二周年記念企画小説 06

 とうとうこの時がやってきたのだ。
 バルメダが開放した屋敷の庭には、珍しい出し物が見れるとして大勢の客が押しかけていた。魔法使いの存在など普段は拝む事もない。この街にいる魔法使いは唯一エクタだけだったが、そこに更に新たな一人が加わるのだとして、街の皆が注目していた。
 庭は広かったが、それでも街の者全員を収納しきれるものではない。庭へ入る事の出来なかった者は塀によじ登ってまで見ようと、屋敷は街の住民から囲まれるような形になった。ちょっとした騒動である。
「ったく、暇な奴らめ」
 屋敷の中から賑やかな様子を見て取ったバルメダがそう毒づくと背後から失笑が洩れた。フィランである。
「人のこと言えないでしょう」
 すっかり男装も板についたフィランを苦々しく振り返り、彼女と向き合うように座っているカリアに目を向ける。
 緊張の為にか顔色は青白く、いつもの覇気はどこへやら、今は頼りなく沈んでいる。肩に力が入っている事は誰が見ても分かる程だった。
「大丈夫、カリア?」
 心配そうに訊ねるフィランにもカリアは小刻みに頷くだけで、一言も発しようとしない。それほど緊張しているという事だろうか。
 バルメダが視線を向けるのはカリアの腹であり、相変わらずそこは膨らんでいる。
 お披露目の前に戻せとバルメダは迫ったのだが、こんなに緊張しているカリアにそんなこと強要できるわけないでしょう、とフィランに睨まれたのだ。確かに、緊張のあまりに失敗されては一大事だ。ここは大人しくフィランに従おうと殊勝な態度で待つ事にしたのだが――やはり、表情が険しくなるのは仕方が無い。
「魔法は完成させたんだろうな?」
「も、勿論だとも」
 もしかして完成してないからそれ程青くなっているんじゃないかとバルメダは訝んだが、カリアは勢い良く頷いた。瞳は真っ直ぐで嘘をついているようには思えない。なら元々、大勢の前で何かをする事が苦手なのだろうと肩を竦めて。
「エクタ、先に出て何か演出してきたらどうだ」
「そういうのは開催者の役目でしょう。そんな面倒臭いこと、僕はゴメンだよ」
 同じく同室にいたエクタは不満げな声を上げる。しかしこちらは緊張という二文字とは全く無縁で、何をするでもなく部屋を漂っていた。時折カリアに向けられる視線に心配そうな色が含まれていることは確かだったので、彼は彼なりにカリアを励ましたいと思っているのかもしれない。その役目は今の所フィランに奪われていたけれども。
「完成した魔法って、エクタはどんなものか知っているの?」
「いいや。僕も知らない。カリア一人だけで完成させたよ。だから今日はちょっと楽しみかな」
 軽く笑みを洩らしながらエクタが言うと、カリアの視線がそちらに向けられる。
 その瞳には「本当か?」という、縋るような期待の色が含まれていてエクタはしっかり頷いた。
「カリアは僕の初めての教え子だからね。僕の腕の良さを証明するためにもカリアには頑張ってもらわないといけない」
 笑いながらそう言うとカリアの緊張も和らいだようで、ようやく頬に赤みが差した。いつもの元気はなりを潜め、少々頼りなかったが笑顔も見せる。エクタは「頑張って」とカリアの傍に降り立った。
「ま、任せろ!」
 今度こそカリアは元気良くそう叫び、椅子から勢い良く立ち上がった。
 外は宵闇。月は出ていなく、エクタとカリアで設置した発光物質が煌々と皆を照らしていた。一体何が起きるのか、集まる人々の顔はどれもが期待に輝いていて。
「……よし、やるぞ!」
 庭に集まる人々を眺めたカリアはそんな風に自分を鼓舞し、重たい体を引き摺るようにして扉に向かうのだった。
 やれやれようやくやる気になったのかと。バルメダは溜息をつきかけてフィランに睨まれ、慌てて飲み込んでカリアの後に続いたのだ。
 けれど――誰にでも間が悪いという事はあるもので。丁度カリアたちが庭へ歩こうとする時、全てを飲み込もうとする災禍が街中で小さな声を上げようとしていたのだ。

 

* * *

 

