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第四話

【四】

 サーフォルー海軍は王が所有するひとつの軍隊だ。
 将軍位の人事は王が決定権を持ち、有事には王が全指揮を執る。王の元には海軍に関するあらゆる情報が集められた。これは昔からの風習だ。何世代か前は王国もさほど規模がなく、軍隊を把握するのも容易だった。
 けれど時代が変わり国交が開かれ、各所に不満が溜まるようになると、海にばかり目を向けていられなくなった。政務を執りながらの兼務は容易ではない。そこで王は、軍事長の位を設けた。
 軍事長とは陸軍、海軍の両方に通じる役職だ。軍事長が王の代わりに各軍からの報告を受け、内容を精査して王に報告をする。月に一回の軍事会議では軍事長が進行を務めている。王は軍事長の隣で会議に参加し、議決を承認する。
 ヴェラークの解任はガヴィルートの一存で決められたものだった。しかし将軍の立会いのもと下された決定は、軍事会議を経た決定と同じ効力を持つ。王にだけ許された決定権だ。
 ダルスたち一味を捕らえた後の、最初の軍事会議。内容は海賊たちの処罰について終始した。出席者は王都に隣接する四領主の四将軍と、陸軍長、海軍長、王都の諸侯、そしてそれぞれに従事する側近たちだ。いつもと同じ顔ぶれ。多くの注目を集めた海賊だから、となかなか決まらない。
 軍事長、エーデルバンドが窓の外を見て時間を告げた。
「罪科の洗い出しを進めているところだが、なにぶん人が多くて時間がかかる。加えて彼らは結束が強い。なかなか口を割ろうとしない。被害申告者との照合は先送りにすべきであろう。まずは公的文書の被害状況だけを把握したい」
 皆が満場一致で同意する。
「照合はホーイルーク海軍長に任せよう」
 視線が海軍長に集中した。彼は静かに頷く。エーデルバンドも頷いた。
「処罰についても先送りとし、続いての議題に入る」
 少し嗄れた声で会議を次に進める。その隣で、エーデルバンドから渡された会議書に承認印を押していたガヴィルートが顔を上げた。
「次の議題は、オーカキス島の海域について、である」
 海賊たちと衝突した海域は、能力者たちを多数投入したことにより天候が崩れていた。オーカキス島の駐屯軍からはいまだ荒波がおさまらないと報告を受けている。無国籍の島で行われた戦闘に、他国や島民たちから非難を向けられるのは仕方がない。島民からの非難は少ないが、他国からの圧力が、今は強く軍事局へ向けられていた。
「観測者からの報告では、第六領付近に妙な嵐ができている模様だ」
 部屋の前方に海図が張られる。オーカキス島とジェフリス本土とに絞った地図の中、問題の箇所を指し棒で示す。
「これにより以下の海域でさまざまな弊害が発生している」
 エーデルバンドは問題の海域を複数読み上げた。海軍関係者は特に強く身を乗り出して地図を眺める。ガヴィルートも地図を振り返りながら眺め、険しい顔をした。
「これらの海域についてはホーイルーク海軍長より報告が上がっている。資料を配っているが、見ていただけるかな」
「海流の変化か」
 小さく呟くガヴィルートを一瞬だけ見やり、エーデルバンドは会議を進める。
「詳細は現在確認中である。しかし、広範囲に渡る変化のため、こちらも把握が難しい。海賊ダルスがまだ捕まっていない。彼が王都に近づく可能性は極めて高い。その守備のため、陸軍を各地から王都に集中させている。海域にも巡視船を集めている。海域調査に割く人手が少ないことは重々承知しておるが、ここはホーイルーク海軍長にお願いするしかない」
「私どもも努力はしておりますが、充分な探索ができているとは言い難いものがある。既に幾つかの定期船や漁船に影響が出ています」
 精悍な顔つきを少し歪めて深いため息をつく。
 軍を持たない諸侯たちは口を挟めず、手元の資料を見つめるばかり。
 ガヴィルートが机の上で両手を組んだ。
「私からひとつ提案がある」
