第四章 【三】

 宝珠による光で足元を照らし、絶えず風が流れる地下道を潜り抜け。
 響希は迷い無く進んでいくサウスの背中を見やった。覚えていないと言うわりには迷いのない足取り。
 入り口が宝珠によって塞がれていた事もあり、もしかしたらこの地下道にも道を示唆する何かの力がかけられているのかと思ったが、自分の宝珠は何の反応も示さない。
 サウスの記憶力をアテにするこの状況に何だか強烈な拒否反応が出てしまうのはやはり、今までの行動からだろうか。
 一体どこから吹き込んでいるのか、地下道を流れる風は時折人のうめき声にも似た声を吐きながら耳元を通り過ぎていく。
 少々湿っぽく感じるのはセフダニアの特徴だろうか。今まで歩いてきた道も、整備されていた場所は都会を感じさせたが一歩外れると湿原のような雰囲気を感じた。宝珠による統制を失ってから、その湿り気は顕著になっているようだ。城が聳えるこの地は比較的乾いていたが、国の反対側では広大な湿原が広がっているという。
「ずいぶんと長い通路だな。他の道は使えないのか?」
 もっと短距離で内部へと通じる道は。
 前を進むサウスへとそう問いかけると小さな視線が寄越され、悩むような沈黙の後に否を告げられた。
「あるにはあるが、俺が覚えていない。侵入者用の罠も仕掛けられているし、迂闊に道を逸れる事は出来ないな」
 宝珠によって塞がれた通路に侵入者対策の罠なんて必要なのかとも思ったが、宝珠を持ち、かつ扱える事が出来るのは一人だけだという事に気付いて思い直した。
 何らかの危機が迫ってこの通路を使うとき、宝珠を扱えない他の王族が入れないのでは意味がない。
 王族とはいえ、宝珠を持たない普通の人物が入れるなら侵入者も入れるという事になる。念のために、という事だろう。
 と、自分の腕を掴みながら進む翠沙が体を震わせるような仕草を見せた事に気が付いた。
 確かに、風が流れ続けるここでは体温が奪われる事は必至。
 翠沙が纏う服は旅装束とはいえ、響希に比べると格段に薄いもの。装備で固めている響希には丁度良い気温だが翠沙には寒いだろう。自分の外套を取り外した。
「おいサウス、まだ着かないのか?」
「いや、もうそろそろだ」
 翠沙に頭から外套を被せた響希が叫ぶと、サウスも同じようにして返してきた。
 風が声を運んで反響し、それは遮る声が全くないので良く響く。必要以上の大声が響いた事に思わず首を竦めると翠沙が笑った。
「ここは不思議ね。宝珠以外の力が作用しているようにも思えるけど……何かの思念体が通り過ぎていくよう」
 見えぬ何かを掬い上げ、それを再び零すような仕草を見せた翠沙にサウスもまた笑みを零した。
「数百年前だかの王が、宝珠以外の力を味方につけたって伝承が残ってる。その頃のセフダニアが最盛期だったんだろうな」
 サウスもまた瞳を細めつつ、少しだけ懐かしいものを思い出すようにして呟く。
 そして思い立ったように翠沙の隣に並び、首にかけていた赤い宝珠を翠沙にかける。
 刹那、一瞬にも満たない時間だったが、響希の腕を掴む翠沙の肩がビクリと震え――唇を引き結んで宝珠を包み込んだ。とても大切なものに触れるように、そっと、労わるように。
「巫女なら見えるだろう。この力も」
 響希には分からなかったサウスの言葉だが、見守る中で翠沙はシッカリと頷いた。
「随分と強力な守護だったらしいな、セフダニアの後見人は。宝珠とはまた別の思念で守護者を選んで護るんだそうだ。俺の前には母についていたらしい」
 宝珠とは全く性質を異にした力。
 となれば、サウスは宝珠を受け継いだだけではなく、その力も共に受け継いだ事になるらしい。
「サイが妬んだのはそれもあるからか」
 僅かに、辛そうに顔を歪めて。遠くを見るような目となったサウスは小さく呟いた。
 けれど風が絶えず吹き抜けて運ぶここではそれは、思いのほか大きく反響して返って来ていた。
 幾筋かの分岐点を通過し、大分進んだ頃。
 ようやくサウスが足を止めて。
 響希の目には全くただの突き当りにしか見えなかった、薄汚れた壁。
 それへとサウスが手を伸ばすと、触れる直前に壁が動き出す。人が一人通れる程の空間を空けた。
 空いた壁の向こう側にはすぐ他の壁があり、顔を出すとどこかの部屋のようである。
 この地下道へと入る前、そういえば地下牢へと続いているとサウスが言っていたなと思い出し、ここがそうなのかと眺め渡した。
 翠沙によって照らされる光はそれほど強烈なものではなく、薄暗いその部屋はどこか陰鬱な雰囲気を醸している。以前に城へと入り込んだ時、訪れる必要も無かった場所。
「……で。評議会の連中に見つからないように、お前はどうやって何をするつもりなんだ?」
 流石にこのような場所に監視員がいるわけもないだろう。
 恐らく囚人用であると思われる寝台に腰掛け、響希は翠沙の手を引いた。
 地下道から牢へと入るには少しの段差があり、今までも顔色の悪かった翠沙に少しの負担も掛けさせてはならないような気になって。
 響希に尋ねられて、サウスは思案するように顎に手を当てた。
「サイがどんな風にしていたのか分からんが、まずは宝珠宮を破壊しなければいけない」
「破壊っ?」
 秘密裏に侵入したはずなのに、一体どんな大仕掛けで『破壊』など行うつもりかと仰天し。
 サウスはその様子に「あ?」と首を傾げ、翠沙が笑う。
「違うわよ、響希。破壊と言っても、建物そのものを撃破するわけではないわ。宮を包む力を解除するだけなのよ」
 『破壊』から『解除』へと変えられ、何とか安堵はするものの、何を指して解除とするのか分からず首を傾げた。
「実際に見てみればいいさ、口で言ったって分からないだろ」
「そうね。あ、響希、ありがとう」
 前半はサウスへ。後半は響希へと向けて、翠沙は響希から預かっていた外套を返した。
 城内は地下道ほど寒く無く、翠沙の衣装でも耐えられるほどの気温だ。
 耳を澄ませればまだ地下道を駆ける声が聞こえるが、サウスは宝珠でその扉を閉めた。途端に静けさが包み込む。
「ここへ来るまでかなりの日数を使っているもの。早く終わらせて、イフリートへ行かないと。ね?」
 ここまで来たらもう仕方ないと開き直ったのか、翠沙は肩を竦めて笑顔を見せた。
 血色は先程より大部マシ。
 たしかに、歩く災害のような李苑と何日も連絡が取れないというのは少し心配である。
 それは彼女の身が心配とかそういう意味ではなく、イフリートに着いたときに被る災害が甚大かどうかの心配であるが。
「……本音を言えば行きたくないがな」
 苦々しく呟いた響希を、翠沙は笑って引っ張った。