第七章 【二】

 李苑の衣装は非常に細かい糸で織られていた。イフリートの強い光に、幾重にも色を煌かせる。地色は金にも銀にも思える。端には目が覚めるような蒼が、幾何学模様として織り込まれている。まるで何かの言葉のようだ。
 高貴な者のみが纏うことを許される生地でできた、純潔を意味づける花嫁衣裳。李苑が纏う衣装は、それを簡素化したものだった。
 何も知らない李苑はただザーイに従って歩く。衣装が重たすぎて身軽に走ることもできない。衣装の裾を蹴って歩き、ザーイに何度かたしなめられる。しかし李苑は聞かない。部屋を離れてから何度転びかけたことか。ザーイの腕を掴んでいなければ、李苑の鼻は今頃数センチは低くなっていたことだろう。
 衣装を蹴って進むにも力が要る。衣装はもともと歩く邪魔にならぬよう少し膨らんでいるので、李苑は大人しく、少し注意をして歩けば裾を踏むこともない。
 ようやくその事に気付いた李苑は、足元に全神経を集中させて歩いていた。
 ザーイが面白そうに李苑を眺めている。あまりにも真剣な李苑の様子に悪戯心を覚えたのか、彼女が掴んでいる自分の腕を軽く引いた。李苑は簡単にバランスを崩してザーイに倒れ込んだ。
「持ち前のハネッ返りもその衣装じゃ形なしだな」
 李苑はザーイを睨みつけた。
「こんな重いもの着込んで暴れられたら私だって凄いと思うよ! 一度ザーイも着てみたらいいんだ――うわ、気持ち悪いかも」
 李苑は頬を膨らませながらそっぽを向く。首を飾る銀細工が音を奏で、銀鎖が首を滑る。その感触に李苑は眉を寄せた。剥き出しの首を軽く掻くと、首には線状に赤い跡が残った。
 これまで意図的に李苑を隠してきたジュラウンとザーイだが、今は違う。周囲からの視線が増えようとザーイは頓着しない。逆にそのことに不安を覚えているのは李苑だった。
 さすがに王宮の内奥ともなれば人もまばらだが、要は数ではなく、重要な役職について発言力の高い者たちが李苑を目撃すると言う事実だ。人々の視線は李苑を貫いていく。中には李苑が下働きとして言葉を交わしていた人物もおり、彼らは驚きを隠せないようでその場に立ち尽くす。
 誰も言葉を発しないことが不思議だった。
 李苑の姿に、頭を下げることも忘れた彼らは瞳を丸くして李苑たちを見送る。黙って二人の行く先を見守っている。
 李苑は不安を覚えながらザーイを見上げた。しかしザーイの横顔は何の安心もさせてくれない。視線を李苑に向けることもない。
 李苑は自分が酷く弱気になっているのだと気付き、唇を引き結ぶと背筋を伸ばした。意識した呼吸を浅く繰り返す。
「どうしてこんな場所を通って行くの?」
 ジュラウンの部屋はこんなにも遠くだっただろうか。
 李苑は少ない情報の中で覚えた王宮の地図を思い出そうとしながら訊ねた。ザーイからの返答はまたもなく、李苑は落ち着かない気分で視線を彷徨わせることしか出来なかった。

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 何度か訪れたことのある部屋だ。しかしまるで別部屋のように感じるのは、空気が重く沈んでいたからだ。
 ジュラウンの部屋に案内された李苑は眉を寄せた。
 李苑の部屋と同じく、温度は快適に保たれている。けれどこの部屋だけが夜に紛れ込んだように暗い。それが、部屋の主人の顔色を隠す為なのだと、李苑は遅まきながら気がついた。
「……ジュン?」
 李苑は呼びかけながら寝台に近づいた。
 ジュラウンは臥せているのか返事をしない。
 ザーイは李苑の後に部屋に入り、廊下を確認すると慎重に扉を閉めた。
 扉には宝珠で仕掛けがしてあった。ザーイが取っ手を上へ捻ると、澄んだ音と共に結界が張られるのだ。何者もこの部屋に近づけぬように施された結界だ。
 李苑は結界の存在になどまったく気付かないままジュラウンに近づいた。
「なに。どうしたの? 風邪か何か?」
 早く響希たちの事を知りたいと逸る心を抑えながら問いかけた。寝台を覆う紗幕を捲くり、覗き込む。
 李苑は双眸を瞠った。