 深く染み入るような声音に誰もが顔をあげ、王を見た。皆の注目を集めた王は穏やかに微笑んで口を開く。
「軍学校には訓練用の船がある。全部で十三隻だ。彼らを王都へ集めてはどうだろう。将来を担う若者たちだ。彼らにも歴史の立会人となって貰いたい。それに、海域探査は彼らにとって良い経験になるだろう。優秀な人材の選出にも一役買える」
 あらゆる面で利点が浮かぶ。実地で学べるならば、生徒たちも喜ぶだろう。
「調査済の海域ならば安全でしょうが、未知の海域が生まれている以上、それには賛同しかねます。生徒たちが危険です」
 ホーイルークが静かに首を振る。それに対し、四領主が反論した。
「学校では、生徒たちだけでマルク諸島へ向かう卒業演習を設けています。ご存知でしょうがマルク諸島は昔、海賊の隠れ家として使われていた島です。今も定期的に将軍たちによる巡視船を出しているが、そこで海賊が見つかった例がいくつもある。それに活火山の影響で地形も変わり、1年ごとに海図が書き直されている。その例を捉えれば、教官配備の王都航路はずいぶん優しい航路となりましょう。私たちは王の意見に賛成です」
 毎日のように領海へ出て、艦長としても活躍している四将軍たちの方が、現状が良く見えている。ホーイルークは彼らの強い眼差しにたじろいだ。
「卒業演習はそれまでの勉学の集大成だ。今回の航海は、そこまで勉学を積んでいない生徒たちが対象ではないか」
「経験は何にも勝る宝と言うではありませんか。危険なら危険ではなくする方法を自ら学んできますよ」
 ラーダ将軍が勝気に微笑む。
「オーカキス島の対応にも苦慮しておられるのでしょう? 意外な所からの人手、使えるものなら使っておいて損はありません。将来私たちの味方になる仲間なんですから」
 ハーブ将軍も頷き、残りの二将軍も同意するように笑った。ホーイルークは視線を外して考える。けれど答えはもう出ている。背に腹は替えられない。調査に多数の軍人を割くことを考えれば、ずいぶんと都合がいい。少数の軍人を派遣するだけで事は足りるだろう。
「ホーイルーク海軍長。いかがなさる?」
 エーデルバンドに促されてホーイルークは苦々しく頷いた。
「王のご提案に賛同いたします」
 流れを見守っていたガヴィルートはただ頷いた。
「それでは、手配はホーイルークに一任しよう。領海の通航許可も忘れるな。私も子どもたちを命の危険には晒したくない。現地の教官たちが危険を感じたら直ぐに我が軍が救援に向かえるよう、特別措置を命じる。あとで許可証を出そう」
「今、出せますか?」
 楽しそうに綻んでいたガヴィルートの顔が、横からの口出しに、苦々しく変わった。
「いえ、会議が終わったら別の予定が入っていると聞いておりましたもので。そうなると許可証が出せるのは早くても明日となりましょう。今日と明日では何が起きるか分かりませんのでね」
 エーデルバンドのにこやかな笑みがガヴィルートを追いつめる。
「許可証には今陛下が持っている印章で充分でございますよ」
 先ほどまで議決した議題に押していた、右指の印章を指す。予備の紙はいつも引き出しに入れてある。できないことはない。ただ、下書きがない紙に書くため、文章をガヴィルート自身が考えねばならない難所が待っているだけだ。
「――分かった。会議が終わるまでには仕上げておこう」
 鼻から息を吐き出して額を掻いた。近くの衛士から筆記具を貰い、真白い紙と向かい合う。その姿にエーデルバンドは皺を少し動かし、瞳を優しく和らげた。視線を会議場に戻して皆を眺める。
「では最後に……」
 まだ限られた者しか知らない、王の独断。
 エーデルバンドはスッと息を吸い込んで吐き出した。
「先日、ガヴィルート王より人事異動の計画があった件について、あなたたちに仔細を伝えましょう」
 会議に参加している者の中で、知っている者と知らない者と、半々だ。知らない者はかすかに眉を寄せてエーデルバンドを見つめた。
