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第三話

【四】

 桟橋に繋がれた船が上下に揺れている。灯台の光は絶えず人々を照らし、灯台守が外に出て何事かを地上に叫んでいる。屋台まで出され、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。町の人々は自分たちを守ってくれるのが誰なのか、しっかりと理解している。
 そんな風に賑わう港の前で、イリアは立ち尽くした。
 ――どうしてダルスがここにいるの?
 一切の物音が聞こえなくなる。足は縫いとめられたように動かない。緑柱石の瞳を目前にして浮かんだものは恐怖だったのか、歓喜だったのか、良く分からない。得体の知れない感情に支配されて、動けない。
 今朝見たばかりの夢を思い出した。
 海軍に入った暁には高笑いしながら連行してやる――と、そう宣言した。
 けれど実際に今、イリアが取った行動は。
「逃げるわよ、シャルゼ!」
 友人の腕をつかんでの敵前逃亡。
「イリア! 何するのっ?」
 唐突な行動にシャルゼの理解が追いつかない。当然ながらの抗議をイリアは無視して踵を返した。押し寄せる人々を掻き分け、屋敷への道を辿ろうとする。
「ぎゃあっ?」
 姫君らしからぬ悲鳴を上げて、イリアは見事に転倒した。
 足がもつれたのではない。何かがイリアの足を引っ掛けた。転ぶ前に感じたのは強い風。きっとそれが、イリアが転ぶ羽目になった要因だ。
 シャルゼか、ダルスか。
 この場には風の能力者が二人もいる。地面に両手を着いて唇を噛む。どちらかの仕業に違いない。
 起き上がろうとしたイリアは瞳を瞠った。イリアの転倒に気付かない人々の足が、直ぐ間近に迫っていた。踏み潰されそうだ。彼らの足音までも大きく聞こえたイリアは悲鳴も忘れて硬直した。
 人々がイリアを踏み潰そうとした直前。
 今度は誰もが気付くような強風が吹き荒れた。イリアを中心として、人々が吹き飛ばされる。
「あら。凄い風」
 のんきな声がして、イリアは我に返った。勢い良く立ち上がる。
「いきなりどこへ行こうって言うの。びっくりして風起こしちゃったじゃない。制御が外れた力は危ないって、教官にも教わったでしょう?」
 まったく悪びれないシャルゼが肩を竦めた。天然の髪を風に遊ばせる。
 イリアは仁王立ちになって彼女をにらみつけた。二回目に吹き荒れ、イリアを救った風はダルスの風だったのだと直感する。完全に見つけられた。早々に立ち去りたいのに、シャルゼは動こうとしない。
 イリアは焦れて叫んだ。
「あのねシャルゼ。貴方も見たでしょうけど、あの男は危険なのよ」
 大きな身振り手振りで伝えようとしても、シャルゼは「ふーん」と呟くだけだった。イリアは肩を落とす。とにかく、と乱れた衣服を整えた。
「逃げるのよ。シャルゼ」
「そう素直に逃げ出されても、見逃すつもりはないんだがな」
 笑いを含んだ声が聞こえた。
 イリアは勢い良く振り返る。
「久しぶりだな、イリア。海軍に入る夢はまだ捨ててないのか?」
「お生憎さま。もう叶えてみせたわ!」
 実に1年ぶりに会うダルスだった。船上で会ったときと違い、彼は立派な服を着ていた。青い生地は上等のものだ。赤銅色の髪が海風に巻かれ、精悍な顔立ちが露となる。それでも周囲は無関心だった。変装は成功しているということだろう。
 イリアは跳ねた心臓に戸惑いながら胸を張ってみせた。
「それよりも。どうして貴方がここにいるのよ?」
「それはもちろん、用事があるからだ」
「なら私に構わないで、さっさと用事を済ませればいいでしょう」
 顔を赤くしながら腰に両手を当てる。
 ダルスはイリアの怒気を意に介さず、そのまま抱え上げた。イリアの悲鳴は喉の奥に消える。
