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第三話

【ニ】

 エスバドの居候は決定したらしい。何の罪悪感もないディールアは「じゃあ頼むな」とヴェラークの肩を叩いたが、直後にエスバドの蹴りによってしゃがみこんだ。腿は人体急所の1つだ。
 エスバドの滞在自体は異論がなく、ヴェラークは親子のやり取りに笑みを滲ませた。
 海軍を輩出する軍学校は、正確に言えばジェフリス国に1つしかない。しかし、ある一定の学年ごとに建物自体が分かれている。1つの領に1つの学校。学校は全部で十三ある。
 海軍になるべく学校に通いたい者は、大抵はカーデ領に居を構えて通う。滞在費用は生徒たちが負担する。この点からも、軍学校は決して全国民に開かれているとは言い難い。お金に余裕のない庶民のほとんどは通うことができない。
 カーデ領の学校で一定基準を満たした生徒は、次に場所を変えてタージ領の学校へ通うことになる。そして次にはラーダ領、ハーブ領。次々に十三の学校を巡り、ようやく海軍に入ることができる。
 イリアたちが通うのは一番初めのカーデ領学校。必然的に、学校から通う距離はヴェラークの屋敷が近い。
 学校に通う期間はそれぞれだ。
 三年通えばいいところ、数ヶ月通えばいいところ、実に多種多様で、通う人間によってもまちまちだった。
「ラード領の学校に行くときはエスバドのところから通わせて貰おうっと」
 部屋に戻ったイリアは、誰にともなく呟いた。
「もちろんそのときは私も一緒に連れて行ってくれるわよね。庶民が遠くの学校まで通える財力持ってるなんて、思ってないわよねぇ?」
「きゃああっ?」
 いつの間に背後にいたのか。思わず悲鳴を上げると、シャルゼは豪奢な金髪を掻き上げて顎を逸らせた。
「失礼ねぇ。こんなに美しい人を目の前にして悲鳴を上げるなんて」
「い、いつの間に、いたのよっ?」
「最初からいたわよ。注意力散漫ね、イリア」
 蒼穹の瞳を面白げに細めたシャルゼは微笑んだ。悪寒を走らせたイリアは周囲に助けを求めてしまったが、誰もいない。イサミアはエスバドと共にまだ食堂だ。ヴェラークとディールアも町へ赴いている。イリアは自分も行きたいとせがんだが、彼らは容易く却下した。
「それで、イリア?」
「な、何?」
 浮かべる笑顔が恐ろしい。シャルゼはそのままイリアを窓際まで追いつめた。少し高い腰を曲げてイリアに囁く。
「昨夜はずいぶんと楽しげな夜間飛行だったようじゃない?」
 イリアは目を瞠った。どこからどこまで見ていたのだろう、とシャルゼを見る。もちろん出まかせで言っているのではない。蒼穹の瞳には少しの揺らぎもない。
「イリア。貴方、海賊たちがどこに潜んでいるのか知っているでしょう」
 息を呑むと同時に少しだけ安堵する。彼女は自分たちの後をつけてきた訳ではない。屋敷に戻ってきたところを目撃したのだろう。とは言え、シャルゼに知られたという現状は変わらない。端整な顔立ちが鋭い武器を思わせて、イリアは喉を鳴らせた。
「な、何でそんなこと」
「誤魔化そうとしても無駄よ。イリアは正直者だから、全部私に話したくなるの。ね?」
 綺麗な笑顔だと思った。学校に入学したばかりの頃、この笑顔に騙されたのだと思い出す。
 右も左も分からず、ただ『打倒ダルス』を掲げて入学した。海賊を憎む者ばかりだろうと思いきや、生徒たちは情熱に欠ける貴族たちで構成されており、落胆したことを覚えている。真摯に勉学を望む生徒はほんの一部だけだ。
 そんな中、シャルゼに出会った。入学式だけは私服が許されており、周囲の貴族たちとは異なる服装から、彼女が一般試験で選出された平民出自の生徒なのだと見分けがついた。
