第四章 【五】

 枯れた草を踏みわける軽い音だけがやけに現実味を帯びて耳に響いた。瞳に映る全てが遠い世界の出来事のようで判然としない。
 目の前で揺れる翠の髪を映しながら、響希はぼんやりとしている事にも気付いていなかった。
「響希」
 小さくも鋭く打たれた声に双眸を見開く。今までの夢うつつを取り戻すかのように、全身に力が戻って緊張する。
 気が付けば周囲には神官の服装をした者達がいて、響希はその一人と激突しかけていた。翠沙が声を掛けていなければぶつかっていただろう。
 宝珠による目晦ましは、他人に触れる事で直ぐに解かれてしまう。それだけを強く思い出して、響希は危なかったと小さく息をついた。
「……あまり油断していては駄目よ?」
 まさか翠沙にそのような事を言われるとは思わなくて、更には言われてしまう自分の不甲斐なさが信じられなくて、響希は双眸を瞠った。
 そうして、感覚が緊張から平常へと戻ってくると周囲を確認できる余裕も生まれ。響希は眉を寄せた。
 いつの間にか外にいる。どこかへ向かっているらしく、翠沙の後を追って進んでいる。周囲には神官のみが立ち回り、武装した兵たちは少し離れた森の入口で警護に当たっているようだ。彼らに触れぬよう避けながら向かう場所。
 ――記憶が途切れていた。
「翠沙」
「あまり大声を出すと聞こえてしまうから気をつけてね」
 声を遮り注意が飛ぶ。
 確かに、姿と違って声だけは消す事が出来ない。
 響希は口を噤んで周囲を見回した。幸いにも気付いた者はいないらしく、誰もが調査に没頭している。宝珠に護られたこの世界で一体何を調査する事があるのか、激しく疑問に思うのだが答えは無い。
 ひとまず気付かれなかった事に安堵し、次いで溜息をついた。
 一緒に行動している筈のサウスは部屋で別れたのだと思い出す。徐々に記憶が蘇り、自分たちは宝珠の宮に向かっているのだとも思い出す。
 そして――部屋を出る前から今までの記憶が曖昧となっている事に気が付いた。
 響希は先程注意を飛ばしてから一度も振り返らずに進む、目の前で揺れる翠の髪を見た。
『貴方が知りたいものは一体何?』
 脳裏に反響する声。
 いつもの翠沙とは違った雰囲気に呑まれていたのだろうか。あの後自分は、なんと答えたのだろう?
 自分の事なのに思い出せないという事は気分が悪い。
 胸焼けのように、胃から何かが込み上げてきそうな感覚に胸を押さえた。その位置にあったのは宝珠。
 服の下で静かに眠る宝珠に触れると、奇妙な不快感が流される。翠沙の傍にいるように清浄な空気に包まれる。安堵し眠くなるような感覚である。
 響希はパキリと枝を踏み鳴らせ、慌てて周囲を確認した。やはり誰にも気付かれた様子は無い。近くには神官たち、戦闘に詳しくない者達が多くいた事が幸運か。
 響希は安堵と共に奇妙な落胆が胸を占めた事に気付き、憮然とした面持ちとなるのだった。

* * *

 宝珠の宮だというそれは、セフダニアが滅びても精彩さを失わずに輝いていた。国が滅んでも影響があるのは人だけで、建物自体に影響があるわけでもないからそういうものなのだろうか。それとももしかしたら、近くに主がいる事を感じ取ってのことなのだろうか。
 誰の目に映ろうと、決して落胆をもたらさない優美で穏やかな宮。唯一欠損を上げるとすれば、宮の下方から絡みつくように伸びている蔦である。
 長らく使われていない事を示すように、薄汚れた蔦が宮全体を覆おうと、その触手をじわじわと広げている。けれどそれすら計算された芸術のようで。
 響希はガラディアで感じた活発さとはまた別の雰囲気を醸すセフダニアの宮を、呆けたように見上げていた。
