伯爵夫人にまつわる噂

【一】

 ――最近、誰かに見られている気がする。
 寝台から降りたディアは不機嫌な表情で着替えをしながら視線を巡らせた。さすがに寝室でそのような気配は感じないが、外へ出たとたんに突き刺さるような視線があるのだ。
 旅暮らしが長かったため、人の視線には敏感になってしまっている。けれど今回の視線には悪意も敵意もない。もしも不穏な空気を発しようものなら即座に大元に斬り込めるのに、と苛立ちはおさまらない。今回は単に観察をしているだけのようだ。それだけでは誰なのか特定できず、むず痒いような感覚を覚え、日が経つほどにディアの機嫌は落下していく。
「朝から険しい顔」
「だっ」
 寝台から伸びた手に引かれ、着替えのみに集中していたディアは簡単に倒れた。
 まだカーテンをあけていない部屋は薄暗くて不明瞭だ。頬に押し付けられた唇に瞳を瞑り、抱き締める力に息をのんだ。
「なにか心配事でもありましたか?」
 意図的なのかそうでないのか、耳元で静かに囁かれる。ディアは自分が紅潮したのが分かった。数ヶ月前から同居することになった人物の行動には未だに慣れず、動悸が激しくなる。果たして慣れる日など来るのだろうかと疑問に思う。
「それとこれと何の関係がある!」
 真っ赤な顔で怒鳴りつけて離れるという自分の行動も。それを見て楽しそうに、けれど幸せそうに笑うセイの姿も。
「関係はありませんけど、抱きしめたくなりまして」
「そ、そういうことは口にするな!」
「では無言で『おはよう』のキスして下さいますか?」
 憧れなんです、と。何の罪もないような無邪気な笑みを見せるセイに、ディアは顔から湯気が出そうなほど真っ赤になり、無言でセイを寝台から蹴り落とすのだった。
「おーまーえーは! 朝から頭が沸いてるんじゃないのか!」
「酷いなあ。ディアを愛してることに朝も夜も関係ありませんよ」
「だああ! うるさいうるさいうるさーい!」
 両耳を塞いで絶叫したディアに合わせたように、タイミングよくノックが響いた。扉の向こう側から執事の穏やかな声が聞こえてくる。
「お目覚めですか、お二人とも。朝食の用意が整っておりますので、お早めにお越しください」
「あ。今行きます」
 拳を震わせているディアを横目に、セイは動揺の欠片もなく声を投げた。
 すでに恒例となっている朝の出来事だ。貴族社会からかけ離れた毎朝の光景に、順応している執事に感謝を捧げていいものかどうか。ディアは心臓を宥めながら息を整える。
「ディア」
「あ?」
 着替えするセイの横を通り、カーテンを開けて朝日を浴びていたディアは振り返り、思わず視線を逸らせた。着替え途中だったセイは上半身をはだけさせたままだった。朝日の中で直視するには少々ためらう。これがなんの関係もない男だったらなんとも思わないのだが――と問題なことを思いながらディアは瞳を瞬かせる。
 セイはディアに近づくと両手を伸ばし、胸倉を掴むようにして襟を立たせた。
 ディアは顔をしかめる。
「何するんだよ?」
「今日が寒くて良かったかもしれませんね。ディア」
「は?」
 訳が分からない。ディアは眉を寄せたままセイを見た。本来、襟を立てて着る服ではないため違和感が先に立つ。襟を直しながら、服が詰められている棚に寄るセイを見やる。
「こちらは確か首まで覆うタイプの防寒着でしたよね。あ、でもこちらの、巻くタイプの方が便利かもしれませんし……」
「なにを言ってるんだ?」
 一着を引っ張り出すセイに頷きながら訝る。今日は寒いとはいえ、そこまで気を回す必要性を感じない。屋敷の中にいる限り、防寒着などなくても耐えられるだろう。
 なぜそんなことに気を使うのか。
