貴女に永久の愛を

 耳を掠めるようにして飛んできた雪玉を避け、ディアは持っていた雪玉を思い切り投げた。
 目測誤らず。
 ディアが投げた雪玉は、遠くの陣地に構える子どもに当たる。
「よっしゃ」
 すかさず飛んできた雪玉も難なく避けたディアは、雪で作った防壁の裏に回って笑みを浮かべた。雪玉作成係りの少女から、作られたばかりの雪玉を補充される。ディアは腕に抱えて再び陣地に戻る。入れ替わりに防壁に戻る子どもたちと笑顔を交わす。
「あと少しで直接対決だからな!」
「ああ。任せておけって」
 相手チームから飛んできた雪玉から少年を庇い、ディアは力強く頷いた。
 少年は雪玉がひっきりなしに飛んでくる中央広場から、自分の雪玉を補充しに防壁へと向かう。
「雪合戦なんて、故郷を出て以来だ」
 昨日まで吹雪いていたが、今朝は快晴。今日も吹雪だろうと出発を見合わせていたディアたちは、予定外の快晴に戸惑いながらもう一泊することにした。宿屋がないため一般民家に宿泊したのだが、そこの子どもから雪合戦をしようと誘われたこともある。
 子どもたちの他愛ない遊びだと気軽に請け負ったディアは驚いた。ルールも詳細に決められ、村の大人たちまで参加するという大規模な遊びだったのだ。
 もちろん、大人で参加するのは仕事に支障のない、年若い青少年たちではあるが。参加せず仕事に精を出す大人たちも、たまに顔を出して遊んで行く。村公認の大規模な雪合戦らしい。負けたチームには何らかのペナルティがあるらしいが、それはまだ聞かされていない。
「あ。ディア」
 雪玉を抱えて走った先ではセイが楽しそうに応戦していた。ディアも笑いながら駆け寄る。いつも村の遊びに巻き込まれるとき、セイとは別のチームに配属されることが多かったが、今回は一緒のチームだ。誘ってくれた子どもがくじ引きでチームを決めるのだと言っていた。
 子どもから箱に入ったくじを引かされた二人は、そうして一緒になったのだが。
 ディアはふとその時のことを思い出して首を傾げた。
 くじを引くとき、子どもたちよりも大人たちの方が真剣な顔で引いていた。今も、大人たちの方が躍起になってこの雪合戦に取り組んでいるような有様だ。
「そういえばセイって、雪合戦って初めてなんだっけ?」
「ええ。ラミアスでは雪もそれほど積もりませんし。誘って下さる方もいませんでしたので」
 セイは楽しげにゲームに参加している。
「本格的なゲームですね」
「ここまで本格的なのは私も初めてだけど」
「年一回の大イベントらしいですよ」
「へぇ。そうなんだ?」
 村の中央にある大きな広場。
 それを二分してチームごとに分け、陣地の後方に雪で巨大な壁を作る。その後ろには雪玉作りの子どもたちが隠れ、更に後ろには大きな旗が十本立てられている。
 前半戦は雪壁よりも前のスペースで普通の雪合戦を楽しみながら相手の体力を削り、後半戦は全スペースを使っての大戦争に突入する。後半戦には年齢制限が設けられていた。十二歳以上の者しか参加できない。なぜなら大乱闘となるからだ。
 当たってもさほど痛くないような弾力のある剣が渡され、乱戦になる。敵チームの高い雪壁に正面から当たって壊し、その後ろにある敵チームの旗を奪って中央審判のところへ持っていく。どちらが早く中央審判の元へ全旗を持って行けるかで勝負が決まる。奪われないように妨害もありなので、毎年結構な数の怪我人も出ているらしい。
 現在、雪玉作りを命令された子どもたちは、思い思いの方法で、後半戦に向けて雪壁を高くしている。敵チームは後半戦に向けて少しでも壊しやすくなるように、人よりも壁に向けて雪玉を投げている。
 子どもたちは無邪気に遊んでいるが、やはり、大人たちの方が鬼気迫る気配で、ディアはなぜか不自然な思いに眉を寄せる。
「ところで、負けた方のペナルティってなんだろうな?」
「えーと」
 言葉を濁すセイを見ると、彼は首を傾げて言い淀んでいる。
 問い詰めようとするとさり気なく腕を引かれて雪玉から庇われた。
 丁度良く審判の笛が鳴り響く。
 一瞬にして雪玉の攻撃がやみ、皆から疲れたような声が洩れた。かなりの時間を遊んでいたのだから疲労もかなりのものだろう。
 明日は大半の者が筋肉痛だなと思いながらディアも座る。
「次は突撃ですね!」
 先ほどの問いをなかったことにするような声にディアは眉を寄せた。
 セイは期待に表情を輝かせ、本当に楽しそうだ。もちろん、その気持ちはディアにも分かるが。まぁいいか、あとで分かるだろうと肩を竦める。
「お前、旅に出たときは戦うのは嫌だとか言ってなかったか?」
「これは遊びでしょう? 傷つけるのは嫌ですけど、本気で遊ぶのはとても楽しいですよ。今回は隣にディアがいますしね。なおさらです」
「へぇ。そう」
 ディアは少しだけ赤くなった顔をセイから背け、広場から出て行く子どもたちを眺めた。出て行く子どもの流れの中から、この遊びに誘ってくれた子どもが出てくる。特製の剣をディアたちに渡して「頑張れよ」と応援する。
 ディアは笑って「おう」と返し、渡された剣を見た。