 闇に沈む寝台にはジュラウンが横たわっていた。闇に似つかわしくない白い顔で瞼を閉じている。
 ジュラウンのそんな様は、李苑に亡き両親を思い出させた。
 李苑は知らずに息を呑み、一歩後退する。
 空気の揺れに気付いたのかジュラウンが目覚めた。
 ――動いた。
 李苑はあからさまに肩の力を抜いて再び近づいた。
「具合が悪いの? 出直してこようか?」
 風邪の時はそばに人がいると余計に具合が悪くなる。
 李苑はそう思いながら静かに問いかけた。
 ジュラウンの腕が伸ばされ、李苑を掴む。李苑はその腕のあまりの冷たさに驚いた。思わず天井の力石を睨み付ける。ジュラウンに腕を引かれ、視線を彼に戻す。
「構いませんよ。これ以上、時間をかけていられませんから」
「時間って……?」
 ジュラウンは億劫そうに体を起こした。
 李苑は慌てて彼の体を支える。ジュラウンの腕が驚くほど冷たいのに対し、体は熱い。熱が高いのだと思い知らされる。衣服は汗で少し湿っており、李苑は眉を寄せた。
 体を起こしたジュラウンは寝台の脇に背中をつけて李苑を見た。
「ザーイから聞いていませんか? 貴方の友人たちのことを」
「それは……聞いたっていうか、でも具体的なことは何も。ここに来てから話すって言ってたし」
 李苑はザーイを振り返ろうとして驚いた。ザーイは真後ろにいた。李苑の上から覗き込むようにジュラウンを見ている。
「リオン。セフダニアを覚えていますか?」
 ジュラウンは一度、ザーイに目配せするように頷いてから李苑に視線を戻した。
「宝珠の一件があってからセフダニアは評議会の管理下にありました。研究者たちが城に入って調査を進めていた。彼らの邪魔にならぬよう、私とガラディアとで城に結界を張ったのです。評議会からの要請がありました。彼らが研究者たちを把握するために」
 ジュラウンは軽く咳をした。少し喋るだけでも負担になっているのか、いつもの流麗な声は掠れている。ザーイが水を差し出すと素直に受け取って喉を潤す。
 李苑はそんな彼の様子を黙って見ていた。外の現状を聞ける機会を逃すことはない。ジュラウンの体は心配だが、彼が無理をしてでも話そうとするなら聞きたい。
 ザーイに椅子を勧められ、李苑は真剣な表情のまま礼を言って座った。背筋を伸ばしてジュラウンを見つめる。
「一昨日、その結界に触れる宝珠の気配がありました。サウスとキョウキ、スイサです。彼らはこちらに向かっているとガラディアから通信が入っていたのですが、その前に一度、セフダニアに寄ったのでしょうね。サウスの故郷です。少しの寄り道、というつもりだったのかもしれません。けれど、その際にサウスとスイサが城の研究者に見つかり、身柄を評議会に移されました。今も移動中の筈です。評議会はスイサが巫女である事を知っている。彼女を評議会に掲げることにしているらしい」
「……掲げる? 翠沙を?」
 不穏な言葉に李苑は尖った声を出す。人の意志をまるで無視したようなことばかりだ。翠沙や響希がそれらを黙って許しているとは思えず、そこに何らかの圧力が加えられたことは容易に想像ができた。
「響希はどうしたの?」
「昨日の夜にセフダニアの結界が破られました。キョウキはまだセフダニアにいたでしょう。彼女の宝珠が何らかの作用をもたらし、セフダニアに漂っていた最後の力を誘発させたのだと思います」
「それって……セフダニアで見た、あの黒い霧みたいな、穴みたいな奴の、こと?」
「実際に見た訳ではありませんから詳細は分かりません。単なる憶測です」
「響希が無事かどうかは分かってるの?」
 震えるような声で囁いた。ジュラウンは安心させるような笑みを見せる。
「彼女は再びガラディアに戻ったようです」
「……ランルの所に?」
 なぜランルの所に戻るのだろうと不思議に思った李苑だが、距離的にはイフリートよりガラディアの方が近いのだろうと勝手に納得する。実際にどちらが近いのか、地図のない李苑には分からない。それでも響希がそうしたなら、そこには何か意味がある筈だと納得する。逢えないのは非常に残念だが、彼女たちに何かある方が嫌だ。我慢をする。