 例えるならガラディアの宮は、元気良く駆け回る子どものような清々しさを感じさせ。セフダニアの宮は落ち着いた大人の壮麗さを感じさせる。もしかしたらもう一つあるイフリートの宮も、見れば違った感想を抱くのだろうか。
 優美な建造物。
 世界重要文化財に指定されそうな建物だなと思い、響希は苦笑した。
 何よりも大切なものだと崇める宝珠。それに深く関わる宝珠の宮。こちらの世界でそれは紛れも無く重要文化財であろう。
「響希」
 翠沙が振り返る。
 澄んだ緑柱石には気遣う気配が浮かんでおり、いつもの翠沙だ、と妙な安心感が湧き上がった。剣呑となりそうな視線を意識して和らげ、響希は微かに笑う。
 ――翠沙が何者でも構わないとは言ったが、自分の知らない存在になって行くのは願い下げだった。
 こちらに来てからいつも何かを堪えるように、時折知らない表情を見せる翠沙。彼女を不安にさせるのは自分の態度にあるのかもしれないと足を速め、響希は翠沙の前に出た。
 新たに警戒心を纏わせて宮へ進む。周囲には流石に調査員たちが大勢いたが、彼らの誰にも触れぬよう気をつけて近寄った。
 優美な建造物を直ぐ間近で見上げて瞳を細める。
 宮が持つ独特の雰囲気は、曲線を帯びて柔らかさを感じさせる。黄昏時の斜陽を浴びても不安は覚えず荘厳な佇まいで沈黙している。
 近くに立つと、白亜の宮は鮮烈な浄化の空気を放っているような気がして、宝珠が目覚めを促されているような気がして、響希は宝珠を握り締めた。微かに熱を帯びていた宝珠は響希の手の中で沈黙する。
 何も言えずにただ佇む響希の横で、同じように宮を眺めていた翠沙が足を踏み出した。
 煌き続け、いまだ役目を全うしようと訪問者を待つ宮に手が触れる。見ていた響希はざわりと肌が粟立つ感覚を覚えて腕を押さえ、翠沙の横顔を凝視した。
 緑柱石の煌きを封じるように半眼を伏せ、小さな唇を引き結んで頬に影を落として。柔らかな翠の短髪が一瞬だけ、闇に浮かぶ蛍のような色を宿したその途端。
 宮は役目の終了を告げられ機能を停止し、それまで放っていた威圧感や荘厳さを消失させた。漂う空気も通常と変わらなく切り替わった。
 色褪せて煌きを失い、存在感も薄れさせた宮。
 変わらずそこにあるというのに、何故か響希はもうその宮に心惹かれるものを感じなかった。手に握り締めた宝珠を解放しても、興味を失ったように沈黙し続けている。
 色も形も、外的要素が変わった所は何もないように思えたが、宮からは何かが欠けていた。背景へと溶け込んで、生きる事を止めたようでもあった。
 死を下した翠沙が振り返る。
「城へ戻りましょうか」
 他の神官たちは今のやり取りに何も気付かぬようだった。
 響希は見回してみたが、彼らは翠沙が触れた前も後も同じような作業を続けているだけ。
 存在意義が変わった事に気付いたのは、今この場に翠沙と響希のみ。もしかしてサウスも気付いただろうか。かつて自分の領土だったセフダニアの、事実上の消滅。
「建物は――……そのまま残していてもいいのか?」
 それは愚問だった。
 今の宮には何の力も感じられない。
 戸惑って問いかけた響希の前で、翠沙は振り返ると静かに微笑んだ。

* * *

 宝珠宮の活動を止め、外には緩やかな夜が広がろうとする時刻。
 研究員たちを警戒しなければいけない為、ランプの明かりも満足に付けられなかった。セフダニアの地下道で翠沙がやったように、光を浮かばせる事も考えたのだが周囲からどう見られるか分からない。不確実な事はやめておいた方が無難だろう。