 一体何故このような騒ぎになってしまったのだろう。
 何度繰り返したか知れない疑問を再び浮かべながら、カリアは緊張に汗ばんだ手をそっと開いた。震えているのは手なのか自分の視線なのか。
 息を吸い込もうとすると思ったよりも肺が働いてくれなくて咳き込みかけた。
「カリア、大丈夫?」
「だ、大丈夫だとも」
 虚勢ではあったがカリアはそう返し、フィランに笑顔を見せる。
 普段見慣れているフィランはそこにいなく、可愛らしい少年がその場に佇むばかり。性別が変われば纏う気配も違って映るのだろうか。フィランの姿がエクタと重なって見えて、カリアは何度か瞬いた。
「それにしても結構な人気者ね、魔法使いって」
「ああ……確かに。でも分かるような気がする。ここにはエクタがいるから、町の皆が期待する度合いも高いんだ」
 自分の師であるエクタの存在によって、この町が魔法使いに向ける好意も大きいのだろう。そう思えば少し誇らしく、カリアは背筋を伸ばして大衆を窺い見る。彼らの瞳に秘められているのは『期待』であり、これまで何度となく見てきたその光にカリアは喉を鳴らせた。
 今度こそ、失敗するわけにはいかない。
 さじを投げられてから二年間目、ようやく巡り合えた最高の師にまだまだ沢山の魔法を教えて貰いたいのだ。魔法使いだってやっぱりやめたくない。
「……よし」
 カリアは緊張に冷や汗をかきながら拳を握り締め、屋敷から出た。
 バルメダとエクタは先に庭へと出ており、集まった人々と談笑を交わしている。いつも屋敷で見せている顔とは違った顔に少なからず驚いたけれど、カリアに向けられた表情はいつもの顔と同じだった。
 見慣れぬ人物が今回の主役だと、気付いた人々が歓声を上げる。
 慣れない対応にカリアは怯えたように肩を震わせ、立ち止まって周囲を窺った。
「えっと……」
 どうすればいいんのだろう。背後ではフィランが見守ってくれている筈だが、今更戻るわけには行かなくて笑顔が引き攣る。
 いつもの威勢の良さもなりを潜め、カリアは手の平を腹に当てた。そこから感じる小さな命の気配に表情を改め、再び顔を上げる。
 民衆の影からはエクタの顔が心配そうに覗いており、カリアは努めて明るく笑顔を見せた。エクタの隣で同じくカリアを見ていたバルメダは、軽く口笛を吹いて気楽さを表す。直後にエクタに足を踏まれていたりしたけれど。
 そんな二人の様子にカリアは今度こそ心から笑みを見せて位置に立った。
 朝から時間をかけてエクタが設置してくれた魔法舞台だ。
 ――集まった民衆がメインではなく、あくまでも力を見せるのはバルメダにのみ。カリアは視界にバルメダを捕らえ、他の民衆を視界から締め出すように努めながらそっと両手を空に向けた。
 腹の中には主人たちの大切な赤ん坊。あまり攻撃性の強い魔法は使えず、それでも制御を誤らないように必死で力の方向を見定める。
 カリアの力に反応して無数の小さな光が当たりに満ちだし、ユックリと不規則な速度でカリアの周囲を巡りだした。
 ―――私はきっと、羨ましかったんだ。
 額に汗をかきながら集中し、カリアは胸中で呟いた。体の中心部分に力が集まることを感じ、それを赤ん坊に影響の無いように移動させながら外へと紡ぎ出す。
 宿る小さな命は無条件でこの屋敷に滞在する事を許される。主人たちの子どもなのだからそれは当たり前なのだ。けれど、その当たり前のことが酷く羨ましかった。だからきっと、エクタにも解けない強力な魔法をかけてしまっていて。
 王宮に魔法使いとして認定される前、女は邪念が多いから魔法使いには向かないと聞いていた。あれは女性魔法使い全員に向けられた言葉ではなく、きっとカリアのように自分で制御できないほど大きな力を持った女性魔法使いに向けられた言葉なのだ。
 制御できない大きな力は、邪念によっていかようにも姿を変えてしまうから。
 カリアは閉じていた瞳を開き、自分の周囲が全て淡い緑の光に包まれた事を確かめた。
 光の向こう側には民衆が固唾を呑んで見守っている。バルメダもエクタも真剣な表情でカリアを見守っている。屋敷で待機を余儀なくされたフィランもそれは同じだろう。
 カリアは慎重に息を吐き出し、体勢を崩さぬように気をつけながら腕を振った。
 光が微かに揺らいだ瞬間、カリアの足元からは緑を覆い消すように赤い炎が立ち上り、円陣を描くようにカリアの体を飲み込みだした。
 人々の息を呑む声。
 視界でバルメダが眉を寄せたのが見えたが、カリアに炎の熱は感じない。子どもに負担もかけることはない。
 明るい先が見えそうな事にカリアは少しだけ顔を綻ばせ、最後の仕上げに入った。
 固定していた両手をユックリと前へ突き出し、その動作に誘われるように集まった光や炎を手の平に収縮させ、小さく強力な力の球を創り出す。
 光は強烈な閃光を放ち、赤い色を保ちながら空へと弾けた。
 光と共に、人々の顔も空へと向けられる。その場の誰もが同じ動作をした。
 そうしてカリアは、皆の注意が自分から離れた隙に同じ動作をして次々光を空に打ち上げた。
 夜空に煌く大輪の花――魔法による花火だ。
 職人が打ち上げる花火とは違い、光の粒子が舞い踊る繊細な花火に人々は感嘆を洩らして歓声を上げる。
 二つ、三つ、四つ、五つ。
 人々を飽きさせないよう間隔を計りながら次々と打ち出したカリアは、次の瞬間表情を強張らせた。
「……あれ?」
 魔力を創り出していた動きが止む。打ち上げられる光も消える。夜空で舞い踊っていた花火も徐々に軌跡を残して溶けていく。
 次に打ち出される花火はもう無い。そして、短かったが幻想的で魔法使いらしい出し物を見せてもらったと満足な顔をカリアに向けた人々は気付くのだ。
 たった今魔法を成功させたばかりのカリアが青い顔をして、花火が打ち上げられていた空とは全く別の方向を見ている事に。
 どうしたのだろうと皆はカリアを見つめ、カリアはその表情を険しくしている。
 そして今まで震えていた少女と同じとは思えないほど剣呑な眼差しと声で、民衆の中で見ていたエクタとバルメダに叫んだのだ。
「エクタ、バルメダ、街が燃えてるっっ」
 誰もが同じ瞬間に同じ場所を振り返り、同じように息を呑んだ。
 たった今花火が打ち上げられていた空とは正反対の方向が、明らかに本物の炎と煙が吹き上がっていた。

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