疑惑と嫉妬が芽吹く時 番外編 =セイ的見解=

【六】

「ディア殿も容赦がない」
 セイから話を聞いていたアイルは喉を震わせて笑った。セイの恨めしげな視線が突き刺さる。彼の左頬にはいま、ディアによるものと思われる赤い手形がはっきりとついていた。
「どこで間違えたんでしょうか……」
 真剣に悩んで溜息を落とすセイに、執務室で政務を行っていたアイルはさらに楽しげな笑い声を上げた。共にいたカルザも苦笑を零す。
 因みにいまここにルイはいない。ディアを客間に案内してアイルたちの元へ行こうとしていたとき、廊下でルイに出会った。ディアと話があるから少しどこかへ消えていてくださいと、面と向かって言われたのだ。やはり女性は良く分からない。
 ルイのことを話すとアイルは複雑な顔をした。
「まぁ、あれも女だからな」
「あなたにルイ様をそういう風に言われると無性に腹が立つのはなぜですか」
「なんで本人に聞くんだよ」
 カルザは窓際で書類をめくっていた。アイルは彼を睨み、気を取り直すように一度だけ咳払いしてセイに視線を戻す。セイは水で濡らしたタオルを頬に押し当てている。ディアのことを考えているのか少し唇を尖らせて視線をどこにも向けていない。
「まぁ、女には優しく誠実にっていうのが好かれるコツだ」
「それならあなたは却下されますね」
「カルザ……さっきからお前は俺になにか恨みでもあるのか?」
 さきほどからやけに突っかかる。自分の片腕だと信じている青年を睨むと、相変わらず硬い顔つきでカルザは書類に目を通しているだけ。書類から目を離すことなく口を開く。
「ありすぎてなにから話せばいいか、返答に迷うところです」
 アイルは忌々しく舌打ちする。反論したかったが、カルザにはいつも助けられていることを思って浮かせた腰を落とす。
 セイは顔をあげ、剣呑な雰囲気になりかけていたアイルたちを面白そうに観察していた。そのことにも気付いてアイルはささくれ立つ心を宥める。セイの存在自体が人の心を和ませる。ラミアス領に戻ったセイは近隣に鳴り響く美貌で、一時は社交界に引っ張りだことなっていた。ドーラルによって策略された社交界はセイの婚約者選びが主だったのか、あるときを境にしてセイは表に出てこなくなった。そうしてアイルたちにとってはセイの近況を知る手段も断たれてしまったのだ。それが、いまこうして目の前にいる。金髪に縁取られた顔には数年前の面影が宿っている。
 アイルは懐かしさに瞳を細め、客観的に見てもやはり美しいと評されるセイに、思わず女性に対するときのように笑みを浮かべた。
「ほら。あなたのその表情が誠実さからかけ離れています」
 アイルは思わず唸る。条件反射で俺は悪くない、と言いかけたが我慢する。これいじょう自分の立場を悪くしたくない。カルザに口で勝てる自信はない。
「そういえばディア殿って背が高いよな」
 なんとか話題を変えたくて、セイが食いつく話を振ってみる。セイは直ぐに願いに応えてくれた。眩しい笑顔は眩暈がするほどだ。
「そうでしょう。格好いいでしょう? アイル様も頷いてくれると思ってました。ディアは外見だけでなく、中身まで男らしいんですよ!」
 顔を輝かせるセイに何を思ったのか、アイルは一瞬黙り込んだ。
「セイ。おまえ、間違ってもそれを本人の前で口にするなよ?」
「はい?」
 すでに先ほど告げて叩かれていたのだが、やはりセイは分かっていない。首を傾げる。ディアといるときは呆れるほど勘がいいというのに、アイルと共にいるとき、その勘は働かないらしい。
「でもですね。ディアはあれでいて本当に可愛らしいんです。触れば赤くなるし、キスすれば照れて怒るし、暴れるときは照れて混乱してるときが一番多いんですけど、もう、本当に女の子らしいですよね」
 くすくすと微笑むセイの将来が心配になったアイルだったが、彼が突っ込みを入れる前にカルザが前に出た。
「セイ殿。それは誰の行動を見習ってのことですか?」
「アイル様です」
 なんで間髪入れずに答えるんだよ、とはアイルの胸の内。カルザは「ほーう?」と実に嫌な声を上げながらアイルを振り返った。確かに、セイにしては意外だと思われるその恋愛行動を疑問に思っても仕方ないが、カルザの問いかけは明らかにアイルを意識していた。
「アーイールー? セイに余計なこと吹き込んで! いまの行動聞いて、なんとも思わないのかっ!?」
「なんで。自分に正直に生きるのは良いことだ」
「ああそうですか!」
 悪びれなく受け流すと、カルザは持っていた書類を丸めて遠慮なく叩いてくる。
「セイ殿。このようなろくでなしの行動など見習ってはいけません!」
「お前、主人に向かってその言動はなんだ」
「でも……アイル様は私の目標ですし……」
「駄目です! そんな非行は許しません!」
「こらまて! 俺を目指せば非行かよ!」
 さすがに聞き捨てならずに噛みつき返せば、深緑の瞳が睨み返してくる。実はカルザのその瞳に弱いアイルだ。
「軌道修正されるなら協力してやらないでもありませんが?」
「なんて敬語だよ」
 長年の親友である彼の言葉に、額に手をあてて笑いを噛み殺す。
「セイ殿。ディア殿に嫌われたくなかったら、今後、女性に関しての行動だけはこいつを思い出してはいけませんよ」
 まるで新恋人のために元恋人を忘れろと迫るようだ。
「なにか相談したいことがありましたら、私を訪ねて来ても構いませんから!」
「あ、では一つお聞きしたいです」
 黙って二人のやり取りを見守っていたセイが口を開いた。二人の行動は数年前セイがヴァレン城にいた頃と変わらない。進歩がないとも言えるが、セイはその状態が普通だと思い込んでいる。
「ええと、背が伸びるにはどうしたら良いですか?」
 それまでの笑みを消して真剣な表情での相談だった。
 セイは拳を握りながら二人を見つめる。見つめられた二人は思わず顔を見合わせる。
 セイの身長は数年前に比べて遥かに高い。標準男性よりも少し高くなっている。しかしそれよりもディアの方が高いため、そう願うのも仕方ないと思うのだが。段々と少女らしい面影を脱ぎ去ろうとしているセイに複雑な思いを抱えてしまう上司たち二名。
「もしかしたら、この背のせいでディアに負担をかけているかもしれませんし……」
「ええと、セイ殿。それは……」
「気にすることはないぞ、セイ」
 何を言えば分からなくて言葉を濁すカルザに代わり、アイルが助け舟を出した。
「縦に並ぶから身長が気になるんだ。横になれば気にならない」
「アイル!」
「ああ、なるほど」
「セイも納得しない!」
 おそらく言葉通りに受け取ったセイにはアイルの真意など伝わっていないだろうが。
 アイルはにやにやとカルザを見やり、その視線を受けたカルザは疲れたようにその場にしゃがみこんだ。

