第九章 【一】

 現存する国のなかで最も大きな領土を有し、劣悪な環境下を宝珠の力で生き抜いてきたイフリート。宝珠国という要素も手伝い、イフリートは世界に強い力を示しながら君臨し続けてきた。国の中心部に位置する巨大な王宮は、それだけで一つの都市となる。更にその要となる、王が住まう場所は、他国から距離を保って厳重に守られている。
 幾重にもなる強固な結界のなか。それでも感じられてしまう微かな違和感。
 数日前からガラディアの結界が強化されたことが分かっていた。それを施したのが、ガラディアの宝珠を継いだライール=ガラディア=サランではないことも。
 ガラディアには強大な力を有した者がいる。
 宝珠よりも強大な? と自問して直ぐに否定した。そんなものはあり得ない。この世界は宝珠によって支えられている。宝珠によって創り出された。いわば神といえば宝珠のことを指す。それよりも強い力などあり得ない。
「王?」
 かけられた声は強い不審に満ちていた。
 意識を別のことに飛ばしていたジュラウンは我に返って顔を上げた。
 書類から視線を外し、誰もが怪訝な表情でジュラウンを覗き込んでいた。ジュラウンは彼らを見渡す。狡猾な野心を押し隠し、隙あらば足元を掬おうとする重臣たち。彼らにつけこませてはならない。
 ジュラウンは姿勢を正して彼らを見据えた。
「セフダニアからの回答はまだありませんか」
「ええ。正式な回答はいまだ得られておりません」
 問いかけには直ぐに答えが返る。会議はなにごともなく再開した。まだジュラウンに不審そうな目を向ける者もいたが、視線を向けられれば逸らされる。彼らの視線は書類に落ちる。
 ジュラウンは重臣たちの様子を眺め渡してから口を開いた。
「被害はどれほどにのぼります」
「新たに入ってきた報告では、規模にして首都一つほどの人口が消失しているとのこと」
「すべて、セフダニアとの国境を越えたあたりですか」
 ジュラウンは机に肘をついて頭を乗せた。半眼を伏せる。報告と同じ内容を記載する書類に、ただ視線を落とす。
「セフダニアからの正式回答がないというのは困ったな……」
「消えた者たちを誰も見ていないのか?」
「そのような報告は受けておりません」
 頭の上で交わされるやり取りにジュラウンは嘆息した。せめてセフダニアから、そのような事実は知らぬと突っぱねられた方が分かりやすい。こちらも武力に訴える言い訳ができるというものだ。
「セフダニアの王に会えない、と」
「使者はセフダニア王に会う前に追い出されたと、そう申しておりましたが……」
 沈黙が下りた。誰か、現状を打開できるような案を出してくれないかと待ったが、誰もが口を閉ざし続ける。この事態に頭を悩ませているのは同じだが、彼らの根底には他人の足元を掬うという考えがある。誰もが宝珠に頼りきっている。王ならば解決してくれるだろう。そんな視線を向けられ、ジュラウンは無表情の仮面の下で顔をしかめた。
「分かった――それならば仕方ない」
 溜息をつくように吐き出した。
「もう一度使者を送る。そこで回答を得られなければ」
 ジュラウンは言葉を区切って皆を見渡した。
 なにを言うつもりかと、重臣たちは固唾を呑んで王を見つめる。
「その時に考えましょう」
 ジュラウンは微笑んで立ち上がった。
 それを合図に会議は終了。だが、遮るように声が上がった。
「ルクト宰相はいかがされたのですか。ここしばらく、朝議に参加されないではありませんか」
 ジュラウンは内心で「きたか」と思いながら、発言した者に視線を向けた。
「彼は腹痛で寝込んでいるよ。どうやら冷たいものを食べ過ぎたらしいね」
「彼は軍人です! そのような言い訳がいつまでも通用するとは思っていますまい。奥の部屋に、いったい何を隠されているのです」
 一人の糾弾に、退出しようとしていた皆も足を止めてジュラウンを見る。誰もが思っていて口に出さなかった問いかけだ。政治的判断と好奇心のまま二人のやり取りを窺う。
