楽してお金を稼ぐ方法 番外編

=ガラテアの受難=

 迫り来る初任務のとき。
 ガラテアは刻々と近づいていく時間と共に胃痛を強くさせながら、これから仲間と呼ぶべき者たちを見つめていた。彼らは今夜のことについて、真剣な話し合いをしている。もちろんガラテアもその中に混じって話を聞いている。しかし集中力はない。どこか他人事で上の空だった。
 思えばこの世に生を受けて18年。とうとう犯罪に手を染めるのか。
 ガラテアはそんなことを思ってため息を漏らした。
 いまさら犯罪に手を染めることが怖いというわけではない。ただ、自分の人生、所詮はこんなものかと思っただけだ。
 生まれた家は貧しい家だった。ガラテアは生まれて直ぐに口減らしのため捨てられた。運良く拾われた先は裕福な商人の家。子宝に恵まれなかったその家では大層可愛がられた。しかし養子の手続きをする直前、奥さんが懐妊した。養子の話は白紙となった。
 色々なことがあった。色々なところを転々とした。そうしてガラテアはここにいる。
 運の悪さを悲観するわけではないが、最終的に流れ着いた先が盗賊の住処などとは笑えない。もう無我の境地だ。だが、他に行ける場所もない。
「ほらよ、ガラテア。これがお前の物だ」
 いつの間にか話し合いは終わっていた。声をかけたのは体格の良い男で、この男がガラテアをこの道に引き込んだ男だった。街道端で餓死するところを助けられたのだ。彼には感謝している。そんな彼から投げ渡されたのは、縄付きの鉤爪と長剣だった。
 盗賊たちが拠点とするこの場所は、崖に空いた自然洞だ。地上へ出るためには縄付きの鉤爪を放り投げて固定し、自力で登らなければいけない。餓死状態から脱出したばかりの自分にそんな力があるかは謎だ。だが、腕力にはもともと自信があった。何とかなるだろうと楽観する。
「ありがとう」
 ひとまずお礼を言って受け取った。この期に及んで逃げる算段をしてしまう自分も相当情けない。しかし、盗賊はどう考えてもリスクが大きい。
「ほら。出るぞ」
 先ほどの男がガラテアを振り返った。面倒見の良い男だ。盗賊のくせに。
 ガラテアは頷き、覆面をつけた。他の仲間たちも装着済だ。こうすると、よほど親しい人間でも判別が難しくなる。目撃者も含めて殺してしまうと聞いていたから、顔を見られても構わないような気がする。それでも彼らは覆面をする。少しは町に帰りたい思いが残っているのだろうか。だから、無駄だと分かっていても覆面をするのか。
 ガラテアに言わせれば『無駄な足掻き』だ。
 ここ数年で、ずいぶんひねくれた考え方が身についてしまっている。
 覆面をつけると息苦しかった。
 ガラテアは具合を確かめるように洞窟内を振り返った。
 一番奥には盗賊たちの稼ぎが輝いている。ささやかな量だ。けれど、あれらを持ち出せば少しは遊んで暮らせるかもしれない、と妄想した。
 ため息をつきながら、ガラテアは他の者たちと同じように鉤爪を投げた。縄を引いて具合を確かめる。どうやら上手く固定してくれたようだ。続いて縄を登り始める。
「くっ」
 かなりの力が要った。腕力には覚えがあったはずなのに、おかしい。やはり餓死寸前まで追い詰められたのが影響したのか。もう腕が痺れてきた。
 それでもガラテアは汗をかきながら何とか這い上がった。
 盗賊は根性がいる、絶対。
 上がった息を整えてから皆を追いかける。林を進んで丘を下る。