 芯が切れた電球のように心もとないランプを手に提げながら、響希は王宮から少しばかり離れた、王達の私室へと向かっていた。けれど目的はそこではない。私室へ辿り着く前の渡廊を、渡りきった場所。
 そこは研究者たちのリストから外れているのか、それとも既に調査は終わっているのか、誰の姿も周囲には無かった。響希たちにとっては好都合である。
「サウスの話ではここら辺っていう事だったが……」
 小さく呟きながら響希は周囲を見回した。直ぐ傍の翠沙は機嫌が悪そうに黙り込み、とある一点を見つめている。つられるように響希もその視線を追いかけ、渡廊の一点に目を凝らした。
「制限が掛けられているんだな」
「……もう、他国の機密も分かるようになったのね」
 違和感を感じた壁に手を伸ばしながら呟くと、諦めを含んだような翠沙の声が掛けられる。振り返ると緑柱石はそこに無く、どこに行ったのかと窺えば外にいた。
「翠沙?」
「平気よ。ただ、ちょっと、そういう場所に私は行きたくないだけ」
 外から中への境界線で、壁に背中を預けながら翠沙は呟いていた。振り返りもせずに、空に瞬き出した星を見上げている。
 理解できない言葉に響希は眉を寄せた。
「響希は分からないかもしれないけど、そこにはセフダニアの系譜が刻まれてるの。それが全て、私に訴えて来るのよ。辛いの。入りたくないの」
 翠沙は少しだけ振り返り、響希が触れようとしていた壁の一点を指差した。響希も視線を戻して更に凝視してみたが、翠沙が言うような物は感じ取れない。これも巫女特有の物なのだろうかと思ったが、それでは翠沙にはここで待っていて貰わなければいけなくなり、それは流石に躊躇われた。
「……だが」
「それはセフダニアが記し、護り伝えてきた書庫に繋がる扉。響希はそれを読んで、過去を調べたいと思ったのでしょう?」
 響希よりも先に、翠沙は問いかけた。何を言ったら良い方向に転ぶのか、響希は慎重になりながら小さく頷く。
 そんな響希の態度に気付いたのか、翠沙は小さく息を吐き出して。
「その場所に頼らなくても、私は全てを知ってるわ。響希が知りたい事を、多分全て。それなのに、そこに入ろうとするの?」
「俺は、別にお前を信用していないという訳じゃない」
「ええ、分かってる。響希は自分で見たものしか信じようとしたくないだけ。書物を見て確信を深めたいだけ。でもそれは私にとって凄く嫌な事なの」
 少しだけ早口で、表情を強張らせながら吐き捨てるように言い切られて響希は黙り込んだ。翠沙もまた、繋げる言葉を持たないのか黙り込んだまま、沈黙が横たわる。どちらにとっても嫌な沈黙だった。
「翠沙。それなら、俺の疑問にお前は全て答えられるのか? 知識じゃなく、翠沙はそれを……聞かれる事で嫌な事を思い出したりしないのか?」
 どんな言葉をもって伝えたら確実に気持ちが伝わってくれるのか、響希は眉を寄せながら吐き出した。視界の中央で翠沙が唇を引き結んだように思えた。暗く沈んだ廊下にランプの明かりだけが朗々と揺れる。
「翠沙を信用してないから聞かないんじゃなく、俺は……多分、李苑も、お前を気遣いたいんだと思う」
 人が溜め込んでいるのは知識だけじゃない。知識を取り込んだ時に必ず、それに付随する感情まで刻んでいる筈だ。長い刻を生きてきたと言う翠沙に問いかけて、知識を得られる時に彼女の心に負担が掛かったりしないのかと、心配なのだ。
 響希の視線の先で、翠沙は微かに視線を逸らせて顔を歪めた。笑い顔のようにも、泣き顔のようにも見えた。
「私にとっては嫌な記憶ばかりだわ、こちらの世界は」
