魔法は見せるなと何度も注意されたはずだろう?」
 再び床を蹴上げ、誰よりも上から見下ろそうとするジェイダに注意が飛ぶ。
 ジェイダは煩そうにサミリアを見た。そんな仕草はディアを彷彿とさせて、セイは知らず笑みを浮かべる。
「坊主の頭は小さいからなぁ。主殿の言葉すら記憶できないんだろうよ」
 サミリアの隣でジェイダを見上げていたバッファが豪快に笑った。ジェイダは顔を歪めてバッファを睨み付ける。
「俺をガキ扱いするんじゃねぇ!」
 ジェイダは噛み付き、サミリアは柳眉をつりあげる。
 彼らの様子を隣で呆気に取られたまま見ていたセイは、まとう気配を一変させたサミリアに息を呑んだ。何かが弾けるような音がして、ジェイダとバッファが悲鳴を上げる。セイには何が起きたのか分からなかった。
「邪魔をするなら外へ出とっておくれ。私は一人で出発するけどね」
 氷点下の温度をまとうサミリアの声に、現れた二人は引き攣ってサミリアに従った。ジェイダも大人しく床に足をつく。サミリアの隣で唇を尖らせる。
「悪かったね、セイ。ジェイダには会っているそうだから紹介は要らないだろう。初対面のこっちはバッファ。覚えといておくれよ」
「え、ええ……」
 常軌を逸する彼らの関係や現象に戸惑いながら頷く。セイはそうしながら、ふとバッファが手にしている剣に目を留めた。見たことのある剣だった。長さも大きさも、鞘に使われている細工までも酷似している。それは、ディアの剣だ。
「それ……!」
「おおっと、いきなり掴みかかるとは感心されねぇなぁ。この剣がそんなに珍しいかい?」
「それは、ディアの……!」
「必死な目ぇしちゃって、可愛いねぇ」
 ふざけた口調にセイが鳥肌を立てたと同時に。
「くそ気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇ!」
「からかうのはおよし、バッファ!」
 ジェイダとサミリアの両者から鋭い怒声が飛んだ。
 バッファは大して堪えた様子もなく肩を竦めただけだった。先ほどサミリアに怒鳴られた手前、ジェイダとバッファは無言で睨みあうだけだ。掴み合いの喧嘩には発展しない。もっとも、睨んでいるのはジェイダだけで、バッファは鼻歌でも歌いだしそうなほど安穏とした態度を崩さない。それが益々ジェイダの怒りを誘っている。
 サミリアは彼らを無視して「さてセイ」と、セイの意識を逸らした。
「あんたがあの娘を助けたいのなら、この国とあの娘について、知らなきゃいけないね」
 セイは不穏な言葉に眉を寄せた。助けるなど、やはりディアは危険に晒されているのかと焦燥が強くなる。サミリアがバッファから剣を受け取り、鞘から抜く。
 にやにやと見下ろしてくるバッファの視線は気にならない。サミリアから伝わる気配は真摯なものだ。なぜか、彼女が剣を受け取る際に見せた、掠めるような切ない笑顔が瞳に焼きつく。
「この守護をかけたのは私とガーランド」
 サミリアのような、柔らかさしか感じさせない女性が持つには不似合いな、無骨な大剣。ディアが扱うには何も思わなかったのだが、こうして別の女性がその剣を持つと違和感を覚えてしまう。
 サミリアは剣の重さを気にせず、扱い慣れているように振舞った。鞘から抜かれた刀身の、刻まれた守護魔法を指でなぞる。そんな彼女の仕草をジェイダとバッファも見守る。二人の表情は一様に緊張しており、なぞられた守護魔法が赤く存在を主張するとジェイダが俯いた。
「すべては、馬鹿らしいこの国を滅ぼすためさ」
 刀身に映されたサミリアの表情は、消えぬ恨みを宿して暗く沈んでいた。

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 魔法王国として繁栄を極めたタラッチェ王国。極めたということは、あとはもう腐り落ちていくだけだ。
 他に並び立つもののない大王国。
 最盛期を支えていたのは二人の英雄。
 ガーランドとアーネットだった。
 一人は大魔導師であり、もう一人は類稀なる戦士。