 イリアは視線が合ったシャルゼに微笑まれ、絶対に友だちになろうと追いかけたのだった。
 ――あの笑顔が罠だった。シャルゼと友だちになってから気付かされた。
 今ではそんな笑顔を見るたびに嫌な予感が胸をかすめる。素直に感動できないなんて、もったいない。感動をひとつ奪われた。それでも、友だちにならなければ良かった、なんて思わないけど、とイリアは下唇を少し突き出しながら思う。
「ほら、白状しちゃいなさいよ、イリア。平気よ。艦長たちには黙っていてあげるから」
 笑顔で圧力をかけてくるシャルゼに耐え切れず、イリアは口を開こうとした。
 ――そんなイリアに救世主が現れた。
「イリア。エスバドが出かけるから、私たちはまたお留守番だって」
「ミーア!」
「え?」
 残念そうにため息を洩らしながら入ってきたイサミアに、イリアは飛びついた。
「ああもう、ありがとう!」
「え、ええ……?」
 小さなイサミアの体をぎゅうぎゅうと抱き締める。背後から黒いオーラが漂ってきていて、とても振り返ることはできなかった。


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 港町は活気に溢れていた。いつものように露店に品物を並べ、商業エリアから来た店の経営者や滞在中の旅行者たちが買い求める声が飛び交っている。
 しかし良く観察すれば町の角には警備兵が必ず立っており、双眼鏡を首から提げながら人々を見回していた。その数は普段の二倍だ。
 そんな彼らの視線を掻い潜るようにして、ダルスたちは町を移動していた。
「ちっ。こう海軍がうろついてたんじゃ胸糞悪くて仕方ねぇ」
「堂々と治安所に顔出す訳にもいかんしな」
 毒づくダルスに「まったく同感だ」というようにレナードは頷いた。
 ダルスは赤銅色の髪を揺らせ、周囲を見回す。頭の痛い出来事ばかりで気分が悪い。ガシガシと頭を掻いた。
 港には大小様々な船が停泊しており、汽笛や号鐘が絶えず鳴り響いている。普段は商船や客船しか入らない港に、今は軍艦も多数入っていた。艦には能力者たちが詰めているのが、遠目からでも良く分かった。
 港にほど近い場所に住む人々は、異様なこの状況に不安そうな様子で軍艦を眺めていた。いつになったらこの厳戒体制が解除されるのか。
 同じく警戒しながら周囲を見渡していたレナードを振り返った。
「やっぱり埒があかねぇな。近海で嵐に巻き込まれたらこの港に打ち上げられると思っていたが、どこにもそんな動きはねぇ」
「手分けして捜すか?」
「能力者があんだけ詰めてるっていうのに、お前1人を行かせられるわけないだろう」
 朝から散々同じやり取りを繰り返していたダルスは顔をしかめた。ヴェラークとディールアには顔が割れているし、彼らと共にいた船員たちにも同じことだ。
 二人別々に捜せば確かに効率は上がるが、顔を知っている者に出くわしたとき、レナードが逃げ切ることは難しい。
 ダルスはイサミアたちを連れ戻しに来たのであり、仲間を失うために来たわけではない。
「そうは言っても仕方ないだろう。ファートンの生死が分からない限り、強引にイサミアを連れ戻すわけにもいかない。時間もない」
「分からないからこそ尚更だろう。生死が分からない奴のために、今生きてるお前を見殺しにしてたまるか」
 険しくなるダルスの横顔にレナードは何も返せない。燻っていた鬼火が広がるようだ。
「ほら、さっさと行くぞ。治安所に顔出せないなら、地道に人に聞くしか手はねぇんだからな」
 思い出すように強く瞳を閉じたあと、ダルスはふと笑って甲でレナードを叩く。油断なく周囲を警戒する緑柱石の瞳を、レナードは複雑な思いで見返しながら頷いた。


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 希望の船が辿り着いたのは1つの島だった。