 ジュラウンは微笑みながら受け流そうとしたが、ふと思いついたことがあった。若葉色の鮮やかな髪を揺らせて首を傾げる。僅かに眉を寄せる。
「宰相の前には貴方が朝議に顔を見せなかったではありませんか。国を共に支える我らにも言えないようなことなのですか?」
「……ハラヴァン。個人の内情に、他人が関わってはいけないよ」
「は?」
 ハラヴァンと呼ばれた男は意味が分からぬように眉を寄せた。そんな彼に、ジュラウンはなんとも言えぬ楽しげな笑みを浮かべて爆弾を投下した。
「あの奥には今、宰相の未来の奥方が忍ばれているのだからね」
 場を支配したのは静寂だった。だがその言葉が人々の中に染みると、静寂は途端に破られて騒然となる。爆弾を投下した本人は我先にと外へ逃げる。むろん、事実無根な発言だったけれど、後でザーイが噂消火に奔走するだろう姿を想像すると楽しくなり、ジュラウンは込み上げる笑いを抑えることができなかった。
「貴方もとことん意地が悪い」
 かけられた声にジュラウンは微笑みながら振り返る。
 亜麻色の髪を背中でゆるく束ね、肩から前へ流している文官がそこにいた。ザーイと同じ立場でジュラウンを補佐するイーダだ。ザーイには苦手意識を持たれている青年だったが、ジュラウンはそれほど嫌ってはいなかった。彼には他の者たちに見られる野心や狡猾さがない。自分の力量を見極め、静かに自分の仕事をこなしている。個人的な感情はともかく、ザーイと二人でジュラウンを良く助けてくれる。
「ただでさえザーイの立場が微妙になっているこの時期に……」
「腹痛よりは信憑性高いとは思いますが、まさか信じる者はいないでしょう? それに、ザーイの地位が揺らぐようなことはないよ。私が王である限りはね」
 言い切ってみせるとイーダは溜息を洩らす。
「なにを隠しているのか見当もつきませんが、貴方が国の不利になるようなことだけはなさらないと、信じていますよ」
「そうだね」
 ジュラウンは笑い、私宮に足を向ける。その奥は王の私室だ。限られた者しか入ることができず、今はジュラウンが直々に人払いをしているため、さらに敷居が高くなってしまった場所。人々が興味を抱くのも当然だろう。
「ではまた。明日の朝議に出席されることを信じておりますがね」
 なにを考えているのか見透かしているような、そんな不思議な笑みを湛え、イーダはそのまま一般宮に去っていった。ジュラウンはイーダに背中を向けて歩き出しながら、軽く髪をかきあげる。
「釘、刺されたかな」
 裏を明かせば、朝議を終えた現段階で李苑をガラディアに送り届ける予定だった。けれど明け方から妙な胸騒ぎに襲われ、朝議が始まる前にガラディアの様子を覗いたのだ。
 ガラディアは不穏な空気に包まれていた。李苑が語ったところの友人たちが動いている。それも、ガラディアの要であるライール=ガラディア=サランと共に。
 何をしようとしているのか。それを見逃すわけにはいかなかった。これ以上ないほど強化された結界のなか、それでも透かし見えた彼女たちの現状にも疑問を抱く。もしかしたら『見せられた』と表現した方が正しいのかもしれない。誰の思惑か。そこまではジュラウンにも分からないけれど。
 ガラディアとセフダニアの因果関係に、イフリートはなんの関係もない。けれどそこに宝珠を持ち出すというのなら放っておけない。今回の騒動で宝珠になんらかの異変が生じた場合、その影響は世界に及ぶのだ。根幹から揺るがす大惨事となりかねない。
 まるで操られているようだ、とジュラウンは思いながら、誰かの思惑に乗ることにした。李苑を送り届けるだけの予定を変更し、自らもガラディアへ行こうと決意していた。
 誰にも話していないことがイーダに伝わる訳がない。先ほどの言葉は単なる偶然だろう。知られるはずもないのだが、それでも彼は侮れない。
「情けは人のためならず。自分のために、ね」
 宝珠が失われれば世界は崩れる。それは同時に、自分たちが死ぬということだ。
 ジュラウンは李苑から聞いた言葉を口中で転がして肩を竦める。
