第七章 【四】

 ザーイの行動は意外なものだったが、素直に嬉しさを覚えた。当初の印象が覆る。こうなると腹を立てた自分がずいぶんと子どもに思えてしまう。
「うーん。もう少し我慢を覚えないとなぁ……」
 もしもこの呟きを響希たちが聞いたらなんと思うことか。李苑は決意した端から子どもっぽく下唇を突き出した。これから手に入る大切なこともどんどんと失われてしまいそうな気がした。両親の忘れ形見である道場を守っていくのだから、これからは感情で走る前にもう少し物事を考えてみよう。
 李苑はそんなことを思いながら譲られた服を握り締めた。
 ジュラウンとザーイは廊下に追い出してある。李苑が直ぐに服を替えたがったことと、ジュラウンもそんな李苑に賛同したためだ。
 ジュラウンは気遣いを忘れない人間のようだ。相手の言いたいことを素早く読み取り無駄な言動は挟まない。穏やかな物腰は翠沙を連想させる。夢か現実か曖昧なまま会うことができない友人たちのことに、影を落とすには充分な要素を備えている。
 腕に服を通しながら、李苑の表情は翳っていった。
 時間が経つにつれて、あれは現実だったと確信が深まっていく。大怪我を負ったはずの自分は? という疑問も湧くが、それは大したことでもないような気がした。「きっと素晴らしい回復力を持っていたのね」とか「ランルが治してくれたんだ」と、少々現実離れしてはいるが、理由は幾らでもつけることができる。自分が今こうして生きているのが結果としてあるのだから、もういいのだ。それよりも、まだ結果が見えない友人たちのことが心配だった。
「ちょっと暑いけど、さっきまでのよりは全然マシかな」
 ザーイのお下がりは少々大きい。裾をまくり、腰紐で調節し、なんとか形を整える。以前、ランルが用意したヒラヒラとした服は複雑なつくりで着方も分からなかったが、今回はつくりが単純なため、迷うことはなかった。
「入ってきてもいいよー」
 恐らく二人は廊下で待っているはずだ。
 李苑が声をかけると扉は直ぐに開かれた。
 着替えた李苑を見た二人の瞳が大きく瞠られる。それは、そこに可憐な容貌を見出したから、という訳では決してない。
「お前、やっぱり男だろう」
 余計な言葉を発したのはザーイだった。ジュラウンは彼に呆れたような視線を向ける。ようやく機嫌を直したというのに、また損ねるつもりなのか。ザーイは慌てて口を噤む。
 李苑は唇を尖らせて軽く睨んだものの、それ以上に発展することはなかった。先ほど我慢を覚えると決意したばかりであるし、確かに自覚はあるのだから。
 腰紐を何重にも巻き、もともと大してあるわけでもない胸を潰している。傍目には少年としか映らないだろう。
 李苑とジュラウンが並んだら、十人中十人がジュラウンを女だとして手を挙げるだろう。彼は足首まで届く長い髪をし、中性的な顔立ちをしている。成人男性にしてはさほど声変わりもしておらず、アルトとテノールの間で揺れるような声をしている。不思議な安堵感を与える存在だ。
 李苑はジュラウンを見つめてから自分の姿をかえりみた。肩の力を抜いて、脱力する。大きなため息を吐き出した。自分がジュラウンのようになるには何年もかかりそうだと思う。
「さて。ではリオンの体調も落ち着いてきたようですし、そろそろ状況を把握して頂きたいと思います」
 ジュラウンの切り出しに李苑の背筋が伸びた。彼の瞳は変わらず笑みを湛えていたが、まとう空気と声音が僅かな緊張を孕んでいた。隣のザーイも同じであるらしく、居住まいを正す。
「遅いくらいだけどね」
 小さな呟きにジュラウンが頬を緩める。
 李苑は視線でついてくるように促され、窓へ向かうように歩いていく彼の後ろ姿を見つめた。ジュラウンは部屋の奥まで進むと衣装棚の隣の壁に、腕を振る。
