二周年記念企画小説 01

「どうして私はこんななのだろうな」
 光が差し込む研究塔で、カリアは頭を抱えながら唸っていた。
 師と仰ぐエクタと出会ってから魔法の腕は随分上達したと思う。けれど肝心の制御方法が上達しない。これでは危なっかしく、大衆の前で魔法の披露など出来やしない。一週間後には魔法使い人生を賭けた披露宴があるというのに……これでは落第決定だ。
 カリアは涙を浮かべ、脳裏に屋主の姿を思った。
 師であるエクタの雇い主。一年前にフィランという貴族の娘と婚礼を挙げ、現在は家督を譲られ町の領主となっている男――バルメダの事だ。
 エクタが住み込みで彼専属の魔法使いをやっているという事で、カリアも殆ど押しかけの形で居候している。迷惑がられているのも知ってはいるが、それでも自分にはこの場所以外に行き場所が無いのだ。
 王宮を出たのは三年前。修行の旅に出なさいと命じられ、それから二年の間は様々な魔法使い達を渡り歩いた。
 凄まじい魔力を持った王宮魔法使いにも教えを請うたし、今にも臨終かと思われるような高齢魔術師にも会った。高名と聞けばどんなに遠くでも会いに行って修行を重ねて来た。けれど一向に上達の兆しが見られないのだ。
 ある魔法使いからは『才能がない』と言われ、また別の魔法使いからは『諦めた方がお前の為だ』と言われた。
 簡単に諦められるような事では無かったが、ここまで駄目だといっそ潔さが生まれるものだ。次に会う魔法使いでも駄目だったら諦めようと。失意の底を彷徨いながらそんな覚悟を固めて次の町へ足を伸ばし、そうして。カリアは今の師であるエクタと出逢ったのだった。
 初めてエクタと出会ってからもう一年が経とうとしている。
 今まで会ってきた中で誰よりも若く、且つ聡明さを備えた優秀な魔法使い。更に彼はとても辛抱強く、今までカリアが何度失敗を繰り返そうと笑って許してくれた。途中で投げられる事もなく、最後までシッカリ面倒を見てくれる。非常に理想的な師であった。
 彼の恩に報いる為にも何とか上達しようとして来たのだが――やはり、そう上手くはいかないようだ。
 エクタが持つ魔法の知識は非常に豊富で、貴重な魔法薬の作り方や復元魔法などを様々教わった。その中でも机上での薬作りは結構上手くいくのだ。エクタも驚くほどの上達を見せ、特にカリアに最も必要だと思われる復元魔法の覚えは早かった。
 けれど魔法使いであるからには、やはり求められるのは外での仕事。
 机上での魔法は上手くいくカリアであったが、どういう訳か大衆の前でやろうとすると必ずと言って良いほど失敗するのだ。
 崩れた屋敷を直したり、水路を引いたり、時には天候まで操ってみせる。それが出来なければ一人前の魔法使いとは認められない。外で魔法を扱うたびに暴走させていたのでは、誰も依頼などしてこない。
 何とかしなければいけないとは思うものの、カリアはまだ何の成果も上げていなかった。
「カリア?」
 扉が叩かれ、響いた声に顔を上げる。
「どうしたのカリア? 呼んでも返事が無いんだもの。少し驚いたわ」
 視界に入ったのは小柄な女性。白いが健康的な肌をし、心配そうにカリアを覗き込む。
 この屋敷の主人、バルメダの妻にあたるフィラン婦人である。
 劣等生であるカリアに辛く当たるバルメダとは正反対で、どんなに失敗しようと励ましてくれる優しい女性。エクタと同じく安らぎをもたらしてくれる、非常に好意的な人物だ。趣味は格闘技という一風変わった性格をしているが、心根は誰にも負けないくらい優しい。
 そんなフィラン婦人のお腹には、現在八ヶ月になる子どもが宿っている。
「……すまない、フィラン。あ、いや、フィラン婦人」