 無数の島々に囲まれたその場所は、気候に恵まれ、果樹が自生し、人々が生きていくには充分な環境が整っていた。
 船が辿り着いた島は小さなものだったが、取り囲むように無数の島々が点在し、船から降りた人々は思い思いに外の世界へ飛び出した。
 そうして人々が好きな場所に生活環境を整え、暮らし始めてからしばらくしてのことだ。
 居ついた島は環境に恵まれているとはいえ、すべてを自給自足していくには足りないことに彼らは気付いた。島に自生していた果実や、先住民である獣たちを糧として生きていくには、移民の数は多すぎた。自分たちの手で積極的に育てていかなければ、餓死は免れないものとなるだろう。
 けれどそれが分かったからと言って、直ぐに移民全員の腹を満たせるほど育てられるわけではない。人々は、自分たちが完全な自給自足生活ができるまで、周囲を通りかかった商船や客船、座礁した船から奪い取って生計を立てることに決めた。
 皆は納得した。海賊として汚名を馳せることになろうとも仕方がない、と再び海へと漕ぎ出した。これは自給自足が完成するまでのことなのだ、と。
 移民たちはある程度密集して生活していたが、それでも住まう島々はバラバラだった。船を襲うときも、皆が一致団結して襲うわけではない。必要だと感じたとき、必要だと考えた人数を集め、そのまま海に出る。そんな情景があちこちで見受けられ、人々は誰がいつどこで海賊の名を上げていたのかも把握しないまま、自由気ままに生きていた。
 思い思いに船を出し、周辺の島々に遊びに出かける。海賊として船を出さないときは獣や植物たちの世話をした。そうして自由に生きていた人々に、災厄が降りかかったのだ。
 それは昼下がり。
 いつものように皆が思い思いに遊び回り、島々を駆け回っていたときのことだ。
 初めに気付いたのは、島の最端に住んでいた大人だった。彼は遠くからやってくる見慣れない船に首を傾げた。島の者たちが造船したものではない、大きな船だった。まるで、この島に移住したときに乗っていた、希望の船のようだ。
 島々の周囲には無風地帯が存在しており、突然現れる災害を通り抜けてこの地帯に入り込むのは至難の業であると知っていた。大抵の船は通り抜けることができずに退却する。もし通り抜けることができても、船は戦闘などできないほどの被害を受けて流れ着き、船員たちは力尽きて瀕死の状態であることが多い。
 だから島々に移り住んだ人々は、少人数で簡単に船を襲うことができた。
 けれど今回近づいてくる船は今までと様相が違う。素人目から見ても造りがしっかりしており、災害に巻き込まれただろうに舵を失わず、真っ直ぐ島へ向かってくる。
 甲板に人の姿が見えた。誰もが元気に生きているようだ。島を指差し、歓喜に沸いている。
 島の大人たちは嫌な予感にざわめき立った。
 領域を侵略する見知らぬ船。
 それは島の人々が初めて目にする、本物の――海賊だった。
 島での略奪が始まって直ぐに、島の人々は自分たちの船を出した。海賊たちが乗っているような立派な船ではない。それに比べれば、こちらの船はただの板切れにも等しいものだ。海面に浮かべばいい程度の船には、当然ながら戦闘装備などついていない。せいぜい、飛び道具が1つあれば良い方だ。
 無事な島民たちを乗せた船は、まだ状況を知らない他の島々に呼びかけるため、必死で船足を速めた。応戦しようなどという気持ちは、海賊たちが火を放ったことで打ち消えた。
 一家をまとめて船に乗せることは難しかった。例えば1つの家族が1つの島に住んでいて、早く乗り込めと船に乗せても、子どもたちは他の島に遊びに行っていて安否が分からない、ということが多々あった。