 李苑は乗り出していた体を椅子に戻して両手を組んだ。視線を落として奥歯を噛み締める。
「今、私の調子が悪いのは、セフダニアでまた多くの血が流されたからです。私とガラディアで張っていた結界を無理に押し破り、無防備状態だったこちらにも直接、衝撃が加わったのですよ。あの皇女の元へ衝撃がいかなかったのは、護りの大部分を私が担っていたからです。皇女は単に監視だけの結界を張っていた」
 微苦笑を湛えるジュラウンに、李苑は瞳を瞬かせた。何を言われているのか分からないように目を丸くし、彼の言葉を理解しようと、何度か頭の中で反芻する。
「それって、もしかして、響希がセフダニアで暴れたっていう意味?」
 だから多くの血が流されたのかと、李苑は呆れたような声を出した。
 ジュラウンが小さく笑う。李苑の後ろで聞いていたザーイも呆れたように溜息をつく。
 李苑は二人の様子から、自分が的外れな事を言ったのだと知った。頬を膨らませてジュラウンを睨む。背後で横柄な態度をしているザーイなど無視をする。
「的外れ……とは言えませんけれど。違います。セフダニアには、宝珠の暴走で残っていた最後の欠片――力があったのです。それが、今回キョウキの宝珠と連動して結界を吹き壊し、セフダニア城に詰めていた評議会の全てを一瞬にして消し去った」
 李苑はパチパチと瞳を瞬かせた。
「だから、それが何だっていうの?」
 ジュラウンの言葉は含みを持たせすぎて伝わらない。理解できない言葉に、李苑は次第に声を険しくさせていく。普段ならこれくらいで苛立ちなど覚えないのだが今は妙に心がささくれ立っている。今まで鬱屈した生活をしてきたからなのか。もしかしたら反動が強く出ているのかもしれない。
 李苑は不機嫌に腕組みをした。
「響希のせいで結界が吹き壊されて、それで評議会の連中が一瞬にして消え去って……消え去って? え?」
 李苑は初めて自分の言葉が持つ不穏さに気付いた。
 眉を寄せた李苑を、ジュラウンとザーイが真剣な表情で見つめる。李苑はその視線に気付かないまま徐々に表情を険しくしていく。膝の上で拳にしていた手を、強く握り締めた。
「それって、響希が原因で、セフダニアにいた評議会の人たちが死んだっていうこと? 血が流されたって、そういう意味?」
 李苑は見る間に青褪めていく。いつもは無邪気に輝く瞳も、今は潤んでいる。その奥には何かを秘めたように強く、ジュラウンを見つめている。もしかしたら間違いであることを願っているのかもしれない。
 李苑の不安を肯定するようにジュラウンは頷いた。
 李苑の表情が強く歪む。視線が落ちて、小さな肩には力が入る。
「響希の意志じゃない。絶対に違う」
「落ち着いてリオン」
 そのまま飛び出していきかねない李苑を、ジュラウンは静かに諭す。
「私はキョウキの宝珠が何らかの力を誘発させたとは言いましたが、彼女がそれを意識して行ったとは思っていません。セフダニアで一度、彼女を直に見た者としての直感でもあります」
 宥めるように肩を叩かれた李苑は少しだけ安堵した。明るい声を上げる。
「そうだよ。響希は、無駄なことには一切、手を付けたがらないモノグサで有名なんだから」
 本人が聞いたら無言の鉄拳が飛んできそうな発言である。
 少々的外れな李苑の声だが、そこに含まれる意味をしっかりと汲み取ったジュラウンは苦笑と共に頷いた。
「こちらに来て日の浅い彼女がそうする理由も思い当たりません」
 ジュラウンの言葉は響希を庇うものだ。李苑は単純にも表情を明るくさせて、肩から力を抜いた。
「けれどリオン。それは彼女を理解している者だからこその話に他なりません。響希という人間を理解していない評議会は殺された同胞たちの前に何を思うのか――分かりますね?」
「響希を捕まえるとか、制裁を加えるとか、そういうこと? でもさ、さっき響希はガラディアが引き取ったって言ったじゃん。大丈夫でしょ? ガラディアは宝珠国だもんね。評議会がどんな力持ってるのか知らないけど、宝珠を持つ国にはそうそう手出し出来ないって、そういうルールがこっちにはあるんでしょう?」