「用事はお前だ。イリア」
 その言葉にイリアは目を剥いた。そんな様子をダルスはおかしそうに見やる。
 ダルスの笑顔が今朝の夢と重なり、絶句していたイリアは再び怒気を閃かせた。海賊が沈むのは獲物を奪い尽くしたときだけだ、とダルスは言っていなかったか。自信に溢れた態度が癪に障る。
「黙って奪わせる私じゃないのよダルス!」
 深読みできそうな言葉だがイリアにそのような意図はない。戸惑うダルスの胸を突いて、イリアは簡単に逃れることができた。軽やかに地面に降り立つ。
 不意を突かれたと悟ったダルスは再び腕を伸ばしたが、イリアはかわす。以前よりも反射神経が優れていた。授業の成果かもしれない。ダルスの腕をかわしたイリアは嬉しくなる。
「あー、邪魔して悪いが、ダルス。カーデ艦が戻ったぞ」
 時を見計らったようにレナードが声を割り込ませた。
 イリアは勢いよく振り返る。レナードの姿に顔を輝かせる。
「レナード!」
 声には歓喜が滲んだ。
 実はレナードは先ほどから同じ位置にいたのだが、イリアは初めてその存在に気付いた。四十歳を超えているが、相変わらずの童顔だ。二十代にしか思えない。
「久しぶりね。元気だった?」
「なんだ、その態度の落差は」
 舌打ちしそうなダルスの声を拾ったレナードは苦笑を零す。飛びつかんばかりに喜ぶイリアへ「ああ」と頷いた。
「レナード様と仰るのですね」
 それまで成り行きを見守っていたシャルゼが前に進み出た。
「その剣はカトラスとお見受けします。失礼ですが、どちらの軍に所属される方でございますか?」
 シャルゼの視線はレナードの腰に落ちていた。そこには湾曲した剣が提げられている。ダルスも同じように帯剣している。初めて気付いたイリアは瞠目した。
 ジェフリス国では軍人のみが帯剣許可を持っている。平民にも剣を持つことは許されているが、帯剣種類の条件が設けられており、日常的に帯剣している平民は稀だ。また、軍で支給される剣には紋章を刻むことが義務付けられているため身分証にもなる。持つ者が所属する識別色と共に、家系の紋章も刻まれる。
 ダルスやレナードが持つ剣に紋章はない。
 当然だ。
 彼らは海賊なのだから。
 レナードの眉が寄せられ、イリアは心臓をひとつ高鳴らせた。彼の視線は険しく鋭い。しかしシャルゼは恐れることなくその視線を受け止める。海賊であることを知らないからこそだ。流れる緊張感にイリアは知らずダルスの袖をつかんだ。
「イリア。この娘は何者だ?」
「わ、私と同級生で、友だちよ」
 横目で問われたイリアは冷たい汗を浮かべて答えた。
 シャルゼが微笑む。誰をも虜にする天使の笑顔だ。
「シャルゼと申します、レナード様。不躾な質問で申し訳ございません。けれど、お答え頂けますわよね? 軍人の身元証明は義務付けられておりますもの」
 シャルゼの雰囲気がいつもと違って見え、イリアは困惑する。確かに軍人は、乞われれば身分提示をする義務がある。けれど平民から乞われることは滅多にない。シャルゼもまた、彼らが信用できないから身元保証を求めたのではないと思われる。
 桟橋の方から喝采が聞こえてきた。船員たちが下船し始めたらしい。
 ヴェラークもその中にいるはずだが、イリアは目の前の二人を見守ることで精一杯だった。
 ダルスたちが海賊だと知ったらシャルゼはどうするのか。
 まるで綱渡りでもしているかのような緊張感に身を浸していると、不意にその場から険しさが抜けた。レナードが軽く微笑む。瞳だけに厳しさを残し、頬を緩める。
「残念ながらジェフリスの軍人ではない。私たちはミフトから渡ってきたばかりの者だ」
「あら、そうでしたの」
 旅人ならば帯剣していても許される。入国審査のときに旅券を改められ、認められれば帯剣したまま入国してもいいことになっていた。