 何気なく首に手を当てたディアは、次の瞬間、凍りついたように表情を強張らせた。思い当たる節があって鏡の前に向かう。
「ほら。最近はフェレーリアも退屈してるでしょうし、今日は運動がてら乗ってみたらいかがですか?」
 セイのそんな言葉を背中で聞きながら、鏡を凝視したディアは拳を握り締めた。首筋にはくっきりと痣のようなものが浮かんでいた。繕うセイの言葉に拳が震える。
 そして怒りが最大限まで高まった瞬間。
 目覚めてから最大級の大声で、ディアは怒鳴りつけたのだった。

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 壊しかねない勢いで開かれた寝室の扉に、次の間で控えていた使用人たちが驚いて一斉に注目した。そして次の瞬間、笑みを零した。
 大して必要性を感じないのに、首にぐるぐると巻かれた防寒具。真っ赤に染まった不機嫌な表情で出てきたディアを追うのは、少しだけ意気消沈したようなセイ。
「化粧を強くすればそれほど目立たないと思いますし」
「首にまで化粧してたまるか!」
「誰とも会わなければ問題はありませんし」
「私だって息抜きがしたい!」
「――ならバランス取るために、いっそのこと反対側にも」
「殴るぞセイ!」
 言った瞬間にもディアはセイの頭を叩いていた。けれどあまり力は入っていないようだ。手の甲が軽く当たっただけだった。
 寝室から出てくるなりそんなやり取りを繰り広げた夫婦に、控えていた使用人たちからは穏やかな笑い声が洩れる。熟年の女性たちから洩れたそんな笑い声にディアは我に返り、周囲を見渡して唇を引き結ぶ。そしてまだ足りないように、セイを睨みつけるのだった。
「ディア様」
「なんだっ」
 ずっとタイミングを窺っていたらしい執事に声をかけられ、ディアは憤りを残したまま振り返った。執事は穏やかな笑みを刻んでいる。少々決まり悪い。
 ディアは苦虫を噛み潰しながら、執事の後ろに見知らぬ女性が控えていることに気付いて「おや」と片眉を上げた。初めて見る女性だが、彼女がまとうのは他の使用人たちと同じ給仕服だった。おそらく見習いだった者を正式採用しようというのだろう。
 赤紫の髪をきっぱりと肩口で切り揃え、どことなく鋭さを思わせる顔立ちの女性にディアは好感を持った。年齢はディアよりも少々若いだろうか。
「ジェン=ラミアス様よりのご紹介でございます」
「兄上の?」
 応えたのはディアではなくセイだった。紫紺の視線を受けた女性は緊張したように体を強張らせる。
「お初にお目にかかります。カナーリャと申します。いたらぬ所も多いかと存じますが、本日は精一杯お勤めさせていただきます」
 流暢な台詞はさすがと言えようか。それだけで育ちの良さを感じさせる。さらには兄の紹介ということも手伝ってか、セイは感心したように微笑んだ。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
 そこで頭を下げてしまうのもセイがセイである所以か。
 戸惑うようにカナーリャの瞳が揺れたのを見て、ディアは軽い笑いを零した。
「頑張ってな」
「あ、はいっ」
 長身の二人に寄られたカナーリャはさらに恐縮して礼をした。
 屋敷に仕えるにはそれなりの手順がある。最初は誰であろうと見習いとして入り、主人に直接関係のない場所で仕事を任される。一定期間を過ぎて教養を身につけ、大丈夫だと判断されると次はようやく主人のそばに上がる。そして主人に仕えて一日。なにも粗相がなく、問題もないと判断されると正式雇用に移る。それまでの働き具合によって、執事や婦長たちの相談のもと、どこの持ち場に配属されるのか決まる。