 李苑は何とかなるよと深く考えずに同意を求めた。けれど言いながら、どこかで不安が募っていくのを感じていた。何かを見落としている。そんな奇妙な感覚が徐々に高まっていく。
 背後からザーイの気配が離れた。李苑は振り返ることなくジュラウンに迫る。
 ジュラウンは李苑を止めない。肯定も否定もしない。そのことで李苑は焦燥する。脳裏で事実を組み立てる。普段、このように頭を働かせる出来事は全て周囲が上手くやっていたため李苑は慣れていない。上手く頭が回らない。
 李苑はふと表情を失って、寝台の上に視線を落とした。
「……待って。翠沙が……翠沙が、評議会に身柄を移されたっていうのは、それは……」
「この世界で宝珠国よりも強い決定権を持つ“宝珠の巫女”として、評議会は掲げるようです」
「宝珠を持つ国よりも強い決定権を持つ、評議会……?」
「そうですね。巫女は太古より評議会で生涯を過ごされて来ました。ようやく現われた巫女を、評議会が保護することには疑問ありません」
 李苑は絶句してジュラウンを見上げた。
 翡翠色の双眸はただ李苑を見つめ返すだけで救いの言葉は向けられない。ただ、李苑がどうするのか、観察するような光が煌く。
 李苑は視線を彷徨わせた。
「評議会が権力手に入れたら、響希が……」
 ドクンと嫌な鼓動が打ち鳴らされる。こちらの世界に来てから一度も姿を見ていない親友たち。声もほとんど聞いていない。不安な時には必ず側にあった気配がない。その事にようやく慣れてきたと思っていた。無理矢理にでも押さえ込んでいた。もう少しすれば会えるのだからと、納得させて。けれどこのような展開は嫌だ。彼女たちが永遠に失われてしまうことなど考えられない。
 強い恐怖が胸の奥から湧き上がってくるようだった。
 李苑は表情を強張らせる。唇を噛み締め、今にも部屋から飛び出そうとした。
 しかし実際に行動に移す前に、李苑は顔を上げた。響希を救うただ一つの欠片がピタリと符合する。
「そう、そうよ。翠沙がいるなら大丈夫! 翠沙が宝珠の巫女として評議会に向かってるんでしょう? それなら、響希が殺されるなんて、絶対にある訳ないよ! 翠沙が絶対そんなことさせないもんね!」
「さて。そう上手くいけば良いですが」
「ど、どういう意味?」
 含みを持たせるジュラウンの言葉に李苑は揺れた。落ち着かないように瞬きを繰り返し、悲愴な表情でジュラウンを見つめる。
 ジュラウンは細い指を頬に当てて小さく首を傾げている。大きな枕に背中をつけ、まるで李苑が揺れるのを面白がっているのではないかと思うほど平然としている。
「昔は確かに宝珠の巫女によって治められていたこの大地ですが、今では事情が異なってきているのですよ」
 李苑の鼓動が早まった。嫌な汗が吹き出てくるようだ。
「長らくの不在で、世界は巫女の存在を忘れていました。その証拠に、最も強く巫女の恩寵を受けてきた評議会ですら、本来の名と意味を失っている。今では権力に固執した、妄執とも呼べる物に変化しています。そんな彼らが巫女を丁重に扱うとは考え難いのですよ」
「丁重に扱わないって……でも、翠沙はいま、評議会に一人で……向かってるんでしょう? それに、評議会が丁重に扱わないなんて、そんなの……納得できる訳でもないし」
 李苑は思い出していた。
 宝珠の巫女、と告げただけで皆がひれ伏す様を。宝珠を実際に扱うランルでさえ敬意を払ったのだ。宝珠を持たない者たちはその様が更に顕著なのではないかと疑問に思う。
 李苑の動揺を見て取りジュラウンは苦笑した。李苑に体を近づけて囁いた。
「巫女がいた時代の文献がイフリートに少しだけ残っております。その頃、評議会は“花涼”と呼ばれておりました。今では誰もが忘れて久しい名前です」
 どこか懐かしむように、ジュラウンは言葉を口に乗せた。
「貴方がいた世界に名前はありましたか?」
「え……? う、ん。世界……ていうか星の名前でいうなら地球で、実際に私がいた国は日本だけど……」
 ジュラウンはニコリと微笑んだ。