 李苑は瞳を瞠らせた。ジュラウンの動作にあわせるように、壁に扉が現れたのだ。
「って、なにそれ今まで全然気付かなかったんですけどっ?」
 気付いていたならこちらの扉も開くか確かめていただろうに。外へ出たくて部屋中を歩き回ったというのに、なぜ気付かなかったのだろう。灯台下暗しとはこのことか。
 あまりの衝撃に李苑は開いた口が塞がらない。唖然としているとザーイに背中を押され、促されるようにしてジュラウンの後に続く。新たに開いた扉の向こうへ足を踏み入れる。
 隣部屋は李苑に与えられた部屋と同程度の広さだった。しかし家具がほとんどないため、こちらの方がすっきりと広く思える。窓も大きなもので、光が燦々と降り注いでいた。雰囲気としては応接間のようだ。立派な机が窓際に用意され、その前には客人用の長椅子が一対、置かれている。むき出しの壁は白く塗られていた。
 もしかしてジュラウンたちは商人か何かだろうかと李苑は首を傾げたが、直ぐに否定する。彼らから感じる雰囲気は、全く異なるものだと直感が告げていた。
 ジュラウンに促された李苑は客人用の長椅子に腰掛けた。ジュラウンも直ぐに李苑と対面するように向かいの長椅子に座る。だがザーイだけは、長椅子の後ろに回りこんでジュラウンの背後に立った。
「座らないの?」
 首を傾げると、ザーイは口を開かないまま首を横に振った。彼の表情は硬い。それだけで親しみが失われたように感じた。李苑は眉を寄せる。先ほどまで表情豊かだったザーイとはまるで別人だ。無表情で佇む様は人形を思わせる。
「これは政治に関わる私の仕事ですから。ザーイに口を挟む権限はありませんよ」
「……政治?」
 ジュラウンは穏やかな口調で説明する。李苑はその言葉に反発するような物を覚えて眉を寄せた。だが、何が引っ掛かったのか分からずそのまま黙り込む。
「では、改めて自己紹介をいたしましょう。私の名は『ナイ=イフリート=ジュラウン』、イフリートに継承される、現在の宝珠の管理者です」
 李苑は一瞬、呆けたような顔をした。意味を飲み込むと驚愕しながら立ち上がった。
「管理者ってことは、名前に名前が入ってるてことは、ジュラウンはその国の血族でランルと同じでっ?」
 李苑の脳裏では全ての符号が一致していたが、生憎と出てくる言葉は整理されていなかった。栗色の瞳を大きく見開きながら単語だけを繋ぎ合わせる。そうしてジュラウンを見つめたまま絶句する。
 ジュラウンは苦笑した。既に李苑は勘付いていると思っていたため、李苑の驚きは彼にとって予想外だった。静かに着席を促す。
「……イフリートはガラディアの一部の名前とかじゃなくて国で、それも希少価値の高い宝珠を持つ国で、えっと……イフリートの第一王位継承者?」
 李苑の言葉にジュラウンは顔をしかめたが、俯いていた李苑は気付かなかった。最後、顔を上げながらの疑問に、ジュラウンは静かにかぶりを振って否定する。
「既に私は王です。今のところ、私に継ぐ継承者はおりません」
「イフリートの、王様……ジュラウンが?」
 先入観や偏った知識で間違った認識をジュラウンは否定していき、李苑はゆっくりと言葉を紡ぎながら確かなものへと変えていく。李苑の視線がジュラウンの首筋から胸元に移動する。そして眉が訝しげに寄せられる。彼女の視線の意味に気付いていたジュラウンは軽く瞳を閉ざす。
「宝珠はこの胸の中に。ここイフリートでは、ガラディアの後継者やセフダニアの王たちのように、外へ出すことは危険なのです。それでは信用できないと言われましても、いま李苑にお見せすることはできません」
「いや、別に見なくてもなんとなく……分かるっていうか、納得っていうか」
 少しだけ顔を曇らせたジュラウンにそう言い訳して両手を振る。ジュラウンは怪訝な顔をしたが、深くは追及されなかった。
「で、ジュンはイフリートの王様、ねぇ……?」