「フィランでいいわよ、今更だし。『婦人』なんて付けられると、よそよそしい感じがするわ」
 バルメダからは『フィラン婦人』と呼ぶようにと言われていたのだが、そんな事は一笑に付してフィランは呼び直しを強制した。
 剛毅な性格にカリアは笑みを浮かべ、彼女の優しい態度に視界を滲ませる。
 魔法を失敗してばかりいるカリアの傍に寄るのは危険だからと、バルメダはフィランをこの研究塔に近づく事を禁止にしているのだ。それでもフィランはカリアを元気付けるために毎日通い続けている。その事でもう何度もバルメダと激しい口論を交わしていた事も知っていて――カリアは心底すまなく思うのだ。
「研究が上手くいかないの?」
「違うんだ。研究は問題ない。ただ、一週間後のお披露目でやる魔法が……」
 魔法自体は使えるのだが、丸っきり制御出来ないのだ。規模が大きく複雑な魔法ほど失敗し、いつも消滅か暴走か。そして周囲に与える被害は甚大か。
 真っ先に覚えた復元魔法で修復は問題無いが、それでは何の解決にもなっていない。一体どうしたら上手に制御出来るようになるのか、先は見えない。こればかりはエクタも分からないらしく、困ったように一緒に悩んでいる。
 大きな溜息をついたカリアに、その様子を見ていたフィランは腕組みをした。
「またバルメダね。全く、そんな事しなくてもいいのに。後で怒鳴りつけてやるわ」
「だ、駄目だぞそんなの。また喧嘩になるじゃないか。それに、私が情けないのは本当の事なんだし」
 両手を腰に当てて憤慨するフィランは本当に実行に移すと知っているので、カリアは慌てて引き止めた。そういえば椅子も勧めていなかったと引っ張り出し、強引にフィランを座らせた。
 エクタであれば魔法で椅子を出す事も出来るのであろうが、生憎カリアにはそのような高等魔法は使えない。使えない事も無いが万一暴走したら困るので、フィランの側ではなるべく自分の手でやるようにしているのだ。何しろ彼女のお腹には子どもがいるのだから。
 大人しくフィランが座るのを見て安堵したカリアは、彼女の視線が机の上を彷徨ったのを見て再び慌てた。
「散らかしっぱなしですまないな、匂いに当てられるんじゃないか?」
 机の上には研究に使うため、様々な器具や薬草類が出しっぱなしになっている。人体に有害な成分を含むものはない筈だが、慣れていない人間には強烈な匂いがする筈だ。
 何とか不快さを消そうと走るカリアにフィランは苦笑し、「大丈夫よ」と答えて首を傾げた。
「それで、バルメダは貴方になんと言ったの?」
「え?」
 塔の窓を開けると強風が吹き込んでくる。
 出しっぱなしになっている薬草などには貴重で高級な代物もあるので、カリアは飛ばないようにほんの少しだけ開けるに留めた。そうしてフィランを振り返る。
「バルメダよ、バルメダ。あいつがお披露目なんて馬鹿なことを言い出したんでしょう? 何を言われたのか教えて頂戴」
「えっと、だが」
「め、い、れ、い、よ、カリア」
 エクタと同じくらい恩人であるフィランに睨まれてしまえば、カリアに逆らう術は無くなってしまう。
 バルメダに対するちょっとした罪悪感を感じ、カリアは躊躇いつつもポツポツと語り出した。

 

* * *

 

 ポンッと軽く地面を蹴って姿を眩ませた。偶然その姿を目撃した通りすがりの者達は驚きに目を瞠るがエクタには関係が無い。
 次に現れた場所はとある名家のお屋敷の中で、そこには既に主人であるバルメダが座っていた。
「遅いぞ」
「僕を使いっ走りにしないでくれる?」
 不遜な態度で椅子に腰掛け、立ち上がりもせずにエクタへ視線を向ける。そんな主人に口を尖らせながら手にしていた薬を彼に投げ渡した。
