二周年記念企画小説 04

「なん……って事をしてくれたんだお前はーーっっ!!」
 フィランとカリアを見たバルメダの反応は当然だと思う。あまりにも驚いた為か、奇妙なイントネーションが絶妙だった。
「バルメダ、父の怒鳴り声は子どもに良くなさそうだぞ。凄い勢いで今腹を蹴られた」
「なん……っ」
「そうよ。今カリアのお腹にいるのは貴方の子ども。でもカリアを責めるのは最低よ、貴方にも非があるんですからね」
「な……っ」
 女性二人の反撃にバルメダは口をパクパクと空回りさせていた。
 元々、フィランと自分の子どもを本当に楽しみにしていた男である。なんとも誤解を招きそうな二人の発言に再度怒りを爆発させかけたバルメダだったが、先程の『子どもに良くない』という忠告を思い出して口を噤む。
「ま、バルメダなんていなくても、今の私ならカリアをお嫁さんにして子どもを産んでもらうっていう事も出来るけどね」
 いい気味、と言わんばかりにフィランはバルメダを横目で一瞥する。バルメダの額に青筋が浮かんだとしても仕方ないと言えよう。
「〜〜〜っ、エクタッ!」
 ついに堪えきれなくなったのか、彼が叫んだのは専属魔法使いの名前だった。
 廊下で様子を窺っていたエクタは溜息をつき、「やれやれ」と肩を竦めて転移した。
「はいはい。何、バルメダ」
「これを何とかしろ!!」
 この状況下でもマイペースを崩さないエクタだったが、余裕を失ったバルメダは突っ込まない。怒鳴り声を上げて、目の前で飄々とする二人を指差した。
 カリアとフィランの視線がエクタに注がれ、責めるような縋るような、そんな視線にエクタは「面倒臭いなぁ」と思わず零す。
「面倒臭いとは何だ! 主人の一大事だろうが!」
 バルメダにはシッカリと聞こえていたらしい。カリアの忠告など忘れて怒鳴りつける。
「エクタが幾ら戻そうとしたって無駄よ、バルメダが謝るまでは私、ずっとカリアに同じ魔法を掛けて貰うんですから」
「僕が魔法を解くよりバルメダが謝った方が、解決策としては時間が掛からないと思うんだけどな」
 フィランとエクタが、ほぼ同時に告げる。バルメダは怒りのあまりに呆然とし、二人を見比べたが何も言葉が出てこない。
 カリアの腹に視線を移し、無謀な魔法を成功させたカリアの顔へと視線を移して。
「――俺の気は変わらんっ、お披露目が成功しなかったら宣言通りに追い出すからなっ!」
 怒りをそう爆発させて、バルメダは踵を返した。足音も荒く部屋から出て行き、乱暴な音を立てて扉が閉められる。
 瞬間、フィランは「やったぁ」とばかりに歓声を上げ、カリアは緊張していたのか肩に入っていた力を抜いた。そんな様子を見ながらエクタは「やれやれ」と顔を顰め、頬を掻いて。
「有難うね、エクタ! 貴方が無理に魔法を解いていたらどうしようかと思っていたのよ!」
 バルメダをやり込める事が出来て、本当に嬉しいらしい。昨夜の今日で、フィランにとってそれは何よりも嬉しいことなのか。
 両手を取られて笑顔を見せられ、エクタは少しだけ唇を尖らせながら肩を竦めた。フィランに掴まれた両手を外す。
「別に。ただ、カリアが使った魔法は複雑だから。僕では解くのに時間が掛かってしまうっていう事だけだよ。もし間違ったりなんかしたら子どもの命も危ないだろうしね」
「え……?」
 フィランが驚いたように目を丸くし、エクタを見た。エクタはその視線と目を合わさずにカリアを見る。
 カリアは少々困ったように視線を彷徨わせていて、それを見たフィラン顔を顰めて。
「どういう事? カリアに出来たんだから、エクタに出来ない筈がないでしょう?」
 いざという時はアテにしようと踏んでいたらしいフィランはそれこそ一大事のようにエクタを見つめる。
「僕を万能扱いしないでくれる? 魔法は使う人によって掛け方も解き方も多種多様に出来てるんだ。使った本人の癖が現れる。基本的な初級魔法や中級魔法だったら参考書をなぞればいいだけだから簡単だけど、カリアが貴方に掛けたのはもっと複雑な応用魔法だ。下手に僕の魔法が介入したら絡み合ってどうなるか分からないよ」
「で、でも貴方、今までだってカリアの暴走を止めてきたじゃないっ」
「カリアの魔法は他の人に比べて癖が少なくて真っ直ぐなんだ。少し気をつければ何でもないよ。でも今回の魔法は、今までとどこか違って物凄く複雑に絡んでしまってる。魔法っていうのは心理状態にも深く影響するからね。カリアには課題が山積みだし、そのことも関係してるんじゃないのかな。どっちにしろ、今回の魔法で僕をアテにするのはやめてって事」
 憮然としたエクタの説明が終わると、ようやく事態に気付いたのかフィランの顔色が青くなる。単なる意趣返しのつもりが大事になってしまいそうな気配に言葉も無い。
「大丈夫だぞ、フィラン。掛けたのは私なんだから最後まで責任を持つ」
 声自体は頼もしい限りなのだが、今まで暴走させてきた経歴が不安を呼ぶ。胸を張ったカリアに向けるフィランの視線は非常に複雑で、けれどカリアにそんな態度を取るのは失礼だと思い直して頷いた。
「そう……よ。大丈夫。バルメダの子どもが簡単にどうにかなったりするものですか。バルメダが再起不能になるまで、頑張るわよカリア!」
「ああ!」
「それでも今すぐ元に戻ろうとはしないんだね……」
 そして目的はバルメダの再起不能だったのだろうか。二人は気付いていない。
 エクタの声すら、目の前で決意を固める二人の耳には入っていないようだった。