 何せこのような状況に陥ったのは初めてだ。無事を知らせる連絡方法や退路など、考えてもいなかった。誰がどの島に住んでいるのかも分からないことが多いため、乗せた人々に次の家族の行方を聞いて、1つ1つの島を当たっている状況だ。時間ばかりが過ぎていく。
 楽園は一転して阿鼻叫喚へと叩き落された。
 島の人々が退屈紛れに造っていた船をすべて出し、乗れる者はすべて乗せた。せっかく貯めて来た未来への物資はすべてが海賊たちに奪われる。身一つで乗り込まざるを得なくなり、それでも船には定員が決まっている。
 海賊たちが迫るなか、島の人々は我先に乗り込もうと走り寄る。けれど先に乗っていた船員たちは定員オーバーだと騒ぎ出す。桟橋に詰め掛ける人々の中で、声は無情に響き渡る。
 次の船を待ってくれ、とどれ程の声が響いたことか。
 船は人々を置き去りにして走り去る。どの船も定員オーバーで、待つ人々の希望は徐々に潰えていく。これまで長く一緒に暮らしていた人々ですら、彼らを助ける方法は見つからず、自分が先に助かる罪悪感を抱きながら去っていく。
 けれど自分の家族がいる島に着けば、先ほど無情に叫んでいた人々は「早く乗れ」と必死になって急かすのだ。助けられなかった他の人々から無情な声を投げられながらも、必死になって。
 そんな中で、少年もまた他の者たちと同じく家族を捜していた。
 彼は最初の方で船に乗ることができ、他の島での「乗れ」「乗るな」の騒動に巻き込まれることはなかった。それでも彼の心は安らがない。表情から強張りが抜けることもない。船に乗ることができたのは自分ひとりだけだ。知り合いは多くいるが、親しい友人や家族はまだ誰も乗っていなかった。他の船に乗っているのか、それとももしかして、今まで通り過ぎてきた島に残っていたのではないかと、気が気ではない。
 本来自分が住んでいる島に近づくほどに、彼の心は焦燥を増していく。
 船がようやく少年の島に入るとき、勢い余って船のヘリから落ちかけた。
 どこの島でも同じだったように、この島でもまた、人々は桟橋に詰め掛けていた。そんな人々を素早く眺め、家族がいないかと捜す。
 この島にいなければどこにいると言うのだ。島はほとんど回り尽くした。後の島で見つかるほどに、船に乗せられる希望は少なくなっていくのに。
 既に連絡が行っているのか、この島で桟橋に詰め掛けた人々はどこか冷静で、それほど混乱はしていなかった。
 船はもう定員を超えていて、沈むギリギリのところまで来ている。
 船の者と抱擁を交わして桟橋に戻る人や、せめて生まれたばかりの子どもだけでも先に助けて欲しいと、船に乗った家族に赤ん坊を手渡す母親の姿や。
 少年は必死に、母や弟、生まれたばかりの妹がいないかどうか、目を凝らしていた。
 早く乗せてやりたい。なぜ出てこないのかと苛々する。この船は直ぐに島を離れるだろう。そうなればもう、助からない。後から来るという船に希望は託せない。とある船は、暴動を起こした人々が乗り込み、自ら沈んだという。
 早く出て来い。頼むから早く。
 焦る少年の瞳に、前に走り出てきた弟の姿が映った。弟の腕には生まれたばかりの妹が、この騒ぎにも気付かず眠っている。
 ――駄目だ。そこからでは群集に埋もれて引き上げることができない。
 上から見ていた少年は、迂回してくるように必死で腕で示す。叫んだ声は悲鳴のようだ。弟の隣には友人の姿もあった。彼らは既に適齢期を迎えていた。体格も良い。老人幼人でもないし、大丈夫。下ろされることはないだろう。大丈夫、助かるんだ。
 船の前に出た二人に乗るよう指示したが、なぜか二人は拒否をした。あろうことか、眠る妹だけを差し出そうとする。
 苛立ちのまま「なぜ」と怒鳴ると彼らは困惑したように船を眺め、「これ以上乗ったら船が沈むだろう」と当然のように返した。