「明日までに帰ってくればいいのですよ、ね?」
 そうして李苑を保護している部屋の扉をあけたジュラウンは、絶句した。

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 家具も調度品も、すべてを部屋の脇に寄せると、そこはちょっとした空間になる。意図的にあけられた空間で、李苑とザーイが真剣な表情で打ち合っていた。
 剣は鞘に収められているため刃が肌を切ることはないが、李苑のむき出しの肌には明らかに打撲とわかる痣ができている。
 両者とも真剣だった。二人がもしも刃を交えることになったら李苑が一方的に押されてしまうのだろうなと想像していたジュラウンは、自分の考えを改めざるをえなかった。見ればほとんど互角だ。打ち合いは凄まじい気迫と共に繰り広げられる。手に汗握るような光景だが、ジュラウンは先ほど『ザーイの未来の奥方』と冗談で述べた自分が情けなくなった。
「なにをやっているんですか。二人とも」
 一瞬、ザーイがジュラウンに気を取られた。僅かな隙を見逃さずに李苑が間合いに飛び込む。左手でザーイの鞘を押さえ、彼の眼前で体を反転させる。遠心力をかけて右肘をザーイの脇腹に打ち込む。けれどそれよりも一瞬早く意識を李苑に戻していたザーイは腹筋を締めて負担を軽くし、目の前の李苑を捕まえて動きを封じようとした。だがその前に李苑はしゃがみこむ。立ったままのザーイの顎へ、鞘の先端を突きつけた。そのまま力を込めれば顎を砕ける位置だ。
 勝負は決した。
 息を止めたザーイは素早く状況を判断し、降参の意味で両手を挙げた。
 その瞬間。
「ザーイに勝ったー!」
 それまで息一つ乱さず、機械のように静かにザーイを制した李苑が叫んだ。戦闘意識から外れると途端に呼吸が乱れる。遅れを取り戻すかのように荒い呼吸を繰り返す。ザーイから一足飛びに離れ、李苑は両手を勢い良く突き上げた。
「お前は五勝一敗だろうが」
「最後に勝ったもの勝ちよ!」
 李苑は嬉しげに飛び跳ねる。
「ジュンが気を散らさなけりゃ完全勝利だったのに」
 不満げに呟くザーイは、意外にも悔しいらしい。だが気持ちの切替はさすがに李苑よりも早く、額の汗を拭うとジュラウンを振り返る。
「朝議はどうだった」
「いつも通りでしたけど……なにをやっていたんですか、貴方たちは」
「リオンが剣の練習に付き合えっていうから。試しに打ち合わせてみたら結構な腕前だったんで、じゃあ、本格的にやろうってことになって……」
 李苑を外へ連れ出すわけにはいかないため、部屋の方を合わせたという訳だ。ばつが悪そうにザーイの言葉は尻すぼみになっていく。ジュラウンは呆れよりも笑い出したい衝動にかられたが堪えた。なにを言おうか口を開きかけたところで李苑が割り込む。
「帰れるんだよね? 帰してくれるんでしょ? いまさら約束反故にしようとしたら許さないよ?」
 ザーイに勝ったことがよほど嬉しいらしく、李苑は満面の笑みを浮かべ、その勢いのままジュラウンに詰め寄った。
「ええ。約束は守りますよ」
 幼い子どものように喜ぶ李苑を微笑ましく思いながらジュラウンは頷く。少しだけ宝珠の力を使い、部屋に新鮮な空気を招き入れる。いくら窓を全開にしているとはいえ、部屋には熱気が篭って暑苦しい。
「でも、そのまま帰すわけにもいかないでしょう」
「なに言ってんのっ? 朝会が終わったら即行で帰してくれるって言ったじゃん!」
 李苑は途端に眼を丸くして潤ませた。感情の起伏が激しい。
「まさか剣の練習をされるとは思ってもいませんでしたから」
 ジュラウンは横目でザーイを窺った。彼はいそいそと家具を元に戻そうとしている。申し訳なさそうな背中を見る限り、一応、悪いとは思っているらしい。
 熱中するのはいいですけれど、と胸中で溜息をつき、ジュラウンは隣部屋へと続く扉を開けた。李苑と話し合いをした部屋に続く扉だ。
「汗を流してらっしゃい。小さい備え付けの浴槽がありますから」