「はい」
 驚愕からは抜けたのか、李苑は「はー」と息を吐き出しながら椅子にもたれかかった。天井を仰ぎ、何を考えているのか。ジュラウンとザーイが見守るなか李苑は直ぐに体を起こした。
「ランルの時も思ったけど……皇女とか王様とかって、仕事さぼって平気なの?」
「これも仕事のうちですけれどね」
「やけに楽しそうなんだけどね」
 思わず口許に手をあてるジュラウンを見て李苑は笑う。この部屋に入ってから流れていた緊張感を吹き飛ばし、そうして改めて李苑は背筋を伸ばした。
「私も改めて自己紹介。榛原李苑。ザーイと同じらしい十七歳。ザーイはきっと老けてるのよね」
 砕けた口調と憎まれ口に、ジュラウンはおかしさを外に出さぬよう胸の内だけで微笑み頷いた。背後のザーイが顔をしかめたのが手に取るように想像できた。
「ええ。お伺いしておりますよ。先日行われたガラディアでの国技大会で優秀な成績をおさめ、ライール=ガラディア=サラン第一皇女の近衛隊に配属されていましたね」
 当の本人である李苑よりも詳しい内容を把握しているジュラウンに、李苑は軽く瞳を瞠らせた。
「物知り」
「……世界の情勢に早耳であることは、王の責務ですから」
 ジュラウンは少しだけ訂正して補足する。
 つとザーイがその場を離れた。直ぐに戻ってくるが、彼の手には大きな筒が握られている。あらかじめ用意されていたのだろうか。ザーイはそれを、李苑とジュラウンが挟む机の上に広げて固定し、再びジュラウンの背後に戻った。
「地図……?」
 世界地図のようだ。住宅地図のように細密に描かれているわけではないが、大体の町の大きさや場所が把握できる。
「ガラディアはここ。そして今いるイフリートはここです」
 ジュラウンは地図を指で辿り、説明する。それは李苑にとって大変ありがたかった。なにしろ地図に書き込まれている文字は、李苑の知識範囲を軽く突破するものだったからだ。通訳がいて欲しいと、これほど強く願ったことはない。
「世界でいま不穏な空気をまとっているのは、ここガラディアとセフダニア」
 不穏、との言葉に李苑は眉を寄せて爪を噛み、セフダニアの位置を記憶する。最初に自分たちが現れた場所だ、と脳内補完する。元の世界に帰るには、物語のセオリーである『現れた場所』を探ってヒントを見つけ、そして帰るというパターンが働くかもしれない。あとで響希を唆して戻ってみよう。そしてついでに、森で気色悪い思いをさせてくれたセフダニアの王に会って、殴ってこよう。
 ジュラウンの説明を聞き流しながら、李苑の脳裏ではそんな決意が展開されていた。
「先日、ガラディアの王と王妃が倒れました」
 ひたすら自分の考えに没頭していた李苑はその言葉も聞き流しかけた。双眸を見開いてジュラウンを見る。さらりと聞き逃せそうなほど自然な言葉に聞こえた。
 ジュラウンは再び情報を求めるような李苑の視線に気付いて頷いた。
「ガラディアは表向き隠していますが、城の内情というのもは漏れやすいものなのですよ」
 ジュラウンは何でもないことのように流すが、内情が漏れやすい訳ではない。だが李苑は別のことに頭を占められ、意味に気付くことはなかった。表情を歪め、視線をジュラウンから外し、再び地図の上を滑らせる。先ほど説明されたガラディアの位置を見つめる。
 ジュラウンが言うのは、単に倒れたという意味ではない。
 李苑は脳裏に、一度会っただけの王たちを思い浮かべた。ランルと同じ紫の綺麗な髪色をしていた。ランルと髪の長さが違うだけで、歳を経ても変わらない綺麗な同じ色なのだと感動した。染料では決して染まらない色だ。サウスという支えを失ったばかりのランルは、更に両親という支えすら失ったのだ。それは、交通事故で両親を奪われた自分と同じように。
「……ン? ……リオン」
 名前を呼ばれて我に返った。