 目的は街道沿いの小屋だ。旅人から金品を奪い取るのが手っ取り早い。
 ガラテアは遠目からランプの光を確認した。小屋の玄関に掲げられているランプだ。今日は旅人がいるらしい。仲間の雰囲気が嬉々としたものに変わるのを無感動に感じる。哀れな旅人に同情する。
 ガラテアたちは一度小屋の玄関に集合した。つかず離れずの距離を保つ。
「おい。今日の新人はどこへ行った」
 ガラテアは慌てて前に出た。
「俺だ」
「なら、先行はお前だ」
 ガラテアは頷く。とうとうこのときが来たのかと緊張する。全員が後ろに下がるのを見て、そんなに離れなくてもいいじゃないかと思いながら扉の前に立った。
 顔も知らぬ旅人よ。あんたに怨みはない。俺の安全を確保するためだ。どうか、許してくれ。
 大きく息を吸い込んだ。
 吐き出した。
「早くしろ」
 背後から焦れたツッコミが入るが無視をした。入るのはお前じゃない、俺だ、と胸中で返す。俺は慎重派なんだ、と補足する。俺は剣には自信がないんだ、と独白する。
 意を決し、慎重に扉を開けた。玄関内には誰もいない。玄関から見える暖炉端にも人の姿はない。恐らく奥の寝室を利用しているのだろう。
 昼に覚えた小屋の見取り図を思い浮かべながらガラテアは剣を構えた。高鳴る心臓を感じながら静かに中へ入る。
 ああ、神様。俺をお守りください。
 信仰心など欠片も持ち合わせていないが、こんな時だけ都合のいい神頼み。
「荷物だ」
 ガラテアに続いて入った男が、窓際の荷物を見て小さな歓声を上げた。仲間の視線がそちらに向かう。けれどガラテアだけは見向きもせずに寝室へ足を伸ばした。
 大元を断っておかないと安心できない。
 ガラテアは非常に小心者だった。
 奥の寝室の扉。その前で一度大きく深呼吸する。意を決し、やはり静かにゆっくりと押し開ける。
 月明かりが静かに差し込む部屋の中に、人の姿があった。
 ガラテアは思わず目的を忘れて呆けた。それだけの人物が、部屋の中にいた。
 深く被られた布団の端から覗く金の髪が眩しい。月光に照らされてなんとも神々しく、これまで見てきた人たちとは次元が違う気高さを感じた。恐らくその肌は人形のように滑らかで、唇は愛らしく色づいているに違いない。この世にこんなに清らかな人間がいたなんて信じられない。
 ガラテアは後姿を見つめる瞳を細めた。
 こいつを殺さないといけないのか。くそ、もったいない!
 非常に私的な感情だった。ガラテアは殺さなくても済む方法はないかと考える。後ろからせっつく指があったが無視をする。
 妙案が閃いた。
 こんなに綺麗な存在なのだから、売れば金になる、と頭領に進言すればいいのだ。捕らえても直ぐに売られるわけではない。洞窟に連れ帰り、次の闇市まで待つ時間がある。その時間を利用して彼女と話をする。不幸な身の上同士、仲良くなる。そして意気投合した二人は、その日の夜に手を取り合って、愛の逃避行をする!
 思春期にありがちな妄想を膨らませながらガラテアは鼻の下を伸ばした。ともあれ、頭領に報告するのは捕らえてからがいいだろう。
 ごめんよ、これも君の安全のためなんだ、と心の中で女神に語りかけながらガラテアは寝台に近づいた。気配を殺しながら、一歩ずつ近づく。胸を高鳴らせ、顔がにやけていく。
 髪から覗く白いうなじ。掛け布団が表す細い腰。ここに彼女がいると思うだけで空気が澄んでいくようだ。苦節18年。俺にもとうとう春が!
