二周年記念企画小説 05

 フィランと別れて研究塔へと戻っていたカリアは、窓辺に佇み外を眺めていた。明かりが入らないように調節されて建てられた塔の中、それでもそこが唯一光を浴びる事の出来る場所。
 外へ出て直接日光を浴びた方がいいと分かっていても、気持ちはお披露目にばかり行ってしまって塔から出る事が出来ないのだ。
「子どもがこんなに重いものだとは知らなかったな」
 ぽつりとそう呟いて、カリアは腹をさすった。
 見ようによっては「食べすぎ」で済ませる事が出来そうな体型であるが、子どもが入っている証拠である。それほど目立たない膨らみであったが、数時間前まで何も無かった身としては違和感を伴った。
 自分の子どもでないとは言え、時折中から蹴られて自己主張を繰り返され、宿る証拠とばかりの重さがあれば実感できる。同時に、守る事が出来るのは自分だけなのだと、妙に慎重な行動を取ろうとしてしまうのは母性本能なのだろうか。
 カリアは少々唇を尖らせて頬を掻き、先程まで騒がしかった屋敷を窓から眺めた。
 『魔法は心理状態にも大きく関わるものだ』というエクタの言葉に、体が震えた事を思い出す。見破られたかと思ったのだ、自分の浅ましい心が。
 師であるエクタが『解く事は困難だ』と断言したほどの魔法をかけてしまった事に、今更ながら怯えが走る。自分にしか解けない魔法。フィランが望んだ時、本当に解く事が出来るのだろうか。
「ええい、考えても仕方が無い。今はお披露目のことを考えるんだ!」
 かぶりを振って無理矢理思考を締め出し、カリアは窓辺から離れた。重い体を引き摺り魔法薬が詰まった棚へと移動する。
 とにかく何かをしなければと、焦燥するように棚をまさぐった。手に触れたものから次々机へと並べ、棚の整理をするのかと思われるような量を取り出した。
 それでもまだ満足がいかなかったのか、カリアは更に魔法薬を取り出そうとする。
 いつもは使っていない高い棚の奥にまで手を伸ばそうと、カリアは爪先立ちになって腕を伸ばした。
 早く魔法を完成させないといけないのだ。余計な事に囚われている時間はない。悪くすれば、あと一週間弱で自分はここを出て行かなければいけないのだから。
「カリア!」
 背後から飛んだ鋭い声にカリアの体はビクリと震え、魔法薬を引き出そうとしていた手を思わず放した。半分以上引き出されていた高い棚の引き出しは突然支えを失いバランスを崩す。
 ――フィランの子どもがいるのに。
 頭上に降り注ごうとする大量の瓶たちを視界に入れ、咄嗟に飛び退こうとしたカリアは重い体に自由を奪われた。魔法で身を守ろうと考えが回った時には間に合わない所にまで瓶は迫っており、カリアは高く長い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
 硬く瞳を閉じて頭を抱え、同時に腹へ衝撃が伝わらないように片手で支える。
 大量の瓶が割れる音を聞いた。瓶に詰め込まれている魔法薬には液体状の物もあり、倒れるカリアに容赦なく降り注ぐ。鼻を刺すような匂いと、どこか思考を虚ろにさせる甘い匂いが一瞬でその場を包み込む。落ちた魔法薬が瞬時に混ざり合ったであろう事が瞳を閉じていても分かり、それでもカリアは予期していた痛みが無かった事を不思議に思った。
 瓶が割れる前に、まずは自分に降り注ぐ筈なのに。痛みは全くない。
 恐る恐る瞳を開けたカリアは、自分の周囲に液体が広がっているのを見た。
 液体として保存されている魔法薬は大抵無色透明だ。生き物の様に急速に床を這うそれらは飛散した魔法草などを飲み込み暴走しようとしていた。カリアが見たのは、液体同士が混ざり合い、更に魔法草を飲み込み妙な具合に捩れた力が暴発しようとする寸前の様子であった。電流の様に光を弾けさせた力は青白く煌き、周囲にあるものを手当たり次第に破壊しようと獲物を探す。
 矛先が自分へと向けられたと悟り、思わずカリアは立ち上がってそれを踏みつけた。瞬間、カリアの足裏で踏み潰されたそれは「ミョー」という奇妙な悲鳴を上げて空気に溶けていった。消滅したのだろう。
 間抜けな悲鳴にカリアは唖然とする。
「……せめて踏み潰すという行為は避けて欲しかったかな、カリア……」
 声に顔を上げると、先程鋭くカリアを呼んだエクタが唖然として脱力していた。
「しかし、足の方が早いと思って……」
「……うん、そうなんだけどもね」
 エクタは物凄く疲れたような顔をしてカリアに頷きを返した。そして溜息をつくと、厳しい表情でカリアを見つめる。
「手が届かないくらい上に安置されている魔法薬は危険な物だ、って教えていなかったっけ?」
「あ、いや」
「使ってもいいけど僕がいる時にしてねって、そういう事も忠告しておいたよね」
「あ……うん」
「踏み台の存在も忘れるくらい急いで必要だったの?」
 エクタの厳しい言葉には何も返せない。カリアはうな垂れながら首を振った。
「カリアのお腹には今バルメダの子どもまでいるんだよ。少しは自重して欲しいな。僕が居合わせていたから何とかなったものの、そうじゃなかったらカリアは今頃ここから消滅していたかもしれないよ」
 それならやはり、自分に何の被害も無かったのはエクタが何かの魔法で助けてくれたからなのだと納得し、そして最後の物騒な言葉に驚愕する。
「消滅……って、そんなに危ないものだったのかっ?」
 仰天して叫んだカリアにエクタは「そうだよ」と憮然と返す。
「そ、そんな物を踏みつけたなんて……私」
 カリアの顔色はみるみる青ざめていく。両手を細かく震わせながら顔へと持っていく様を見て、エクタは思わず苦笑を洩らした。
「大丈夫だよ。そこまで危険なものは、割れる前に僕が別の所に飛ばしたから。さっき混ざったものにそれほど危険なものは無かったよ」
「そ、そっかぁ……」
 胸を撫で下ろし、安堵に涙を滲ませる。先程の一瞬でエクタは危険な物を見抜き転送させたのかと、別の意味でも涙ぐんだ。それほど余裕が無かったから転送しか出来なかったのだろうが、それでもカリアには未知の世界だ。
「やっぱりエクタは凄いんだな」
 ますます自分の劣等ぶりを実感し、情けない声でカリアは嘆く。
 まだ厳しい顔を作っていたエクタだったが、時間が経つにつれてそれは崩されていき、今は少々不機嫌そうな顔があるだけになった。
「過ぎてしまった事にはとやかく言わないけどね。これからはもうちょっと気をつけてね、カリア」
「ああ……勿論だ」
 力強く頷くとエクタは「うん」と頷き、そしてようやく笑みを見せた。
「それじゃあカリア、改めて続きをしよう。君が生きる道はもう成功させるしかないよ」
 にこやかに続けられた言葉にカリアは顔を引き攣らせ、複雑な溜息をついた後に両拳を握り締めた。
「ああ!」
 気合を入れるように下腹に力を入れて叫ぶと、喧しいとばかりに子どもに蹴られた。