 ランルのことを考えていて、ジュラウンの言葉などまるっきり聞いていなかった。けれどジュラウンは分かっているのか責めはせず、本題、とばかりに身を乗り出してきた。
「貴方に教えて頂きたい。ガラディアの王たちが倒れた経緯を」
「いつ、倒れたの」
 ジュラウンは瞳を伏せた。
 李苑は知らない。大方の予想はついていたことだ。大怪我で瀕死となり、生死の境をさまよっていたのだから。
 ジュラウンが李苑を助けた理由として、情報を手に入れたかったことが挙げられる。もちろんそれだけが李苑の価値ではないが。
「リオンが怪我を負った、あの日に――」
 ジュラウンの言葉を聞いた瞬間、突如として湧いた衝動に李苑は机を蹴りつけた。夢が現実だと確定したことと、その他の様々な感情で。机はよほど重たく頑丈に造られているのか、僅かに揺れただけで終わる。一瞬動きかけたザーイだが再び元の位置に佇む。そのとき初めて李苑は、ザーイがそれほどジュラウンの近くにいるのは彼を護るためかと冷静な部分で思った。だがその冷静な部分は直ぐに激昂に飲み込まれてどうでも良くなる。
 李苑は形相を険しくさせて唇を噛み締めた。
「私たち、利用されたんだ……!」
 栗色の瞳に怒りが宿る。
 ジュラウンは静かに李苑の様子を見つめて『愚鈍ではない』と答えを落とす。自分たちが置かれた状況と、その背景での出来事。周辺の人物たつの状況なども把握して全てを繋ぎ合わせ、一瞬にして答えを導いた。
 ここに響希たちがいればジュラウンたちとはまた別のことを思ったのかもしれないが、ジュラウンは瞳を細めて李苑を見た。
「なにが起きたのか、聞かせて下さい」
 逆らいがたい静かな声音だった。
 李苑は突然湧いた怒りを宥めることができずに表情を険しくさせたまま視線を彷徨わせた。唇を堅く引き結び続ける。
 ジュラウンは続けた。
「私は貴方を、誠意を持ってイフリートに滞在させたい。幽閉状態はこちらとしても望まないものです。ガラディアよりの客人として正式に招待する用意がありますが、そのためには貴方の理由を窺わなければならない」
 李苑が持つ地位は、ランルの近衛。その身分ごと招待しようというのだ。
 暗に含まれた意味を汲んだ李苑は唸った。ジュラウン個人で保護してくれるというのなら何も問題はない。だが背景に国があり、更に自分の背景にも国が、ガラディアがあると言われてしまえば慎重にもなる。ここで自分が、後のガラディアの救いとなることができれば嬉しいが――なかなか難問だった。
 もしセフダニアがガラディアと敵対することになればガラディアを助けてくれると、暗にそう仄めかすジュラウンを、李苑は唸って見つめた。
 なにが起きているのか。現場から引き剥がされ、今まで眠っていたため詳細を知らない。今の自分よりもジュラウンが持つ情報量の方がよほど多いだろう。知らない自分が直感や推理だけで、国を動かしかねない発言をしてもいいものか。
 とんでもないものを課せられたものだ。
 李苑は視線を落とす。
 どこまで話すべきだろう? どこからなら話しても差し支えない? 自分はただの、ランルの私兵ではない。その地位はあくまでも表向きのもの。ガラディアに滞在するための隠れ蓑だ。そして、どこへも行くあてのない自分たちを保護してくれたランルに迷惑はかけられない。ジュラウンたちのことを信用していないわけではないが、慎重になっている李苑は目まぐるしく考えた。
『異世界から来たなんて、口が裂けても他人には言うなよ』
 李苑は響希から釘を刺されたことを思い出した。面白半分に話されないためにそんなことを言ったのだろう。
 ジュラウンとザーイは李苑の言葉を待っていた。李苑は奥歯を噛み締めて顔を上げる。
「ジュンたちが私を、ランルの近衛って認めてここに招いたんなら、私はランルの近衛として話す。それでいい?」