 今にも泣き出しそうなほど赤い顔して睨んでいた李苑は、その言葉に顔を輝かせた。李苑はイフリートに来てから風呂に入ったことがなかった。どうやらイフリートでは風呂に入るという習慣がないらしい。もっぱら湖で水浴びをするか、布で体を清潔にする程度だ。絶えず砂をかぶっている住民としては、長々と湯船に浸かるより短時間でこまめに砂を洗い落とせる水浴びの方がいいのかもしれない。だが長らく日本人として生きてきた李苑にとっては大問題だった。
 一度、ザーイに文句をつけたことがある。風呂に入るという習慣がないイフリートで育ったザーイは、李苑の文句に首を傾げたものの、言われるまま用意しようとした。けれど彼が持ってきたものは、大きな洗面器に水を張った物だった。そのときイフリートの習慣を全く知らなかった李苑は、大いなる嫌がらせと見て取り盛大にぶちまけ、怒鳴りつけた。いくら李苑でもそのような洗面器で我慢できるわけがない。そこまで女を捨てたくはない。人選を間違えたと激しく後悔しながら、最後にはしぶしぶ髪と顔を洗った記憶は新しい。体はさすがに拭くくらいしかできなかったが。そして後ほど、状況を見て取ったジュラウンにイフリートでの生活習慣を説明され、自分がずいぶんと横暴なことをしたのだと気付いた李苑はその時ばかりは謝った。そしてイフリートにいる限り、風呂に入ることなど出来ないのだ、と思い知ったのだ。
 諦めていたことだったので、ジュラウンに聞かされた今、李苑は文字通り飛び上がって喜んだ。今しがた聞いたことなどすっかり忘れて満面の笑みを浮かべ、隣の部屋へと消える。
「ザーイ」
 溜息交じりに呼ぶと、彼は引き攣った笑みを浮かべてジュラウンを振り返った。その視線は直ぐに逸らされる。
「あなたが朝議に出てこない訳について聞かれました。こちらに未来の奥方を囲っている設定にしておきましたよ」
 遅れて意味を飲み込んだザーイは目を剥いて「はぁっ?」と間の抜けた声を上げる。
「ま、待て! なんだよそりゃあ!」
「朝議の面々に会ったときは覚悟しておくんですね」
「おいっ?」
 ジュラウンは取り付く島もない。宝珠を揮い、楽しげに家具を元の位置に直し始めた。ザーイの訴えを聞くつもりはないようだ。
 ザーイは情けない顔をすると頭を抱えた。意味をなさない唸り声を上げる。
「これで貴方に婚約を持ち込んだ者たちの目論見は水泡に帰したわけですよ。政治的な問題がなくなって良かったですね。ザーイ」
 これからは一般的な婚約話も来ないだろう。
「さぁ、あなたも汗を流してきて下さい。時間がありませんから」
 ザーイは衝撃が抜け切らない顔でジュラウンを見る。
「送るのは宝珠でだろう? 俺の仕度となんの関係があるんだよ」
「私が行くというのに、あなたはここで待っているというのですか?」
 初耳もいいところである。
 ザーイは絶句した。絶対に引き止めなければいけない。彼はイフリートを支える宝珠の管理者なのだ。そんな言葉が浮かんだけれど、実際に口を開けば空回りするだけだった。
「興味が湧いたというか、見届けたくなりました。ガラディアとセフダニアが何を望み、これからどのような道を辿るのか。共に宝珠を掲げる同志として」
 穏やかな微笑みの中には強固な意志が浮かんでいた。
 そんな横顔を目の当たりにしたザーイは唇を引き結ぶ。心を決める。こうなったジュラウンは必ず決行するのだと知っていた。幾ら言葉を尽くしても無駄だ。
「午後の謁見はどうするんだ」
 民との交流の場。一週間に一度、民たちと意見を交わす日だ。王であるジュラウンと直接話をしたいという民は後を絶たず、予約は一ヶ月先まで埋まっている。
 ザーイは半ば答えを予想しながら問いかけた。
「すっぽかしましょう」
 案の定、ジュラウンは事も無げに笑顔で断言する。だがその後始末は全て自分に回ってくるのだとザーイは知っていた。謁見の予約表を作っているのは文官の地位にあるイーダだが、ジュラウンのわがままを止められなかった代償として、彼は後始末を全てザーイに回すのだ。そうなったら断れない。彼に勝てた試しはない。