「第八領領主、海軍大将、第八番艦隊艦長、ヴェラーク=カーデ。彼の著しく奔放な行動によって軍の統制は阻害され、オーカキス島沖の海戦で多くの死傷者を出しました。この責により艦長から解任。以降の第八番艦隊艦長は、既存の将軍から選出することにします。発令にはドーガ大将、ラード大将、バード中将が立会者となりました」
「我が国の死傷者は8名。この中にはカーデ大将の次女イリア=カーデを含んでおりましたが、先日カーデ大将より生還報告がありました。赤い海賊の死傷者数を把握するのは困難ですが、現時点で判明している人数は82名です」
 ホーイルークが報告を読み上げてもガヴィルートは許可証から視線を外さなかった。しかしイリアのくだりだけは羽ペンを止める。終わると何事もなかったように続きを書き始める。
 白々とした沈黙が流れた。エーデルバンドは報告書に目を落とす。他の将軍たちも同じだ。将軍たちには特に同僚という思いがあるからか、表情は一様に悔しげなものだった。対して王都の諸侯たちはほとんどが事前に知っていたため、事実の確認を淡々と聞いていただけだった。
「ヴェラーク=カーデの人事異動については、まだ極秘とする。民たちに反軍感情を広げたくない」
 エーデルバンドの言葉に全員が目だけで頷いた。ガヴィルートがサークレットを光らせて顔を上げる。椅子にもたれ、全員を眺めた。
「既に決定事項である」
 すべてを支配する王者の声が、静かに会議室を包み込んだ。


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 雪が降り始めてきた。
 ライデンは空を見上げて瞳を瞬かせた。
 一年前、王が見守る前で秘密裏に行われた剣試合を思い出す。相手は第三師団の騎士団長。試合はものの数分で終わったが、凄まじい疲労感を覚えた。終わった直後は眩暈で立てなかったほどだ。
 結果はライデンの勝利。全軍の団長が膝を折り、ライデンの指揮下に入ることを認めた。それは、名実共にディラック=ライデンの称号が認められた証。誇らしく、嬉しかった。けれど同時に恐怖を覚えた。
 戦争終結と共に各地に散じていた将軍が中央へ呼び戻され始めた。その内の一人がセヴィラル=ヴァレンだ。先の戦でディラック=ライデンに関わった人間はほとんど残っておらず、少人数だけで行われた紹介はとても簡単なものだった。
 今回のような放蕩癖がついたのはその頃からだ。
 冷え込みが強くなってきて、ライデンは身体を震わせる。近くには町の気配がなく、道は延々と続いていた。まさか風邪の心配はないだろうと思っていたが、考えが甘かったかもしれない、と後悔が脳裏を掠める。
 このまま道なりに行けばエトレー男爵の領地に着く。だがヴァレンは兵を配しているだろう。一般兵がライデンの顔を見知っていることはないが、あの彼が、どのような手を使っているか分からない。軍人と接触する機会は避けた方がいいだろう。
 ライデンは道の真ん中に立ってうなり声を上げた。
「このままドーラルにでも会いに行っちまおうかなー」
 本気ではないが、途方に暮れてぼやく。
 ドーラルとは国境線の守護を命じられている辺境伯で、金の髪をした精悍な男性だ。齢は40を超えているはずだが、まったく衰えを感じさせない。何度か彼の剣試合を見たことがある。これならば背中を預けても大丈夫だと確信できるほど強いものだった。現役時代は更に強かったのだろうと思うと心が躍った。
 彼は王より贈られた称号を断ったと聞く。会いに行っても、困ったように笑うだけだと思う。
 そこまで考えてかぶりを振った。本格的に会いに行きたくなる前に、早々に決断しよう。進むか、戻るか。
 脳裏に王の顔が過ぎり、足が自然と王都の方へ向いていた。そのことに気付いたライデンは苦笑する。
「やーっぱ戻るか」
 即断即決。
 ライデンは王都へ向けた足をそのままに、歩き出した。道なりに行く必要はもうない。羅針は身体に刻まれている。針が示す先に王がいる。
 小雪が舞う中、街道を外れて森へ踏み入った。