「ええ」
 含みを持たせながら真剣な表情で頷くジュラウンに、密かに否定して欲しかったと思わないでもない李苑である。やはり彼はこちらの背後関係を重視するのかと気が重たい。
 李苑は拳を握り締めて深呼吸した。
「たぶん私が殺されかけたあのときが、王たちが殺害されたときなんだと思う」
 あえて『殺害』という言葉を使った。ジュラウンたちは否定もせず先を促す。やはり彼らがもうこの世にいないということは本当なのだと、確信を深めて李苑は奥歯を噛み締めた。胸の奥底にどす黒い感情が渦巻くことを知る。それを他人事のように感じながら李苑は言葉を続ける。
「私が殺されかけた騒ぎはきっと、いま考えれば陽動で。でもあれは陽動を起こす騒ぎも私たちを狙って起こしたことなんだ」
「なぜ?」
 ジュラウンの問いに李苑は言葉を詰まらせた。実を言えば直感だった。だが正直に『勘だから』とか『なんとなく』という言葉はこの場に相応しくない。あえて理由を考えてみる。
「響希に言われて気付いたけど。剣を交えた時の感覚が、正常な人間のものじゃなかったような気がした。意思を持たずにただ向かってきてるっていうか」
 李苑は首を傾げて天井を仰ぎ、思い出すような仕草をした。
「そんな奴らに前、襲われた覚えがあって、あれはこれと同じ感覚のような気がしたから……っていう理由は駄目?」
「……前に襲われたというのは?」
「あ、それは駄目。ランルの近衛として関係ない私的なことだし。えっと……言うには友だちの許可が必要かなー、なんて」
 ジュラウンは怪訝な表情を見せたが深くは追及しなかった。そしてそれ以上、李苑から聞きだせるものは何もないと悟って「分かりました」と頷いた。
「貴方のことは信用します。けれど、正式招待は避けたほうがよろしいかもしれませんね。貴方たちが狙われたという感覚が正しいのなら、ガラディア王たちを狙った者が再び貴方を消そうと動くかもしれませんから。王として、今のイフリートを乱す分子は認められません」
 李苑はかぶりを振った。
「正式とか、客人とか、そんなことはいいの。ランルは無事、なの?」
 声はかすかに震えていたかもしれない。ガラディアの王たちが殺害され、その彼らに一番近い場所にいるランルはどうなったのか。ジュラウンの報告を受けてからずっと気がかりだった。
 そんな李苑に、ジュラウンは安心させるように微笑んで頷いた。
「現時点で、皇女の訃報は入ってきておりません」
 険しい李苑の表情が安堵に変わる。良かった、と呟いて体を折る。組んだ両手を膝に押し当ててその上から額を押し当てた。これほど安堵するのは久しぶりのような気がした。これまで、不安なことと理不尽なことばかりで、心も疲弊していた。
「ありがとうございます、リオン。疲れたでしょう? 今日はもうお休みなさい。後でまたザーイに食事を運ばせますから」
 労いの言葉と共に肩を撫でられ、顔を上げると優しい微笑みがあった。その雰囲気に李苑は表情を綻ばせて頷く。そして先ほど入ってきた扉から部屋に戻り、これで当初の疑問と不安は解消されたと素直に喜んだ。
「ジュラウンって翠沙と雰囲気が似てて、癒されるっていうかなんていうか」
 その瞬間、李苑はとても大切なことを聞き忘れていた事実に気付いた。
「響希と翠沙のこと聞いてない……!」
 慌てて引き返そうとしたが扉は閉められていた。気付けばジュラウンたちは部屋にいない。李苑だけが部屋に戻されたのだ。扉に手をかけたが開かない。李苑は頬を引き攣らせて扉を殴ったが、効果はない。癒されたばかりだというのに苛立ちは直ぐに復活した。一体どんな素早さで鍵をかけたというのか。
「本人の了承得ずに連れて来るのは誘拐じゃないんですかって聞けば良かった」
 悔し紛れに呟いて、李苑は深くため息をついた。