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「もう旅立ってしまうのですか」
「ああ。居付きそうになっても怖い」
 そう交わし、見送りに出てきた皆に別れを告げたのは先ほどのこと。
 アイルやカルザに、絶対に連絡は欠かさないようにと念を押されながら城を発った。次に会うとき、どちらが領主になっているだろうかと考えるのはとても楽しい。
「ルイ様と最後、何を話されていたのですか?」
 結局ルイからは聞き出せなかった。問いかけたとき彼女はニコリと微笑んで唇に人差し指を当て「女同士の大切な内緒話です。貴方には天地が引っくり返っても教えません」と告げられた。
 彼女は頑固だ。食い下がっても決して教えてくれないだろうと、その場は引き下がった。
 見上げるとディアが見下ろしてきていた。その視線にセイは首を傾げる。なんだか複雑な表情をしていた。ルイとの話にますます興味が湧く。
「婚約解消したわりに、ずいぶんルイと仲が良かったじゃないか」
 そんなことを呟かれて目を瞠った。
 別れ際、ルイに口づけられたことを思い出す。その行動は意外だったが、幼い頃の延長で色恋には全く発展せず、ただ微笑ましい気持ちでやり過ごした。だがディアにはそう映らなかったのだろう。セイは何度か瞬きし、素直に聞いた。
「やきもちですか?」
「な、誰がいつどこで!」
 しまった、とでも言うような顔でディアが顔を赤らめる。その様にセイは小さな笑い声を上げる。忌々しそうに舌打ちする音が聞こえてくる。
 ディアがそんな感情を抱いてくれる日が来たのだ、とかなり嬉しい。
「いつまで笑ってるんだよ!」
 ディアは怒鳴って大股で歩き始める。置いていかれそうな気配にセイは慌てて追いつき、腕を絡める。
 空は青く晴れ渡り。隣に彼女がいることが、最上の幸せ。


 END