「ご苦労」
「全く、そんな大事なものくらい忘れないで欲しいよ」
 皮袋に包まれたそれを開いて確認し、バルメダが満足そうに頷く。そんな彼の横顔を睨むようにして文句を言いながら、エクタは彼に歩み寄る。
 二人の前では少々皺の刻まれた紳士が一人座っていて、二人のやり取りを楽しそうに見やっていた。
 顔なじみであるこの紳士の前では取り繕う必要も無いだろうと、エクタもバルメダも素で通している。
「いつもながら絶妙なコンビネーションですな」
「冗談言うな」
「冗談言わないでよ」
 二人の言葉に紳士は更に軽く笑い声を上げた。年の功とでも言うのだろうか。いやに余裕綽々の態度でいられると、こちらが幾ら逆らっても無駄な気がしてくる。
 エクタは顔を顰めながらため息をついた。バルメダが座る椅子の背後に立ちながら、先程彼に「忘れたから取って来い」と言われた魔法薬に視線を向ける。それは魔法が使えない一般人にとって万能薬とも言える貴重な代物だ。
 エクタとバルメダは本来の仕事から外れない範囲でこれを売りさばき、お小遣い稼ぎを楽しんでいたりする。
 それを売るだけで生活費は稼げるエクタであったが、交渉術は専らバルメダに頼っていた。バルメダならば自分よりも高額売買が出来るし、そういった交渉術は面倒くさい。
 そんな理由でエクタとバルメダの利害は一致していた。
「しかしこれは私たち一般人にとって有難い神の薬と呼んでもいいくらいの物ですからな。目の前であのような扱いをされると少々――」
 チラリと向けられる視線にエクタは苦笑した。肩を竦めて「ごめんね」と謝ってみせるが、誠意は篭っていなかった。
「代金はいつものように届けさせましょう」
「ああ、毎回買ってもらえて助かるよ」
「とんでもない事ですよ」
 バルメダよりもよっぽど高齢と窺わせる彼は穏やかな笑い声を響かせた。今は傲岸不遜なバルメダも、将来はこんな風になるんだろうか。エクタには全く想像もつかない。
「ところでバルメダ殿、来週新たな魔法使いの顔見せを開くのだとか?」
「ああ、その事ですか」
 それまで上機嫌だったバルメダの声音が微妙に潜められ、背後に立っていたエクタも不機嫌に顔を歪める。
 目の前に座る男性はバルメダにばかり集中していてエクタの様子に気付かない。バルメダの外商顔はかなりの手腕であり、バルメダしか見ていなかった男性にはその話題が禁忌である事すら気付かなかった。
「では本当なんですね、王宮から招いた優秀なる魔法使いという噂は」
「は?」
「いや全くバルメダ殿も人が悪い。今まで我らにも秘密で突然驚かせようという魂胆であったのでしょう? でも人々は敏感ですからね。それほど優秀な魔法使いならば、我らにとってもまた有益なこととなると信じておりますよ」
 目の前で子供の様に顔を輝かせる男性に、バルメダもエクタも曖昧な顔で微笑むしか出来なかった。
 今までならば交渉が終わりその後彼らとお喋りに華を咲かせ、次の商談も円滑に進むよう取り計らうバルメダであったが今回ばかりは早々に退散した。彼が魔法使いの事について色々聞きたがったためと、背後の専属魔法使いがどす黒いオーラを放ちかけていたからである。
 バルメダは男性に丁寧にお礼を述べ、屋敷を後にして――先に外へと跳んでいたエクタはそんな主人を屋敷の前で待っていた。
 不機嫌に唇を尖らせ、横目で睨むようにして腕を組みながら。屋敷を出てきたバルメダが疲れたように肩を竦める。
「なんだよ、あの噂って。あれってカリアの事でしょう?」
「俺も初耳だ。まさかそんな噂があろうとは思わなかった」