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 わずかに勾配がついた森のなかは寒さで地面が固くなっており、思いのほか歩きやすかった。先ほど降り始めたばかりのため、雪化粧はさほど濃くはない。音は雪に吸収されて、誰の気配も感じない。雪を踏む音だけがライデンの存在を示している。
 軽装でいたライデンは鼻の頭を赤くしていた。ここで風邪を引いたらセヴィラルに呆れた顔をされるんだろうなと思うと面白くない。唇を引き結んで足早に歩く。
 ライデンの足ならば一週間ほどで王都に辿り着くだろう。
 やや小走りになりながら進んでいたライデンは顔を上げた。足を止める。白い息が空へ昇っていく。先ほどとは何も変わらない静寂のなか。それでも、張り詰めた緊張感がライデンの神経を昂ぶらせる。
 殺気が見えた。自分に向けられたものではない。何かの縄張りに入り込んでしまったのだろうか。普段なら気付く気配だが、今は勘が働かなかったことが不思議だ。
 張り出した根に足を取られないよう気をつけ、違和感を覚えた方へ向かう。気配を殺して樹に隠れた。そして、殺気の正体を目撃する。1人の女性が、複数の男たちに囲まれていた。けれど男たちは襲い掛かろうとし、そのまま倒れた。
 少しの間を空けて女性が口を開いた。
「どうぞ、おいでになって? 私に危害を加える者でなければ歓迎いたしますわ」
 山賊たちを地に伏せた女性が微笑みを向けていて、ライデンは驚く。最初からこちらの気配は筒抜けだったのだと知る。
 彼女は膝下まで隠す長い外套に両腕も隠していた。山賊たちを一瞬で切伏せられそうな武器は見当たらない。先ほども、彼女は動かないままだったのに、山賊たちは勝手に血を吹いて倒れたように見えた。積もった雪に赤色が滲んでいる。
 風が彼女の身体を包んでいた。風の音がライデンまで届く。先ほどまでの無風が嘘のようだ。風はライデンの元まで辿り着き、人の手のように背中を押した。幹に隠れていたライデンは剣をつかんで振り返ったが、誰もいない。不思議な感覚に内心で首を傾げる。意を決して彼女に近づいた。
「あなたこそ。私に危害を加える者でなければお近づきになりたい人材のようだ」
 ライデンはいささか声を低くしながら笑ってみせた。他国の者たち、特に将軍たちにはディラック=ライデンの英雄伝が色濃く残っている。彼らの理想通りに振舞うのは慣れている。
 警戒心を抱いたまま近づき、そう告げると金髪の女性は首を傾げた。彼女がまとう防寒具はミフト大陸の物だが、彼女からは異国の雰囲気を感じた。
 女性は少しだけ双眸を瞠らせ、今まで以上に艶やかに微笑んだ。その微笑みにライデンは不審を抱く。足を止めた直後に彼女の微笑みは挑戦的なものへと塗り替えられ、そして次の瞬間、ライデンに向かって真空の刃が放たれた。先ほど彼女が男たちに向けたのと同じ攻撃方法だ。
 これに当たればやばい。
 本能で悟ったライデンは瞬時に剣を抜き放ち、風を叩き割った。霧散した風が再び集まることはない。それでも一瞬で高められた戦闘欲はそのままライデンを衝き動かして女性に刃を向ける。どのみち、自身に向けられたのは攻撃。躊躇う理由はない。
 風を割った勢いのまま女性に繰り出された剣だったが、途中でバランスを崩した。意識しないままライデンの剣は空を切る。まさか外すなどあり得ない、と動揺したのも束の間、今度は酷い耳鳴りがしてその場に膝をついた。
「……危ないわね」
 先ほど外したのはこの耳鳴りのせいか。そう悟ったライデンは、その耳鳴りが何のせいなのかも理解していた。異国には様々な力が現存している。彼女が揮ったのはそのうちの1つなのだろう。
 痛みに眉を寄せながら顔を上げると、女性が目の前にいた。勝気そうな瞳がライデンを見下ろしている。その表情にはもう笑みはなかった。彼女は手を触れずにライデンの剣を取り上げる。腰に固定された鞘もいつの間にか取り上げられ、剣は鞘に収められた。まるで魔法のようだとライデンは思う。