 昏い声で吐き捨てられた言葉に響希は目を瞠り、肩が揺れる。翠沙の表情が険しさを増して上げられた事に、なぜか酷く動揺した。けれど翠沙は戸惑う響希の心情など気にせずその手を強引に取る。
 そして、翠沙は響希の手を先程の壁に付けさせた。
 温度がヒヤリと響希の手を伝わり、同時に手の平から何かが溢れ出す。着いた手に反発するように、吹き出していく空気。渡廊の一角を異質な風が取り囲み、響希と翠沙を包みこむ。
 響希は一瞬、息苦しさを覚えて眉を寄せたけれどその感覚は直ぐに慣れた。重ねられている翠沙から新鮮な空気が伝わって来ているお陰かもしれない。
 本来セフダニアの者にしか許されていない入室だから、拒まれているのだろうかと。そんな事を思いながらグラリと平衡感覚が失われ、慌てて持ち直すと視界が高速で揺れ出した。視界に映る全てがグニャリと時計回りに渦を巻き、一瞬で逆回転をした後にはもう別の景色が目の前にある。
 ランプの炎が長く影を作り、揺れた事に響希は瞬きを繰り返した。
「――これが、セフダニアの書庫……?」
「ええ、そのようね」
 先程響希が感じた眩暈を翠沙も感じたらしく、顔を顰めて額に手を当てていた。他人事のような台詞に響希は首を傾げて周囲を見渡す。
「そのようねって、知らないのか……?」
「私は単なる巫女よ。セフダニアの管理者が何を思って何をしてきたかなんて、そうそう詳しくないわ。そういう事はサウスに聞いて頂戴」
 機嫌はまだ直っていないらしく、苦々しそうに返された。
 響希は肩を竦めると「そうか」と頷く。ランプを手にしたまま、ギッシリと詰め込まれている書庫の廊下を歩き出した。
「李苑がいたら喜んで走り出しそうだな」
 両脇に重圧感のある本ばかりを揃え並べられていて、響希は皮肉に呟いた。背後で微かな同意の笑いが返される。
 床には毛の長い、柔らかな絨毯が敷かれている。長い間人の手が入った事は無さそうであるのに、新品であるかのように柔らかく、埃も積もっていないようだった。不思議な気分で響希は踏みしめる。やはりこれは、古そうな本ばかりであるから落としても欠損しないようにと入れられた物なのだろうなと自己完結した。
 一体何世紀ぐらい人の手が入っていないのだろうなと思いながら、並べられた本の背表紙を一通り眺める。
 書庫自体はかなり広く作られているらしく、見上げれば天井も高かった。梁がそのまま剥き出しでセフダニア様式とは違った気がしたが、趣がある。響希たちが入った事で、所々に提げられていたランプに炎が灯ったようだった。時間が経つにつれて書庫内の明かりは蘇っていく。
 響希は何気なく手を伸ばし、指に触れた一冊を引きずり出してみた。国語辞典ほどもありそうな厚さの本はずっしりと重く、広げると古い匂いが漂ってきた。この空間は清潔に保たれているようだったのに、本だけは時間の流れに逆らえなかったのだろうか。埃っぽくて一度咳き込んだ。
 綴られている文字は、どうやらこの世界で日常的に使用している文字ではないようだった。古代文字というものだろう。けれど。
「これって」
 響希の瞳が見開かれる。
 開いた本の表紙を見て、題名を一瞥し、確信する。他の書物たちも手当り次第に掴み出し、絨毯の上に広げて息を呑んだ。
 王家の大切な書物が収められている書庫。
 一般の人々の目に触れる事は無く、王家の者でも王位に近い者しか入る事を許されないとされる書庫。
 宝珠によりその存在すら隠されていた書庫は、サウスからの情報がなければ響希ですら辿り着けなかっただろう。そこまで厳重に封印された書庫に収められている書物には、漢字が並べられていた。
「日本語……?」