 タラッチェの双璧と謳われた二人だが、その頃にはすでに、国はおかしくなってしまっていた。
「アーネットというのは、さきほどの……」
 そんなに凄い人物だったのかとセイは呟く。けれど最盛期を支えていたというわりに、そんなに高齢を感じさせない青年だったと首を傾げる。
 正面のソファに座ったサミリアが声を立てて笑った。
 なぜ笑われるのか分からない。サミリアは直ぐに笑いを堪えて手を振った。
「違うさ。あいつはアーネットの息子。アーネットというのは家名さね。今はあいつが家を継いだから、そう呼ばれるだけの話」
 けれど同じというのは紛らわしいねぇとサミリアは首を傾げた。少しだけ楽しそうに考える。
「私の言うアーネットはいつまでもアーネットだけれど、あんたにとっちゃ、そうだね……今のアーネットのことをトーラリックと呼ぼうか。あいつの幼名さ」
「トーラリック……さん?」
 言い慣れない名前にサミリアは苦笑する。
「あいつの前ではアーネットと呼んでおくれね。その名前は捨てたそうだから」
 なぜ、と視線で問いかけたが答えは返されなかった。
 この部屋にはサミリアとセイしかいない。共にいたジェイダとバッファは、サミリアの話が始まる前に何かを言いつけられて部屋から姿を消していた。現れたときと同様に宙へと掻き消えた。
 彼らも魔導師という存在なのか。この国だけが世界と切り離されているような、不安定な感覚に襲われる。
「さて。話を戻そうか?」
 別のところへ意識を飛ばしたセイを、サミリアは手を打って引き戻した。
「自然に魔導師が生まれていたこの国だけどね。それはいつ生まれなくなるか分からない不確かなもの。この魔法力があるからこそ大陸で勢力を保っていられる。衰退しては困る。だから王は考えたのさ。この力を永遠のものとする方法はないものかと」
 戦渦が続くティイバーレ地方。
 その中で優位を勝ち取っていられるのは、すべてが王国に生まれる魔導師のお陰。それがなくなればあっという間に滅ぼされてしまうだろう。
 どうやら魔導師というのは努力すればなれるという訳ではないようだ。セイは、師となる人物に弟子入りして研鑽すれば全員がなれるものだという思い込みを改めた。剣の技術を磨く感覚とはまったく異なるようだ。
「そして考え出しちまったらしいね。国を護る方法を」
 その口調からセイにも分かる。ろくな方法ではなかったのだろう。歴史上、滅亡に追い込まれたときの悪あがきは大抵ろくでもない方法が多い。権力と栄華を極めた者が辿る末路も同じようなものが多い。
 ディアを巻き込み、どんな策略を巡らせたのか。
「この世界の上にある神話の世界に縋ろうというものさ」
「……世界の上?」
 セイは意味が分からなくて天井を見上げた。当然だが天井があるばかりだ。
「そう。私ら魔法の世界に生まれた者たちには一つの伝承がある。天空には遥か昔より栄えてきた一つの国家があるという。そこでは魔法が基盤となり、自由な世界を約束されている。その代わり彼らは地上世界の調和を担う。地上世界が滅亡に向かう際には必ず天上より強大な女神が降り立ち、我らをより良き方向へと導いて下さる、と。私たちの世界に魔導師が生まれるのは、女神たちから零れた魔力の欠片が女性の腹に宿るからだと言われている。そんな御伽噺が本当にあるのかどうかは分からないけどね。結果を見れば……今回はどうなんだろうね。私だっていまだに信じちゃいないけど」
 セイは困惑した。つまりタラッチェの国王は、国を護りたいと女神たちに願い出たということなのだろうか。子どもが祈るように、神さまへと祈りを捧げたのだろうか。
 あまりにも王としての想像が湧かずにセイは黙り込んだ。正面に座るサミリアは構わずに頷く。
「本当に神がいたのか知らないけどね。それ以来タラッチェは一変した。それまでは魔導師と騎士がいい具合に両立していたが、王はそのバランスを崩して本当の魔法王国を創ろうとし始めた」