「ミフトは戦乱が終わって落ち着いたと聞いていますけれど、まだ荒れているのかしら?」
「場所によりけりでしょう。私たちが見てきた場所は平和そのものでしたけど」
 シャルゼの質問を嘘で受け流し、レナードは剣を佩いている方の足を僅かに下げた。体の影になって剣が隠れる。
 少しだけ安堵したイリアだが、その顔は再び強張った。
「ではその剣はミフトの意匠ということでしょうか。拝見させていただいてよろしですか?」
 何の邪気もない笑顔に思えた。イリアは、なぜシャルゼがそこまでこだわるのか首を傾げる。武器を渡せも同意の言葉にレナードは硬直し、ダルスも緊張する。二人の視線が交錯した。
 剣呑な気配に転じるその一瞬前、シャルゼの朗らかな笑い声が響いた。
「シャ、シャルゼ?」
 不吉な予感を抱かせるに充分なものだ。そう感じたのはダルスたちも同じようで、レナードたちの緊張がイリアに伝わる。
 シャルゼはしばらく声を上げて笑っていたが、衝動がおさまっても肩を震わすことをやめなかった。
「ごめんなさいレナード様。剣を渡すことなどできませんわよね。お気を悪くさせたのなら謝りますわ」
 微笑みながら胸に片腕を当てて礼をする。しつけられた礼ではなく、一般の男性が女性に向けるような礼だった。レナードが複雑そうに顔を歪める。
「ところでレナード様」
 まだ何を言うつもりなのか。先ほどから不穏な予感しか抱けないイリアは喉を鳴らす。これ以上口を開かないで、と懇願したい。しかしその理由を尋ねられれば答えられない。
 シャルゼはわずかに頬を紅潮させながらレナードを見つめた。
 そうして。
「私を貴方のお嫁さんにしてくれませんか?」
 イリアの顔色すら奪う爆弾発言を、あっさり投下した。
「ちょ、ちょっとシャルゼ! 何を言うのっ?」
 凍りついた空気を誰よりも早く破ったのはイリアだった。普段からシャルゼと行動していたため、免疫がついたのかもしれない。言葉もないダルスを押しのけてシャルゼと向き合う。
「私は本気よ、イリア。さっき言ったじゃない。聞いてなかったの?」
「何を?」
「私、恋に落ちたって」
 イリアは脳震盪でも起こした気分になった。口を開いて立ち尽くす。
 シャルゼはイリアの腕を振り払って前に出た。レナードが気圧されたように後退した。
「私、お買い得ですよ。若いし、将来は有望だし、風の能力者です。何より、貴方に一目惚れしました」
「シャルゼ!」
 どうしたらいいのか分からない。とりあえず止めなければ、と叫んだイリアは睨まれた。シャルゼはうるさそうにため息をつく。彼女の瞳は本気だった。だからこそイリアは止めなければならない。彼らは海賊なのだから。
「レナードはおじさんよ。こんな顔してるけど、もう四十ニ歳よ」
「今が食べごろね」
 レナードが小さく、四十四になったけどな、と呟く声は女性二人に届かない。
「彼には三人の妻がいるの。子どもだって沢山いるわ」
「他の大陸の人ですもの。私は気にしないわ。子どもは沢山いたほうがいいし、大家族は私の憧れだわ」
 シャルゼは堪えた様子もなく、嬉しそうに笑っている。今までイリアが見たこともない表情だ。まるで獲物を狙う肉食獣のようだ、とイリアは思った。
「だ、だってシャルゼ。学校はどうするの」
「学校に通っていても恋はできるわ」
 海軍を目指す私たちが海賊に惚れてどうするのだと暗に含めたのだが、シャルゼには伝わらなかった。彼女はレナードが海賊だと知らないのだから、当然と言えば当然と言える。イリアが変な目で見られるだけだ。
「違うわ。そうじゃないの」
 イリアはかぶりを振って、必死でシャルゼに縋りついた。
 どうすれば伝わるのか。頭を悩ませるが言葉は浮かばず、結局は直球となってしまう。
「彼らは海ぞ」