 他のところではどうか分からないが、ラミアス家では代々そうした雇用方式が採られてきたらしい。アーネット家ではどうだったかといえば、そういうことに関心がなかった年頃だったため、ディアは全く覚えていない。
 そういう訳で、今日はカナーリャにとって正式雇用されるかされないか、大切な日となる。
「ではお二方。お食事が整っておりますのでお急ぎください」
 カナーリャの挨拶を済ませたあとに執事が促した。
 先ほど寝室で促されたときより大分時間が経っているため、調理師たちも大変だろうと苦笑を零して。ディアは鬱陶しい防寒具を握り締めたまま、そちらへ向かうのだった。

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「お前、誰かに恨みを買ってるとかないよな?」
 食事を終えて出かける仕度を整える。そのため、また別の部屋に移ったセイを追いかけ、ディアは誰もいないことを確認してから問いかけた。使用人たちがいる場所では相応しくない会話だ。
 セイに限ってとは思うものの、ここ最近感じる視線がどうにも鬱陶しくて聞いていた。早く何とかしなくてはもどかしい想いが募っていく。
 案の定、仕度を整えていたセイはきょとんとした瞳でディアを振り返った。
「私がですか?」
 考えるように首を傾げ、金髪を揺らせたセイに頷いた。朝日の中で揺れる光がまぶしくて瞳を細める。女だと間違われることはもうないが、光に溶けてしまいそうな儚さはまだ消えていない。そう感じた次には現れる力強さに、ディアはいつも戸惑うのだが。
「覚えはありませんが――何か嫌がらせを受けたのですか?」
 そんな答えを返したセイに苦笑した。「そんなわけあるか」と肩をすくめる。
「もしされたら倍返し」
「ディアらしいです」
 軽く笑い声をあげたセイに抱きしめられた。出かける仕度を整えていたため剣が腰にあり、そのまま抱きしめられると柄が脇腹に食い込んで痛いのだが。他に誰もいない私室だし、とディアはその状態に甘んじることにした。しかし唇の端を舐められて睨みつける。
「パン屑がついたままでした」
「そういうことは口で言え」
 赤い顔で睨みつけたが笑われただけだ。食事の後は使用人たちの目があるため、この部屋に来るまでパン屑がついているなどあり得ないのだが。再び下りてきた口付けには何の抵抗もしない。二、三度繰り返されて深まりかけたところでディアはセイの両頬を引き伸ばすという暴挙に出た。
「……ディア」
「仕事」
 不満げな顔をしたセイにあっさりと言い捨てて体を離す。
 タイミングよくノックがされ、手を伸ばそうとしていたセイは残念そうにため息をついた。
「どうぞ」
 促すと先ほどカナーリャと名乗った女性が扉を開ける。以前ジェン=ラミアス伯爵の屋敷で働いていた実績を見込まれ、ディアたちに専属で付けられたのだろう。本当の新人ならば粗相があるのが当たり前のため、熟年の者も共につけられることになっている。
「お仕度が整いましてございます」
 まだ緊張した様子で畏まる彼女に、セイは再び安心させるように笑顔を見せて「ありがとうございます」と丁寧な礼を述べる。
 穏やかなその声音に安堵したのか、カナーリャの表情が少々綻ぶ。
 さすがはセイだ、とディアはそのやり取りを無言で眺めた。
 そしてやはり、このセイが人の恨みを買うわけがないかと思い直し、表情を険しくさせる。セイに原因がないのなら、恨みを買っているのは自分だ。けれどこちらは思い当たる節が色々とありすぎて困るのだ。向けられる視線には恨みや妬みといった意味が含まれていないと感じていたが、それでも他に連想するものがなくて、ディアは顔をしかめた。
「眉間に皺、ですよ」
 腕を引かれて我に返る。笑うように囁かれたディアはさらに皺を寄せた。腕を掴んだまま歩き出そうとするセイに怒鳴りつける。