「鼓膜は破ってないから安心して。剣は返すわ、ライデン将軍」
 微笑む彼女を呆然と見上げる。
「私はシャルゼ=アーリマ。今のはひとつ貸しね」
 剣を左手に持ち、腰を屈めてシャルゼは右手を差し伸べる。
 微笑んだままライデンの腕を引く。
「あなたを誘拐しに来ました」
 逃れられない金の茨檻に捕らえられたかのように感じた。
 ――ああ、ドーラルの髪も金色をしていた。
 ライデンは無言のまま立ち上がるとシャルゼを見つめた。
 年齢を重ねて老成したドーラルと違い、彼女の瞳には弾けるような若さを感じる。実際、彼女は若い。まだ二十歳も迎えていない少女だ。初対面で向ける言葉に難はあるようだが興味を引かれた。
「シャルゼ=アーリマ?」
 ゆっくりと微笑みながら紡ぐとシャルゼの瞳が丸くなる。
「貴方は私の名前をご存知のようだ。そんな私を誘拐するとは――穏やかではありませんね」
 と、告げた直後にライデンの目の前が何かで塞がれた。慌てて剥がすと、何かの紙だ。不審に眉を寄せながらその紙を見たライデンは思わずうめいた。
「あんにゃろう……とうとうやりやがったか」
 紙は、ライデンの似顔絵が描かれた手配書だった。褒賞には金貨50枚が掛けられている。人々はこぞってライデンを売り払うことだろう。この女のように。
 思わずうめいたライデンだったが、小さな笑い声に顔を上げた。シャルゼが可笑しそうに笑っている。
「貴方も金貨50枚に釣られた口か」
 舌打ちをしたが名案を思いついて表情を明るくする。
「ヴァレンに突き出されるのは癪だ。俺も金貨50枚を約束するから、このまま見逃しちゃあくれないか?」
「私はジェフリス国の者よ?」
「そうか……異国の旅人だったな。実家を教えていただければ、そちらにお届けしますが?」
 シャルゼは小さなため息をついた。
「お断り。金貨50枚などより、私は貴方が欲しいんです」
「は……」
 ライデンは声を失う。シャルゼを見ると、彼女は腰に手を当てて呆れていた。どうにも妙な沈黙が流れる。
「正確には――脱走兵になるような奇特さと、将軍という地位を、利用させて頂きたいの」
 お願いではなく強制だった。
 強引な話にライデンは瞳を瞬かせ、戸惑いながら笑みを浮かべる。シャルゼの瞳には後ろめたさなど微塵もない。先ほどよりも強く興味を惹かれる。
「将軍相手にずいぶんと強気な娘だな」
「貴方は私の指示に従わなければならない。なぜならこれは、脅迫だから」
 にっこりと微笑んだシャルゼは指を鳴らせた。その途端、周りの木々が揺れて雪がボタボタと落ちてくる。幹を揺らした風は小さな雪煙を上げて、ライデンの周囲を飛びまわった。一瞬だけ鋭さを増した風が細い枝葉に当たり、枝は切断されて雪に落ちた。
 目に見えない魔法のような力。先ほど、男たちを倒した力と同じだ。彼女は自由にそれを操ることができるらしい。
 ライデンは今まで忘れていた男たちを眺める。本当に意識がないのか、恐れて起き上がれないのか、男たちは微動もせず倒れ続けている。このままでは死ぬのではないかと思った。だが自業自得だ。哀れに思う所以はない。
「なるほど。その力があるから私が従うと、信じて疑わないわけだね。確かに、私はまだ死にたくない」
「なら黙って従っていただけるかしら?」
 ライデンはどう答えようかと唇を閉ざす。シャルゼは明らかに争いに慣れていない。妙な力を持っていたとしても、こちらが隙を見せず、剣を突き出せば終わりだ。彼女よりも早く動ける自信がある。だが魅力的な申出に心が傾く。
 結局ライデンは、数秒沈黙した後に頷いた。手を差し伸べる。
「興味が尽きるまでは貴方に従いましょう」
 シャルゼはホッと息をついて微笑む。
「貴方が奇特な方で本当に良かったわ。ありがとうございます、ライデン将軍」
 伸ばされた手をつかみ、握手を交わした。

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