 少年は言葉に詰まった。
 もはや誰の目から見ても船は沈む。それでも、残っていたら更に確実な死が待っている。
「この島には直ぐに海賊が来る。残っていたら殺される!」
 言葉少なに言い聞かせながら、堪えきれずに手を伸ばす。少年の叫びは人々の悲哀に掻き消され、弟以外には届いていないようだった。
 弟と友人は、その言葉と切羽詰った様子に顔を見合わせ、船に乗り込んだ。二人と赤ん坊が船に乗った直後、船が桟橋を離れた。
 少年は安堵で涙が出そうだった。
 島に残された人々はいるというのに、少年の胸は弟と妹を助けられた安堵で満ち足りる。他人がどうでもいいとは思わなかったが、そこにまで気を回していられない。やはり自分たちの家族が一番で、他人は二の次だ。
 船の片側では今回引き上げられた者たちが数えられていた。
 少年は弟とその友人を示しながら、この者たちも数に入れて欲しい声を張り上げる。数を確認していた男は振り返って頷き、二人を数に入れた。
 今回引き上げられたのは27人。たったそれだけ。次にあの島を訪れる船も、どこまで乗せることができるだろうか。
「お前らなら、無理矢理下ろされるってことはないだろう」
 他に乗せられた者たちの中でも、特に、自分の弟たちならば。
 徐々に込み上げる嬉しさに微笑みながら――少年は気付いた。もう1人の家族、母親の存在がないことに。
「母はどうした?」
 少年の言葉によって弟もようやく気付いたのか、友人と顔を見合わせた。言葉は何もない。代わりにその顔色が青褪めていく。
 もしかして既に海賊の手にかかって死んだのだろうか、と嫌な予感が湧く。どうした、と強く訊ねると、弟は少し窺うような仕草をして、弱々しい声を出した。
 そんな弟の言葉に、うめく以外のことができただろうか。
「待ってる……」
 弟は表情を強張らせたまま、そう言ったのだ。
「何?」
 少年は聞き返した。
「家で待ってるからって」
 そのとき少年の胸に浮かんだのは、人ごみに出ることができないほど体が弱い母への怒りか。それとも、母が帰りを待っていることを承知しながら船に乗った弟への怒りなのか。
 あのときの弟に冷静な判断ができていたとは思えないが、少年は何も言わず、過ぎ去った島を振り返った。
 ――駄目だ。船は既に島を遠く離れてしまっている。助けに、行けない。
「くそう……っ!」
 島では直ぐに略奪が始まるだろう。そして火が放たれるだろう。
 用済みの島は直ぐに焼いて痕跡を消す。それが、今回現れた海賊の流儀らしい。島を後にした船の中から、少年は何度もそんな風景を目にしてきた。
 嫌悪を催す下品な笑いを浮かべ、次々と略奪し、火を放つ海賊たち。逃げ惑う人々の中に、母親が加わることになるのか。
 少年はぼんやりと、そう思った。
 母は――そんな中で逃げてくれるだろうか。生き延びてくれるだろうか。次の船に乗ってくれるだろうか。いいや、母は乗らない。母は弟に「ここで待っているから会って来て」と告げたはずだ。島が火に巻かれることを知らないからこそ、きっと弟が帰って来ると信じている。
 海賊たちの略奪が始まり、混乱のただなかに落とされようと、それでも待っている。母はそういう人間だ。帰らぬ弟を待ちながら、炎に焼かれるとも知らないで。
 船は既に遠く離れてしまっている。残される人々に余計な混乱と恐怖を与えぬよう、意図して隠してきた海賊の情報を渡す術も、もはやない。
 深い絶望の淵に立たされながら、少年は弟を強く抱き締めた。
 こんなとき、人は何を願えばいいのだろう。
 一番最初に人々が辿り着いた希望の船へと向かいながら、少年は泣きながら願う。

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