 国専魔導師の数を増やして国専騎士の数を減らした。それに伴い待遇も変わった。魔導師になれば将来は安泰だ。けれど騎士の道を選べば不透明な部分が多い。それほどに王は魔導師にこだわった。
「そこで問題になるのは今まで国に仕えてきた騎士たちさ。そして王が一番邪魔に思ったのは、ガーランドと肩を並べていた英雄アーネットの存在」
 今まで国を支えてきた二人のうち一人。真に魔法王国を創ろうというのなら、国を支える重要な位置に魔導師以外の者がいてはならぬと息巻いた。
 セイはディアと話したときのことを思い出した。父の形見だと言って剣を抱いたときの、やりきれないような表情を。
「邪魔に思ってもどうすることもできない。それまでは本当にアーネットに助けられてきたからね、この国は」
 ひとたび戦争になれば戦場に駆り出され、タラッチェを護り抜いてきた英雄だ。彼の補助としてガーランドも出陣すれば負けなしとまで言われていた。
「どうやって……王は?」
「こちらから戦争を仕掛けたのさ」
 戦争になればアーネットは戦場へ行く。ただそれだけが王の望み。
「それまでいらぬ戦渦を嘆いていた王がだよ? 馬鹿な話さ。そして戦争は始まり、戦火はタラッチェから遠く離れた場所で広がった」
 サミリアは憤りながら笑った。それがセイの胸を締めつける。
 ディアに会いたいという気持ちが強くなった。拳を固く握り締める。
 一度間を置いたサミリアの表情が一変した。遠い昔を、辛くも懐かしい思い出に浸るような表情をしていたサミリアの瞳に怒りが宿った。過去にしてすべてを許すことなどできない。強い眦はセイではなく、遠く誰かを見つめていた。セイは黙って先を促した。
「今までと最大に違うのは、魔道師たちの出陣が認められなかったことさ」
 アーネットが幾ら強かろうが、連勝を重ねてこようが、それはすべてガーランドによる後方支援があったからだ。それが認められないということは、王はアーネットたち騎士を見殺しにするのと同じことを言っているのだ。
「私もガーランドも何度も王に進言した。けれど認められなかった。私たちが戦場へ赴いたら誰がこの首都を守る要になるのだと、聞き届けて下さらなかった。そんなこと、今の今まで一度も仰らなかったのに! 前衛が破れないために私たちが赴くのだと何度諭しても王は首を縦に振らなかった! アーネットもガーランドも、私も。戦場での仲間より先に親友同士だったんだよ。支援に行けないなんてあんまりだ。あくまで王が考えを変えないなら軍律を破ってでもアーネットの傍に行こうと、誓った矢先だったよ。あの娘が飛び込んできたのは」
 セイが首を傾げるとサミリアは頷いた。
「あんたと一緒に旅をしてきた、アーネットの娘だよ」
 淡々と告げた。
「アーネットは死んだ。なぜガーランドはここにいる。なぜ死んでいないって」
 ディアは泣きながらガーランドに掴みかかった。
「私たちはその娘の言葉で初めてアーネットが死んだことを知った。王は戦況すら私たちに知らせちゃくれなかった。間に合わなかったのさ、私たちは。アーネットが死んで直ぐに戦争は終わった。元々はこちらが押してたらしいから、当然さね。王は協定を結んだ。国境線を変えない代わりに多額の賠償金も手に入れた。生き残った騎士たちに僅かばかりの報酬を与えたっきり、王は沈黙を保った。戦死者には形ばかりの国葬が行われたさ。だけど、私たちは……」
 アーネットの死によってタラッチェ王国は新なる魔法王国として歩き出した。トーラリックが襲名してアーネットになった。しかし彼は父と同じ道を取らず、得意ではない魔法の道を選んだ。サミリアたちの助言に従った。
「王に対する不信感は強まっていったさ。死ぬと分かっていながらアーネットに援軍を与えなかったんだ。当然さね」
 王だけが知る新王国の中、魔導師たちが徐々に勢力を伸ばしていく。魔法の道を選んだトーラリックは血の繋がりもあってか王に可愛がられ、他の騎士貴族たちが没落していくなか、政治手腕を発揮しながらその地位に座り続けた。英雄アーネットの息子という部分も手伝って民衆からの支持も厚い。