「冗談じゃないよ。そんな期待されたらカリアだって余計に緊張するじゃないか」
 それでなくともお披露目なんぞという物を快く思っていなかったエクタの機嫌は更に悪化していく。
 出会ってから一年、本人はどう思っているのか分からないが師であるエクタの目から見て彼女は驚くほど成長を遂げた。制御方法はまだまだだったが、それでも魔法の知識は吸収するように覚えていき、当初と比べて格段に複雑な魔法も扱えるようになったのだ。
「大体バルメダがいけないんだからね。どうしてあんな事を今更思いついたんだ」
「それは勿論追い出す為に決まっているだろう」
 エクタはあんぐりと口を開けてバルメダを見た。そこには表情を崩さず真剣な顔があるばかりで、本気で言っているのだと悟る。まさかそんな返答を返されるとは予想もしていなく、衝撃が去った後にエクタは額に手をつきうな垂れた。
「お前は知らないだろうがな、エクタ。結構苦情が来ているんだぞ。塔が爆発ばかりして困る。一体何をやらかし始めたのですバルメダ様? ってな」
 屋敷の周辺に住む者達からだろう。屋敷に住むものは皆カリアの事を知っているし、彼女が魔法を不得意としていることも知っている。彼女に向ける感情は様々だったが、それなら近づかなければいいのにと思っていたけれど――甘かったか。
「防音までは考えていなかったなぁ」
「それはお前の落ち度だな」
 塔の周辺には復元魔法をかけているため、バルメダにかかる被害はそれ程ないと思っていたのに。流石に音までは考えていなかった。確かに、振り返ってみれば結構な大音声で魔法の失敗をしていたと思う。
「それでお披露目? 周囲にカリアの存在を知らせて納得させる為に? いや、貴方はカリアが失敗してそれを理由に追い出すことしか考えていないか」
「当たり前だろう。早くフィランから危険を遠ざけたいんだ」
 彼の言葉にはエクタも言い返せない。
 バルメダの妻、フィランは現在妊娠八ヶ月目に突入しているのだ。お腹はまだ目立たないが事実である。環境は出来る限り安全の方がいいに決まっている。フィランが塔へと近づかなければバルメダもこんな事までは言い出さなかったのかもしれないが、当の本人がそれを知らずに近づいてくるのだから仕方が無い。一刻も早くカリアを安全だと認めさせなければ本当に追い出すつもりだろう。
「……知っていたけど根性悪いよね、貴方は」
「あと一週間だぞエクタ。追い出されたらカリアは一体どこに行くんだろうなぁ?」
 意味深な言葉にエクタは気分が悪くなって睨みつけた。
「そんなこと僕に聞かないでくれる? 少しでも罪悪感があるなら取り消してよ」
「もう無理だ。まだ俺が正式招待してない奴らにまで噂が広まっているじゃないか」
「あんな噂……」
 今出てきたばかりの屋敷を忌々しく振り返った。
 毎回薬を買ってくれる恩のある人だったが今は恨めしい。
 一体どこであのような噂を嗅ぎつけたのだろう。向こうにとっては珍しい見世物に興味津々かもしれないが、こちらにとっては人生を賭けた大勝負だと言うのに。バルメダに追い出されたら、カリアは魔道師認定書を王宮に返還する覚悟なのだ。
 バルメダは悠々と前を進んでおり、その背中を殺意をこめて睨みつけてやるがこの主人はそんな事には動じない。
 悔しくて、走り出しながらその耳に囁いた。
「今じゃ魔法薬を作る腕前もスピードもカリアの方が僕より上なんだよね」
「なんだとっ?」
 驚き目を瞠るバルメダの声を背中で聞きながら、エクタはポンと軽く地面を蹴り上げ姿を消した。

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