 

* * *

 

 とんでもない事をしでかしてくれた二人を脳裏に過ぎらせながら、バルメダは自室へ戻っていた。苛立ちも露に椅子に腰掛け、瞳を閉じてこめかみに指を当てている。
 部屋には誰もいず、バルメダの怒りを受けるものは存在しない。そのはずだったが、動いた風にバルメダは瞳を開けた。
 鍵をかけたこの部屋に入ってこれる者など一人しかいないと分かっていたが、その姿を確認した途端に落胆する心の動きを感じてしまう。
「――何の用だ」
「不貞腐れてるんじゃないかと思ってさ」
「余計なお世話だ」
 椅子を回し、部屋へ現れたエクタから体を逸らす。足を組んで机の上に乗せた。随分と腐っているらしい。
「今回の事には僕も呆れてるけどさ、一番呆れてるのは貴方にだよバルメダ」
 床を軽く蹴る音が聞こえ、机の上へと遠慮なく乗り上げたエクタに鋭い視線を投げかけた。いつもは気にならない彼の行動だったが、今は些細な事でも気に障る。
「俺が一体何をしたっていうんだ!」
「何もしてないと思っていたの、貴方は」
 心底あきれ返った様を表すように、エクタは宙に浮かんで体をそらせて見せた。ふわふわと宙に浮かぶ彼の上へは絶対に立つ事が出来なくて、バルメダは握り締めた拳を机に叩きつけることで怒りを表す。
「誰も彼もが俺ばかりを責めて……くそっ、俺は何も間違っちゃいないぞ!」
「へーえ、フィランがあんな事考えついたのはバルメダに原因があると思うんだけどね。子どもがいるって分かってるのに我慢し切れなかった貴方の忍耐力とか」
 思わずバルメダは言葉に詰まり、エクタを睨み上げたが彼は全く動じない。時折エクタには鉄の心臓がついているんじゃないかと疑ってしまう。
 一瞬湧いた怒りをやり過ごし、バルメダは机へと体を向けた。肘をついて両手を組み、その上に顎を乗せて溜息をつく。机に軽く足をかけていたエクタが離れたのが気配で分かった。
「……新婚を満喫しようと思ったら休暇を嫌がったお前がカリアを連れてきて。フィランは女同士だからって、俺との仲を深めるどころかカリアの所にばっかり足を運んで。折角の休暇時期にフィランと二人で過ごす時間は削られて、そう思ってたら子どもが出来てっ!」
 徐々に声を荒げたバルメダは、激昂して両手を机に叩きつけた。
「俺だって男なんだよっ、いつまでもこんな生活続けていられるかっ!」
 叫ぶとあからさまな溜息が寄越された。唇を引き結んで睨みつけると肩を竦められ「あのねバルメダ」と静かな声が返される。
 バルメダよりも遥かに童顔で幼い顔立ちの少年魔法使いは一体イツ頃から外見が変化しなくなったのだろうか。バルメダが覚えている頃と全く変わっていないように思える。実年齢はバルメダより少し下ではあるが、年齢から連想される外見と全く合っていない。
 魔法使いというものは普通の人間よりも長生きするとは聞いていたけれども。
「つまりカリアに向けていたのは嫉妬なんだね。そんなことじゃないかと思ってたけど、貴方って人は……」
「男の嫉妬が見苦しいなんて誰が決めたんだ」
「僕から見ても見苦しいよ」
 冷ややかに言い切られて言葉に詰まったが、バルメダは聞かなかったふりでそっぽを向いた。
 唇を尖らせてあらぬ方を見やるバルメダを、エクタは眺めながら嘆息してふと表情を変えた。エクタから顔を逸らしていたバルメダは気付かなかったが、エクタは何かに集中するような様子を見せたその後に笑みを浮かべた。
「まぁ、それでも、以前のような女遊びを繰り返さないだけマシだと思うけどね」
「ふん。そんなことして面倒な事になっても困るからな」
「はいはい。じゃあ僕はご主人様のフォローとして、カリアを何としても成功させるように努力するよ。カリアを疎ましく思うのが本心だとしても、王宮に戻るなんて言われたら引き止めざるを得ないよね、貴方は情の厚いお方だから」
 途中、反論する様子を見せたバルメダを押し切って最後まで続けた。言い切ったエクタはバルメダに笑い、そのまま転移をする。
 バルメダは苦々しく舌打ちして頬杖をつこうとし、気付くのだ。きっとエクタが持ってきたであろうワインが机に置いてあり、一緒に飲むつもりだったんじゃないのかと首を傾げて――立ち上がる。
 足音を消すように扉に近づき、出来る限り音が鳴らないように気をつけて鍵を外す。そして勢い良く扉を開くと悲鳴が上がる。外で聞き耳を立てていたであろうフィランが、男装をしたまま転がり込んできた。
「なー……にを立ち聞きしているんだお前はっ!」
「きゃーっ!!」
 聞かれていたのだという羞恥心から、真っ赤な顔で怒鳴り声を上げたバルメダに。同じく真っ赤な顔で小さくなり悲鳴を上げたフィランは。屋敷の者達が駆けつけてくる前にと部屋へ姿を隠して鍵をかけた。
 和解はきっと、簡単なこと。

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