 ザーイは今から腹痛を起こしそうだった。
 そして、それとはまた別に、現実的な問題に行き当たって顔を上げた。
「ってことは、今回は宝珠を使わないってことか? 移動は一人が限界なんだろう?」
 まさか今から馬車を用意しろと言うのではないかと、真剣に移動手段の確保を悩み始めるザーイを横目に、ジュラウンは微笑んだ。
「大丈夫。試みたことはありませんが、三人など容易いでしょう」
 一番信用できない言葉だった。
「今日中に向こうへ着きませんと、肝心の場面を見逃すことにもなりかねませんしね。それでは意味がありません」
「……分かった」
 それでもやはり馬車を用意しない訳にはいかない。
 気を取り直し、早くも行動に移しかけたザーイの背に再びジュラウンの声が飛んだ。
「汗を流すことも忘れずに」
 ザーイは片手を挙げて声に応える。宝珠による制約がかけられた扉を開き、廊下に走り去る。ジュラウンはその背中を見送って壁に背中をつけた。
 あと数十分で全ての仕度を整えて戻ってくるだろう、あの優秀な軍人は。
 ジュラウンは開きっぱなしの扉を一瞥した。ザーイが閉め忘れたのだ。無茶な要求は承知しており、ジュラウンは今回の咎めはなしにする。軽く嘆息して意識を扉に向けると、扉は一人でに閉まった。その上から宝珠の制約が働く。ジュラウンとザーイ以外の手では、決して開かないように。
 ジュラウンは静寂のなかで佇んだ。壁に背中をつけて両腕を組み、天井を見上げる。その視線を壁伝いに下ろして家具類を眺める。最後に、自分の胸元に視線を落とした。
 少し意識を集中させると、ジュラウンの胸元が淡い若葉色に染まった。
 光は徐々に凝縮されて丸い円を描く。ジュラウンが両手を翳すと、光は一瞬で具現化し、ジュラウンの手に宝珠を落とした。
 イフリートの宝珠は普段、ジュラウンの中に溶け込んでいる。体に負担のかかる行為だったが、歴代王たちの宿命だ。イフリートではガラディアのように、気軽に外に宝珠を出しておくことができない。側に誰もいないことを確認してからでなければ、鮮やかな緑を宿す宝珠を、見ることもできない。
「ザーイの手前、大見得切りましたが……やっぱり三人は無理かな。馬車でしたら、宝珠を駆使して、なんとか夜までには着きそうですが……」
 そう呟きながら、やはりザーイにはそれが分かっていて、馬車を用意しに行ったのだと苦笑が洩れた。
 宝珠の光が外に洩れぬような仕草でジュラウンは手の平に包み込んだ。
 砂漠に住むもの全てが憧れる命の色だ。
 ここ最近、イフリートの結界に干渉する力を感じている。
 イフリートは砂漠のただなかにある国だ。死の風が絶えず吹きすさぶ劣悪な環境下にあるのだ、本来ならば。そうならないのは宝珠の力によって守られているからだ。人が住める環境に整え、楽園には程遠いものの、それでも人々は懸命に今日を過ごしている。
 宝珠による結界がなければ即座に息絶えてしまう。どこよりも宝珠を必要としている国だ。
 人々の願いを織り合わせた結界に残る、かすかな力の残滓。
 明らかに他の宝珠のものだった。
 結界の基盤を脅かすほどではないにしろ、イフリートを守る者として見過ごすわけにはいかない。
 代替わりしたばかりのガラディアに、イフリートの結界を脅かすまでの力はない。恐らくセフダニアの仕業だろう。
「息子にどんな教育を施したんですか。あなたは」
 亡き友人の面影を思い出しながらジュラウンはかぶりを振る。次いで浮かぶのはセフダニアの即位式。本来は他宝珠国の王が参列することはないが、前王の友人として特別に招かれた。拒否はできなかった。即位した王は、前王の遺伝子を確実に受け継いだと思われる顔立ちをしていた。しかし、少なからず亡き友人のような存在を求めていたジュラウンにとっては失望しか抱けない王だった。落胆した自分に辟易した。やはり他国に関わるべきではなかったと思いつつ、ジュラウンはセフダニアを後にした。
 あの即位式から、もう何年が経ったのだろうか。