 

* * *

 

 さて、扱う魔法は何がいいのか。再び頭が痛くなりそうなほど巡らせながら、カリアは机に並べられた魔法薬を順々に眺めていった。
 ただ眺めているだけであったがカリアの瞳は真剣だ。要するに閃きが全てなのだ。こうして眺めていき、何となく選んだ物から発想を展開させていく。そうして出来た物はきっと素晴らしい物になる。
 ――筈なのだが。
 カリアは何度目になるか分からない溜息を零しながら、エクタが並べてくれた魔法薬の瓶を再び眺めた。最初から最後まで、じっくり時間をかけて。
 エクタは先程カリアがぶちまけた魔法薬の後片付けに勤しみながら、新たな魔法薬を机に並べる。
 後片付けはそれほど時間が掛かるものではなかったが、混ざってしまった魔法薬は特別な手順で始末しなければいけない為に時間が掛かっている。カリアは手伝いたいと申し出たのだが、エクタはそれよりも構想に集中して欲しくて断った。魔法薬の中には始末するのにとても複雑な物もあったので、それも関係していたのかもしれない。
「駄目だ、何も浮かばない」
 エクタが新たに魔法薬を付け加えた三回目の時、カリアが伸びをしながら吐き出した。
「浮かぶ時は浮かぶし、浮かばない時は浮かばないからね。無理してやろうとすれば絶対に失敗するんだから、根気が大切だよ、カリア」
「うーん、分かってはいるんだが……どうも、あと数日で完成まで持って行かないと思うと……」
 魔法薬から目を離さずにカリアは唸る。
 机に頬杖をついて、並べられた魔法薬をもう一度最初から眺め直してみる。
 幾らやろうと無駄な行為に思えてきた――その時。
「炎」
「え?」
 並べられた魔法薬の中、ひときわ赤い光を放つ鳥の羽を眺めたカリアはポツリと呟いた。聞き取れなかったエクタは崩れた魔法薬に向けていた視線を上げ、カリアを振り返る。
 先程まで少々集中力を欠いていたカリアは今背筋を伸ばし、食い入るように一つの魔法瓶を見つめていた。
 先程から何度も視線を往復させていたが、その時には何も感じなかった赤い光。エクタが傍に寄った瞬間、魔力の気配を感じて呼応したのか苛烈な光を放ったのだ。
 エクタが振り返った時にその光はもう消えてしまったけれど、一瞬を瞳に焼き付けたカリアの心は決まっていた。
「エクタ、決めたぞ。私はこれを使って魔法を編み出すっ」
 赤い羽根の入った瓶を鷲掴みにし、カリアは満面の笑みでエクタにそれを突きつけた。
「……何か思いついたの?」
「ああ、勿論だとも! ああー早く形にしたい」
 カリアの脳裏では凄まじい勢いで構想が組み立てられていることだろう。弾む声で喜びを表しながら、カリアは早速その瓶を持ってその場を離れる。
 塔には補強魔法が掛けられているので研究も実験も何処でも出来るのだが、その場にはエクタが並べてくれた魔法薬の瓶が大量に並べられている。
 いつもならお構いなしに実験を繰り返し、またエクタも同じくそうしていたのだが。流石にカリアは先程の二の轍を踏まぬように思ったのだろう。
 直ぐにも制作に取り掛かりたいだろうに、わざわざ距離を離した。
「さぁやるぞーっ!」
 気合充分に叫んだカリアを見て、エクタは魔法薬を再び戻しながら笑みを零した。

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