 けれどそこに平仮名は無い。あえて言うなら漢詩のようだ。中国語と呼んだ方が正しいのかもしれないが、日本語として略された漢字が多い。中間を取ったような文字だった。日常漢字として廃止された昔の漢字なども多々見られる。
 どの書物を開いてみても漢字がギッシリと詰められており、響希は呆然と書棚を見上げた。この書庫に収納されている書物は全てそうなのだろうか。
「なぜ……」
 ガラディアにいた頃は、ランルからそのような事を聞いた事も無かった。
 もしかしたらセフダニア独自の物なのかと思ったが、決め付けるのは早計だと考えかぶりを振る。このような王家の書庫に収められている情報を易々と与えるようなランルではない。そういう話に持っていくことも無かったから、次に会ったら聞いてみようかと心に留める。
 響希は改めて本に視線を落とし、字面をなぞってみたがサッパリ理解出来なかった。
「李苑が居たらな……」
 そんな事を本気で呟いてみる。国語以外の能力は欠落している能天気者だが、国語にだけは滅法強いのだ、李苑は。
 漢詩もどきの書物は少々響希の手に余る。
 ランルよりも李苑よりも先に、まずはサウスが近くにいるのだから、彼に会ったら聞いてみてもいいかもしれない。
 そう考えて、けれど先に、もっと適任がいるではないかと立ち上がった。
「翠沙」
 狭い書棚の間を走り抜けて翠の少女を捜した。
 彼女に聞けば答えが返ってくるのではないかと期待し、響希は広い書庫の中を一周する。そして眉を寄せた。
「……翠沙?」
 先程共に入ってきて、途中までは一緒にいた筈だったけれど。
 響希は今度は走らず、書庫の中をもう一周してみた。どうせ外には聞こえないだろうと声も張り上げた。けれど返事は無い。
 ジグザグに捜して見もしたがやはり翠沙の姿は無く、響希は舌打ちした。

* * *

 王室に満ちる穏やかな光に翠の髪が透けた。短髪が頬を撫でるのを感じながら手を伸ばす。
 誰の姿もない玉座の間。
 きっと一番初めに捜査の手が入れられ、調べつくされ、そしてこの場所は放置されたのだろう。
 力仕事や洗い物など一度もした事がないように滑らかで皮が薄く、血管が透けるように色が白い。淑女にだけ与えられた、力ない手。指は細い。
 けれど、日本でごく一般的な高校生活を送ってきた翠沙がそんな淑女の生活をして来た訳がない。それでも、翠沙が伸ばした手は誰もが納得するような淑女の条件を備えていた。支えなければ倒れるのではないかと思われてしまいそうな儚さと雰囲気を湛えている。
 鮮やかな緑柱石を嵌め込んだような瞳が光を弾く。
 熱心に、何を手繰り寄せようとしているのか。
 セフダニア最後の王が消失したその空間で、翠沙はほんの少しだけ手を伸ばしていた。向こう側から掴む手を待っているように、中途半端に持ち上げて。
 物語が終わった城は何の応えも返さない。それでも。
「すいさ」
 止まる事の無い痛みが胸を占めて締め付ける。もがくほどに縛られていく。
 望む応えは得られず、応えたのは別のものだった。
 いつの間にか静かに溢れた涙は翠沙の頬を濡らし、伝い落ちる。そして滴った刹那。
「議会の者ではないな!?」
 広い部屋に響いた凛とした声は、翠沙の知らない声だった。
「何者だ――娘」
 翠沙の細い腕を掴んだのは屈強な青年。祭司として評議会から派遣され、全権を任されている者だった。
 彼は怪訝そうに眉を寄せていたが、翠沙が纏う雰囲気に何を感じ取ったのか息を呑む。彼の表情が変わる様を、翠沙は一言も発しないまま見つめていた。
 涙によって、光の屈折率が変わったのだろう。その一瞬に宝珠の力が解け、生身を晒していたのか。
 ――評議会の手に、巫女が渡った。