 彼女との未来を思い描いてガラテアの脳も春になる。
 とうとう寝台の横に立った。彼女の素顔はどれほどの美貌なのかと覗き込み、ガラテアは呼吸を忘れた。
 先ほど脳内妄想した通りの美貌が目の前にあった。
 月明かりに照らされ、幻想的なまでに白い肌。頬紅を薄く刷いたような頬。わずかに開かれた唇は紅色に艶めいている。そして何よりも、見上げる紫紺の瞳は夜空のようで吸い込まれる。
 ガラテアはそのまま床に倒れた。
 何が起こったのか分からない。目の前に、美貌の人の足が見えた。足首までも綺麗だ。おかしい、人の声が遠ざかっていく。美貌の人の姿もかすんでいく。
 剣柄で頭を殴られたのだと思い当たったのは、意識が混濁していく直前のことだった。


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 体中を襲った衝撃にガラテアは目覚めた。
「なんだっ?」
 素早く起き上がり、周囲を確認する。
 目の前に、木の板で組み立てられた壁を見つけた。その輪郭を辿り、目の前に小屋があることに気付いた。どうやら自分は外で寝転んでいたらしいと悟る。なぜそんなことをしていたのか分からない。くしゃみして腕をさすり、半そで半ズボンになっていることに気付いた。まるで追いはぎにでも遭ったようだ。
 訳が分からないままガラテアは頬を掻いて瞠目する。覆面すらも剥ぎ取られていた。
「俺、任務中だったよなっ?」
 唐突に今までのことが蘇った。だが、なぜこのような場所にこのような格好で転がされているのか分からない。もっと詳細を思い出そうと頭を悩ませた瞬間だ。
「セイッ!?」
 低い男の声がどこからか響き、ガラテアは首をすくめた。乱暴な足音が響く。足音は家の中を移動し、止まる。静かになる。
 首を傾げたガラテアの視界に、林を駆け下りてくる覆面姿の人物が映った。
 仲間だ、と喜色を浮かべたガラテアだが、ふと「待てよ」と考えた。このまま姿を消してしまうこともできるのだ。盗賊たちから手を引く絶好のチャンスだと言える。
 そんなことを考えている間に、覆面は小屋の影に消えてしまった。ガラテアがいる反対側を回って小屋に入ったのだろう。少しして、中から言い争う声が聞こえてきた。言葉までは聞き取れない。
「うーん。ここで加勢するのが吉か、見捨てるのが吉か」
 首をひねるガラテアの鼻先に剣先が飛び出してきた。
「ひえぇっ?」
 小屋の中から貫通してきたのだろうか。壁から僅かに突き出た剣先はガラテアの鼻先をかすった。
「逃げよう。うん」
 ガラテアは即断即決する。
 先ほどの覆面に見つからないよう腰を屈める。姿が窓から見えないよう注意してその場を離れようとした。
 そのとき、ガラテアは重要なことに気付いた。
 寝姿だけで自分を魅了した彼女はどうしたのだろう?
 ガラテアの脳裏に女神の姿が蘇った。襲われたことはガラテアの記憶にない。倒れた衝撃でその辺りの記憶は都合よく吹き飛んでいた。脳裏にあるのは麗しい女神の後姿だけだった。そうして始まる妄想タイム。女神の笑顔を独り占めする想像までするが、あいにくと顔が分からないため近所に住んでいた姉さんの顔にすりかわる。
 ガラテアは自分の想像力に落胆しながら小屋から離れるのをやめた。彼女はせっかくの春の兆しだ。見捨てるわけにはいかない。戻るのは危険だが、先ほどの覆面仲間が何かを知っているかもしれない。聞いてから立ち去ろうと決める。彼女が既に囚われているなら拠点に戻り、隙を見て彼女と共に逃避行を計ろうと考える。
 いつにない強気の自分に満足して笑ったガラテアだが、それでも覆面仲間のところへ直行するのは気が引けた。小屋が先ほどから静かになっていることも気になり、様子を窺う意味で窓から中を覗き込んだ。
 そして彼は深く後悔した。
 視線の先にいたのは焦がれていた金髪の女神だった。喜びに湧く間もなく、彼女が見知らぬ男と抱き合っている現実を知る。淡い恋心が無残に砕け散った瞬間だ。
 ガラテアはその場に座り込んで呆然とした。先ほど小屋に入っていった仲間はどこに? などという思考は一切消えていた。抱き合った二人の姿だけが脳裏に焼きついている。
「……ふっ。しょせん俺には、過ぎた幸せだったってことさ……」
 呟いて立ち上がった瞬間だ。
「……この馬鹿セイーーっっ!」
 小屋の中から凄まじい怒声が響き渡った。
 ガラテアは振り返る。中がどうなっているのか分からない。興味と好奇心が渦を巻く。覗き込みたい衝動を必死で堪える。あのような衝撃映像はもう見たくない。
 ガラテアは涙を拭った。
「俺は新たな恋に生きるのさ」
 ラミアス領へ向かって走り出した。

END