 その瞬間、イリアは後ろから伸びたダルスの腕に抱きすくめられた。その強さに息を呑む。
「いいじゃないかイリア。人の恋は邪魔するべからず。昔からの鉄則だ」
「誰が決めたのよ!」
 耳元で笑う気配に叫ぶ。抱き締めてくる腕の力が強まり、息苦しいほどだ。
「俺らが海賊だと、ここでばらされる訳にはいかないんでね」
 低い声はイリア以外に届かない。含められた意味に唇を引き結ぶ。ヴェラークの直轄地で声高らかに「レナードは海賊なの」と叫べばどうなるか、想像に難くない。海賊を捕らえるために海軍を目指したイリアだが、なぜか目的を忘れ、いつの間にか彼らを擁護する立場に回るという矛盾に気付かない。
 声を拾ったシャルゼが嫣然と微笑んだ。
「そこの男の言う通りよ、イリア。この恋は誰にも止められないの」
 真剣な声だったが内容は真剣味に乏しかった。いや、シャルゼは本気だ。
 沈黙を保ち続けるレナードを振り返り、胸の前に手を組んで見上げる。
「どうぞ貰って下さい」
 その告白はどうかと思う。
 イリアは脱力してうな垂れたが、ダルスに抱き締められているので首がわずかに動いただけだった。
 少しの沈黙が流れ、レナードが告げたことは。
「ここは目立ちます。場所を変えてゆっくり話し合いましょう。シャルゼ?」
 大人の余裕かレナードは微笑んだ。
「はい!」
 シャルゼは、それはそれは無邪気な笑顔で微笑んでみせた。
 軍学校で恐れられた実像を微塵も悟らせない、可愛らしい笑顔だった。


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 長い航海を終えたヴェラークは高揚していた。久しぶりに眺める領地だ。町中が喝采を上げて、帰りを喜んでくれている。港に面した建物からは紙吹雪が舞い散らされ、空を鮮やかに彩っていた。
 ヴェラークの隣に立つディールアの姿を認めると、人々は更に沸いた。十三艦隊の将軍たちを知らぬ者はない。子どもたちには憧れの的だ。港は賑やかな熱気に包まれている。
「相変わらずの人気ぶりだな、ヴェラーク艦長は」
「お前も似たようなものだろう」
 厳めしい表情を崩さずヴェラークは友人の脇をすり抜ける。先にタラップを降りた。直ぐ後にディールアも続く。
 艦隊が駐屯する町はどこも似たようなものだ。すなわち、自分たちの艦が一番素晴らしい、と。
 ディールアは不敵に笑った。
「まぁな。まだまだ若いぜ?」
「抜かせ」
 しっかりと頷くお調子者に呆れてヴェラークは肩を竦めた。背後でディールアが手を振ったのか、女性たちが集う一角から黄色い悲鳴が上がった。
「非公式だというのに目立ちすぎだ。上まで届いたら職務怠慢で咎めがくるぞ」
「つれないこと言うなよ。お前がなかなかイリアちゃんに会わせてくれないから俺が出向いてるんじゃないか。少しは友を庇ったらどうだ」
「会ってくれと私が頼んだわけじゃない。だいたい、エスバドはまだ見習いのはずだ。代行させるお前の神経を疑う」
「将来のためじゃないか。エスバドにとってはいい経験だ」
「だがまだ幼すぎる。お前と違って常識人なのは喜ばしいが、自分の手に負えないものを任されても潰されるだけだ」
「あいつはそんなにやわじゃないよ」
 ディールアは唇を尖らせた。素直な反応にヴェラークは軽く笑う。そして思い出す。併走していたヴェラークの艦へ、ディールアが乗り込んできたときのことを。
 普段は寡黙なエスバドだが、そのときばかりは声を荒げてディールアを非難した。そんな彼へディールアは手を振り、後は任せた、と笑顔で告げる。そのときには二つの艦は舵を違えて別の方向へ進み始めていた。思い余ったエスバドが欄干に足をかけたが、事態を察した副艦長が必死で彼を引き戻した。そんな副艦長も、ディールアを苦々しい表情で睨んでいた。確か名前をバンク=アットと言った。彼もよくよく苦労させられる、とヴェラークはため息を禁じえない。もちろん、そんな事態に気付いたとき、ヴェラークは彼らの分までディールアを叱り飛ばしたのだが。