「地球。そうですか。私たちが今いるこの世界にも名前があります。花涼月球という」
 李苑は眉を寄せてジュラウンを見つめた。
 呼吸が分かるほど縮まったジュラウンとの距離。
「世界の名を頂いた評議会が、今はその名を忘れてただ“評議会”を掲げている。彼らがどのような考え方を持つのか、想像には難くないでしょう」
 今度こそ李苑は部屋を飛び出そうとした。
 響希は身を護る術を知っているからまだ平気だと高を括っていられる。けれど翠沙となると話は別だ。彼女は戦う術など持たない少女だ。宝珠の巫女という肩書きを付けられていても、李苑にとっては護るべき親友として関係ない。このさい直接的な危険に晒されているのは翠沙ではないかと、李苑は寝台から飛び降りた。そのまま場所も知らない評議会へと走って行こうとでもいうのか、李苑は勢いのまま扉へ向かおうとした。しかし当然ながら李苑のそんな行動は止められる。行動を予想していたジュラウンの腕が伸ばされて李苑の体を抱えた。
「行動力の強さは貴方の美点ですが、今は汚点にしかなりませんよ、リオン」
「そんなこと言ったって! 翠沙が危ないんでしょう!?」
 李苑はジュラウンの腕から逃れようと、暴れながら叫んだ。
 華奢なジュラウンからは想像もつかない力で寝台に引き戻される。そして李苑は、堪えきれないように吹き出したジュラウンの笑い声を聞いた。
 涙目になった李苑が振り返ると、ジュラウンは李苑を抱き締めたまま笑っている。
「ジュ、ジュラウン?」
 李苑は恐る恐る呼びかける。ジュラウンは直ぐに顔を上げた。
「幾ら評議会の存在意味が変わろうと、直ぐに巫女へ危害を加えようとはしないでしょう。時間は充分にありますよ」
 李苑は安堵こそしないものの、やはりジュラウンには何か秘策があるのだと思って表情を輝かせた。嬉しさを隠し切れずに向き直る。どうすればいいのかと尋ねようとした。
 しかし李苑は問いかけることが出来なかった。押し倒された、そのことによって。
「ジュン?」
 寝台に押し倒された李苑は瞳を瞬かせる。
 ジュラウンは李苑の両腕を掴み、覆い被さるように李苑を見下ろしている。李苑はそんな彼に戸惑いを隠せず、声を上ずらせた。数日前のできごとが蘇る。危機感が湧き上がる。二の轍は決して踏まないと決意していたが、なぜこのような状態に持ち込まれているのだろうか。
「ぐ、具合が悪化したの?」
 問いかけながら李苑は、そんなことはあり得ないと自分で否定していた。ジュラウンは案の定、苦笑してかぶりを振る。
「分かっているでしょう。リオン」
「わ、分からない」
 李苑の腕が震えたが、ジュラウンにしっかりと掴まれているため、そんな仕草も満足にできない。身動きが取れない。
 助けを求めるように部屋へ視線を投げた李苑は、ここで初めてザーイがいない事に気付いた。先ほど部屋を出る気配があったが、あのまま戻ってきていないのだと悟る。彼は戻らないだろう。そんな直感が働く。裏切られたような気分にまたも暗くなる。
「私がいま分かってるのは、翠沙と響希が危ないかもしれないって事だけで、他の事なんか……」
「両方を助けられる方法があるかもしれませんよ。ごく穏便な方法でね」
「本当っ?」
「ええ」
「なら教えて……」
 李苑は顔を輝かせて身を乗り出そうとする。掴まれていた腕を振り解こうとしたが、ジュラウンはその抵抗を封じるように力を強める。李苑は肌を粟立たせた。焦燥が募っていく。屈みこまれると吐息が喉をくすぐって息苦しい。
「ジュン! 冗談はやめてよ!」
「冗談ではありませんよ、と以前にも申した気がするのですが」
 笑いを含む声が李苑の肌を滑った。その何とも言えない感覚に、李苑は強烈な拒否反応を覚える。
 ファイナンによって丁寧に飾られた髪も台無しだ。
 李苑はジュラウンを睨みつけた。
「二人を助ける方法だけ教えてくれればいいってば!」
「ですから。貴方が真の巫女になれば問題は解決すると、そう思いませんか?」
「……え?」
 思いがけないジュラウンの言葉。
 李苑は抵抗も忘れて彼の瞳を見つめ返した。