「一人で歩けよお前はっ」
「だって今のディアを一人で歩かせたら、壁に激突しかねませんし」
「してたまるかっ」
 カナーリャが開けてくれた扉を、二人は賑やかに通過しながら廊下へ出る。廊下には誰もいないのだが、どこからともなく屋敷の者たちが出てきて二人は取り囲まれる。出かける主人を見送ることも彼らの仕事に含まれているらしい。
 仰々しくてディアは好かないのだが、それが貴族社会の必然ならば仕方ない。
 少し距離をあけて歩く彼らを意識しながら玄関に着き、停められた馬車に目を向ける。
「では行って来ますね」
「……おう」
 部屋から玄関まで、すでに体力を使い果たしたような気がしてディアは素っ気無く手を振った。
 そんなディアに、セイは少し首を傾げて頬に口付ける。
「たまにはディアからもして下さいよ」
 使用人たちの好奇の目が光るなか、ディアだけに聞こえるよう囁く。それがあまりにも色っぽい所作だったのでディアの顔は瞬時に赤く染まる。
「たまには普通に出かけてみせろ!」
 大音声で叫び、膝蹴りをする。笑い声を上げたセイはあえてそれを受け、一度だけディアを強く抱きしめると馬車に飛び乗った。
「行って来ます」
 最後まで抜け目のないセイに、ディアは首筋まで真っ赤にさせながら睨みつけ。そんな視線を受けながら馬車は走り去った。
 馬車が屋敷の門から出て小さくなってもディアはそのまま睨み続ける。
「いったい何を囁かれたのかしら」
「愛情深い旦那様のことだから『愛してるよ』と言うのかもしれないわ」
「いいえ。それよりも『貴女のために早く帰ってくるよ』の方が嬉しいかもしれないわ」
「いっそのこと大胆に夜のお誘い受けてたりしてっ」
 女性使用人たちの間に、きゃー、という黄色い悲鳴が上がった。
 聞きとがめた年配の女性がため息をつく。
「もう。朝から何を言っているの貴女たちは」
「まぁ、なんにしても……」
「羨ましいわねぇ……」
 そればかりは同感だと年配の女性も深々と頷く。
 彼女たちから羨望のため息を洩らされて背中が突き刺さり。今日もディアは、彼女たちの好奇心が落ち着くまで馬車を見送る羽目になるのだった。

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「あれは絶対わざとだ。嫌がらせだ。毎回毎回、あの声を浴びせられるのは結構辛いんだぞ。ちくしょう。私が恨んでやるぞ、セイ!」
 力を込めてフェレーリアの鱗を拭き、呟くのはセイへの文句。黙って拭かれていたフェレーリアは迷惑そうな目を向ける。
「なんだよ。痛くはないだろう?」
 だが渾身の力を込めて拭かれていては、いかなフェレーリアであろうと思うところがあったらしい。されるがまま大きな体を横たえていたが、長い首だけを伸ばしてディアに顔を近づける。そして、使用人たちによって綺麗に梳かれていた栗色の髪を、無造作に噛んだ。
「いたたたたたたたたっっ、髪を噛むな髪をっ。飼葉は充分足りてるだろうが!」
 硬い頭を押し返すディア。銀色に光る獰猛な牙が立ち並ぶ口にためらいなく指をかけ、力任せに開かせようとすると唸り声を出された。獣特有の臭気が顔を撫でて思わず咳き込む。フェレーリアは直ぐに髪を放し、今度は申し訳なさそうにディアの頬を舐めた。
 座り込んだディアは「いいよ」とかぶりを振り、フェレーリアの頭を抱えるように抱き締めた。
「分かってるさ。自分が素直じゃないことくらい。嬉しくないわけないし。セイにはずっとそばにいて欲しいし」
 唇を引き結び、冷たい鱗に頬をつける。今まで何度繰り返したか分からない性格の自覚。いい加減、嫌になってくる。
 ため息をつきながらディアは、外れかけていた首の防寒具を巻きなおした。そしてふと、最近敏感になっていた誰かの視線に気付いた。