 思っていたよりもしっかりとした造りだ。押せば硬い弾力が返され、本気で頭を叩かれたら脳震盪を起こしそうだなと思う。
「これで殴られたら痛そうですよね」
「ま、気をつけろよ」
「私は平気ですよ。ディアの方が心配」
「私だって平気だっての!」
 最近は上から見られるようになってしまって、妙な苛立ちと共に叫んだ。
 セイは黙って微笑み、立ち上がる。周囲も立ち上がり、ディアも慌てて立ち上がる。いつの間にか身長も並ばれていた。
 剣を手にしながら憮然とする。
 旅に出た当初は女にしか見えなかったというのに、いつの間にかその背中は広い。セイばかりが変わっていく。自分はまるで取り残されていくような感覚だ。非常に悔しい。
 審判の笛の音が鳴り響き、周囲が一斉に動き出す。
 群集に埋もれていくセイを見ながら慌ててディアも走り出す。
 揺れる金髪を追いかける。
 ディアは良く分からない焦燥を抱えながら、彼と同じく応戦し始めた。


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「やったな、ディア!」
 雪合戦は、ディアたちの勝利で幕を下ろした。
 誘った子どもが嬉しそうに走ってきてディアに抱きついた。ディアは受け止めながら笑う。汗で額に張りついた前髪を指でよける。喜びに湧く周囲を眺める。
 笛の音が鳴り響いたとき、ディアは広場の外れにいたため子どもに見つけられやすかったのだが。
「セイは?」
 いつの間にかセイと逸れていた。
 子どもを下ろして荒い息を整え、広場を見渡す。目立つセイは見当たらない。
 個人ごとの対戦ではなく乱戦となったため、セイばかりを意識していられず、目の前の戦闘に集中していた。鬼気迫る周囲に圧倒されながら負けじと応戦し、試合終了の笛も、ともすれば聞き逃すような熱中ぶりだった。
「セイなら最後の旗を取って、まだ審判のところにいるよ」
 ディアは目を瞠った。いつの間に旗まで進んでいたのか。
 子どもに手を引かれながら審判の元へ行こうとすると、ちょうど反対側からセイが走って来るところだった。セイもディアを捜していたようで、ディアを見つけると破顔する。
「良かった。私が旗を取りに行っている間、怪我してないかと心配だったんです」
「平気に決まってるだろうが」
 セイの笑顔に安堵しながら、彼の首に提げられている見慣れぬ石に目を留めた。
「その石は?」
「勝ったチームで、旗を持っていった奴だけが貰えるんだ。名前も刻んでもらえるんだぜ。俺も来年出場できるから、狙ってるんだよな」
 今年11歳の少年は、セイのペンダントを見ながらしきりに「いいないいな」と呟いている。その様を微笑ましく見守っていると、子どもは不意に顔を上げた。手にしていたペンダントをセイに返す。
「そうだ。勝ったチーム全員に、これとは別の賞品が貰えるんだぜ。俺、二人の分も貰ってきてやるよ」
 子どもはあっと言う間に群集に埋もれていく。
 忙しいその様子にディアは呆気に取られ、次いで苦笑した。勝ったことがよほど嬉しかったのだろう。ふと周囲に目を向ければ、皆は一様に嬉しそうに仲間の肩を叩きあっている。
「そういえばディア。今日のイベントがなんのために開かれるのか、聞きましたか?」
 腕を掴まれたディアは振り返る。セイが楽しげに語りかけていた。
 ディアは「いや?」とかぶりを振り、セイは更に楽しそうに笑う。いったいなんだろう。
「勝ったチーム全員に渡されるのは腕輪だそうなんですが、それを持っていれば、今日一日だけ特権が与えられるそうですよ」
「特権?」
「そう」
 セイは先ほど貰ったばかりのペンダントを持ち替え、ディアの首に手を回して抱きついた。
「おいっ?」
 慌てて引き剥がしたディアは、カチリと耳に触れた音に眉を寄せる。
 セイは直ぐに離れた。ディアは首に提げられたペンダントに首を傾げる。
「……これはお前のだろう?」
 けれどセイは微笑んでかぶりを振り、ディアの腕を掴んで真っ直ぐに見つめる。
 あまりに近いその距離にディアは動揺しながら見つめ返す。そして次に聞かされた言葉に。
「貴女に永久の愛を誓います」
 硬直した。
「愛の日だそうですよ。もし目当ての人物がいれば、勝者の告白が誰よりも優先されるそうです。今日だけは」
 セイは固まって動かないディアを抱き締めてクスクスと楽しそうに囁く。
「このペンダントをつけていれば、他の方から告白されることはありませんしね」
「……って……どうせ今日は、もう出発……」
 動揺する心臓を必死で宥めながら、切れ切れに呟くと笑われた。
 肩越しに見える周囲では同じような状況に陥る人々がそこかしこに見られ、だから皆で必死に勝ちを争っていたのかと妙に納得した。
「いいではありませんか、もう一泊くらい。手を繋いで歩きましょう?」
 拒否することも、素直に頷くことも躊躇われ、セイの肩に額をつけながら唸ると笑い声が響いてきて、憮然とした。
(まぁ……いいか。もう一泊くらい)
 乱戦のおりに感じていた苛立ちを思い出して嘆息する。黙ってセイの背中に腕を回した。