「けどね、王はそれで終わりとしなかった。魔導師たちが勢力を伸ばしていく裏で、密かにまたはかりごとをしていたのさ」
 始まりは、魔導師として名を上げ始めた一人の少女が王宮に招かれたことからだった。王の側室になるのだろうと誰もが気に留めず、少女は人々の記憶から薄れていった。けれどその後、少女の姿を王宮で見かけることはなく、また、一定の間隔で魔導師見習いや名を上げ始めた魔導師たちが王宮に招かれるようになった。
 彼女たちの家族に頼まれてサミリアたちが王宮を密かに捜索しても、彼女たちの姿はない。その数が一定数を超えたころ王に願い出たが、冷たくあしらわれた。
「これはおかしいねと、ガーランドと話していた矢先だよ。今度はガーランドの恋人が消えた」
 彼女はごく普通の町娘だった。魔導師としての力などない。秘めたる力があった訳でもない。どこかへ長期旅行などまったく聞いていなかったガーランドは必死で捜した。国専魔導師としての力を駆使し、国中を捜した。けれど見つからなかった。
 そうして数か月が経とうとしたころ少女は見つかった。消えたときとまったく変わらぬ姿で、その身に流れる刻すら止めて。
「見つかったのは王の私宮に近い場所。数年前から近づいてならぬと、王から直々に勅命が出された場所だ。疑惑が確信に変わった瞬間だった」
 あいかわらず魔導師となる高能力者を生み出し続けているタラッチェ王国。通常の赤子と魔導師候補の赤子の出生率は五分五分だったというのに、いつの間にか生まれる赤子のほとんどが強い力を宿すようになっている。
「王は娘たちを犠牲にして魔法国を存続させようとしているんだと、確信を持ったのさ」
 ちょうど同じ頃、魔導師が脱国するという事件も多発していた。
 いったい何事かと思っていた事件だったが、一度確信を持ってしまえば簡単に推測できる。魔導師の中には未来を見通す先視の能力を備えた者もいる。彼らは力が強いばかりに国で何が起きているのか正確に知り、自分に白羽の矢が当たる前に逃げ出していたのだ。
「私たちもね、どうしたらいいのか分からなかったんだよセイ。子どもの頃から仕えてきた王だ。私もガーランドも、賢帝であった彼を知っている。だから何かの間違いだと認めたくなかった。それでも王は進言を聞き入れない。娘たちは消え続ける。そしてその頃には魔導師たちも脱国で少なくなり、そうして……アーネットの娘が王宮に招かれるようになったのさ。トーラリックが魔法の道を選んだために選ばれた娘だ。魔力なんてほとんど持っちゃいないっていうのに」
 一息に、すべてを吐き出すようにして語り終えたサミリアは自嘲するように笑った。ソファで足を組み、真っ白にさらけだされた足の上で両手を組む。
「アーネットの忘れ形見だよ。やすやすと王宮へ向かわせるわけにいかない。私たちはアーネットが愛用していた剣に守護魔法をかけて存在を隠した。王宮から迎えの使者が来る前に国の外に追い出した。決して戻ってきてはいけないと、そう言い含めた」
 それはディアが十五歳のときだった。
 供もつけずに一人で、それまで公爵家の令嬢として過ごして来たディアが国外に出され、無事でいられるものか。アーネットが死んでから幾らか剣術に打ち込むようになったが、その頃のディアはまだ本当に幼かった。しかし国にいて死を待つよりは確実に未来が開けている。誰にとっても賭けだ。
「事情は……よく分かりました」
 沈黙が下り、サミリアが疲れたように嘆息した。
 セイは両手を握り締めながら低く吐息を洩らす。サミリアが顔を上げたのと同時にセイも顔を上げ、漆黒に潤む彼女の瞳を見据えた。
「ディアは王宮にいるのですか?」
「……だろうね。トーラリックがそう言っていたよ」
「まだ、生きていますか?」
「生きていなかったら助けないかい?」
 問われて目を瞠る。考えたこともない。魔導師らしい言葉だと思った。
「ディアに……まだ、約束を果たしてもらっていませんから」
 セイが微笑むとサミリアは瞳を細め、そして同じように微笑んだ。