「……誰だ?」
 この厩舎には誰も近づかない。誰もがフェレーリアを怖がるのだ。近づくのはセイとディアぐらいであるが、セイがまさかもう戻ってくるはずもない。他に誰かが近づくということは、急用だろうか。もしかしたら近づいたはいいものの、それ以上フェレーリアの側に寄ることができず、足が竦んでいるのかもしれない。
 そんなことを思いながらディアはフェレーリアの首を叩き、動くなよと命じてから外に出た。視界に赤紫の髪が映る。予想していなかった人物にディアは目を瞠る。
「カナーリャ?」
「あ、はい」
 どうやら去ろうとしていたところだったらしい。背中を向けて歩いて行くカナーリャに声をかけると驚いたように振り返る。その驚きように、ディアが驚くほどだ。
 この屋敷で働く者たちは皆フェレーリアを恐れるが、新人であるカナーリャは平気なのだろうかと思いながら彼女に近づく。少なくとも、フェレーリアの側に行くことはできなくても厩舎まで近寄ることのできる勇気は持っているらしい。貴重な人材だ。
「私に用があったんだろう?」
「あ……そろそろお食事の用意が整いますので、それを伝えに参ったのですが……」
 歯切れ悪く言いよどみ、今朝見せた毅然さを感じさせない態度にディアは眉を寄せる。カナーリャの視線はあちこちに飛ばされてディアを見ない。意志の強さを払拭させたものは一体何か。
 ディアは顔をしかめる。「呼びに来た」というわりに厩舎を去ろうとしていた矛盾にも気付き、考え――ディアの頬が紅潮した。
「き、聞いてた?」
 カナーリャが彷徨わせていた視線がピタリと止まった。それも、ディアとは全く関係ないところで。彼女の耳がみるみる赤くなっていくのを間近で見て、ディアの頬もさらに赤く色づいていく。
「わ、忘れろっ。お前が聞いたのは全部忘れろっ。空耳だ!」
 カナーリャは奇妙な顔をしてディアを見る。ディアは彼女の細い両肩を掴んで必死に叫ぶ。独白を他人に聞かれることほど恥ずかしいことはない。
 瞬時に沸騰した頭で叫びながらカナーリャに頼み込むと、その剣幕に押されたのかカナーリャはディアを見たまま何度も頷いた。彼女の肩を掴んだまま激しく揺さぶっていたディアは安堵の息をつく。一見、落ち着きを取り戻したかに思えたディアだが、クルリとカナーリャに背を向ける動作は機械人形のようにぎこちないものだった。
「旦那様にもそうしておられるのですか?」
「え?」
 恥ずかしさを忘れるほど静かな声音にディアは振り返るが、カナーリャは「差し出がましいことを申しました」と頭を下げてしまった。そしてまだ赤い顔を上げると、カナーリャは笑顔で小首を傾げて頬に手を当てる。そんな仕草が思わずセイを彷彿とさせ、ディアは目を瞠る。
「時をみてまた参りますね。それとも――あの、まだお一人の方がよろしいですよね?」
 妙な気を回すカナーリャにディアはムッと眉を寄せた。そのままカナーリャと共に食事へ向かおうと思ったが、フェレーリアを途中で放り投げたままにするわけにもいかないと頷いた。
「後で直ぐに行く。フェレーリアの後片付けをしたら」
「分かりました。ではお食事を運んでおきますね」
「……ああ」
 そういった所は以前の屋敷での賜物なのだろうか。今までディアにつけられた新人の使用人とは全く違う、貫禄のようなものに、ディアは戸惑いながら声を返した。
 カナーリャは誰が見ても惚れ惚れするような笑みを零してディアに礼をする。その場を立ち去った。最初にディアが感じたような、鋭い意志を窺わせる視線を残したまま。
 カナーリャが厩舎の影に消えたあと、遅まきながらその視線が最近感じていた苛立ちの原因だと気付いたディアは、思い切り顔をしかめた。