 バンクがいるならば大丈夫だ、とヴェラークは信頼していた。
「ところで、イリアちゃんは迎えに来てくれないのか?」
「こんな騒ぎの中で来れるわけないだろう。屋敷で大人しく待っている」
 周囲を眺めてイリアを捜そうとする彼に、ヴェラークは素っ気なく答えた。実を言えばヴェラークも期待しているのだが、難しい年頃のイリアに願うのは無茶だと言える。屋敷を出奔されたときには、もう過度な期待は抱くまいと決めた。ミレーシュナが生きていたら何と言うだろう、と考えると切なくなる。異国へ行ったもう1人の娘も思い出し、彼女のようにイリアが遠くへ行かないでくれるだけで良しとしよう、と涙を呑んだ。
「屋敷に帰ればきっと労わってくれる」
「……どうかなぁ」
 まだ夢を捨てきれないヴェラークに、ディールアは肩を竦めたが、ヴェラークは彼の言葉を完全無視した。脳裏を愛しい娘で一杯にする。そうしながらディールアにつられるように視線を民衆へ投げ、そしてヴェラークは固まった。
「ヴェラーク?」
 歩みを止めた友人を不審に思い、ディールアは怪訝に問いかけた。ヴェラークの横顔は先ほどまでの余裕を払拭させていた。険しくなっていくばかりで応えはない。
 いったい何を見ているのか。
 身を乗り出したディールアは、ヴェラークの視線の先に少女を見つけて瞳を細めた。紫色の髪をした人物などそうそういない。亡きミレーシュナの面影を宿す少女が喧騒の中に紛れている。それが幼い頃に会ったっきりのイリアだということは、ヴェラークの様子と繋ぎ合わせて想像することができた。
「……ダルス」
 けれど、低くうなるように呟かれたヴェラークの心情を推し量るのはむずかしかった。
「あ、おいっ?」
 走り出した友人にディールアは慌てる。ヴェラークは振り返りもしない。人々の頭上を飛び越えた運動力はさすがと言えよう。
 ディールアは頭を掻いた。彼がイリアを連れ戻るのを待つか、と観察することにした。人々の間を掻き分けて走っていくヴェラークの後ろ姿に苦笑を零し、視線をイリアに戻す。そこで新たな発見をした。
 イリアの隣には赤銅色の青年が立っていた。珍しい髪の色だ。そんな赤銅色の男の前には金髪の女性と大柄な男性の姿もあった。どうやら四人は知り合いらしい。イリアが必死の形相で女性に詰め寄るのを、ディールアは遠く離れた場所から見守る。
「相変わらず元気で可愛いなぁ」
 幼い頃から利発で物怖じしない少女だった。大きくなっても性格は変わっていないらしい。ディールアは唇に笑みを刻む。
 イリアの説得は失敗に終わったらしい。だが、彼女は諦めない。さらに何かを詰め寄ろうとしたが、そこで赤銅色の青年に抱きとめられていた。
 ディールアは渋面を作る。
 愛娘が恋人と一緒にいる場面に遭遇した父親の心情を量るのはむずかしくないけれど。
「あの顔は……」
 ヴェラークと同じく国最高峰の艦隊を操るディールア=ラード。
 彼は舌打ちして艦内に駆け戻った。喜びに沸いていた人々を無視し、後ろの道を塞いでいた船員たちを押しのける。非難の声には小さな謝罪をしたが、それは口先だけのものとなった。立ち止まる余裕もない。
 そうしてカーデ艦内に戻ったディールアは通信機を手にして命令した。
「九番艦長ディールア=ラードが命ずる。町を封鎖しろ」
 港に停泊するすべての船と、町の要所にある治安所すべての繋がる通信機に向かって、一息吸い込み、告げる。
「海賊ダルスが潜入した」

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