二周年記念企画小説 08

 バルメダからの合図を貰い、カリアは全てを集中させて力を注いだ。
 エクタを中心として結界の再構築を図り、街の皆が持つ水晶から力を引き出して大きくする。
 いささか自分の手には余るような大きな力の波に襲われたような気がして思わず息を止めたが、波はそのまま閉じられた円の中を巡りだした。
 波がそのまま円を一周するまで結界を保たせれば、カリアの成功だ。
 先が見えたカリアはそれまでの緊張からようやく解放されたような気がして安堵に唇を緩めた。そしてその瞬間。
 ドン、という重低音が空気を振動させてカリアの胸を貫いた。思わず息を止めて双眸を見開く。
 まるで深い海の只中に落ちて溺れたような気がして、カリアは息継ぎも出来ずにあお向けに倒れていった。
 ――ああ、失敗したら居場所が無くなってしまうのに。ようやく、あと一息で安らげたのに。
 やはり私は肝心な所でミスをするのだな、と。カリアは沈む意識の中で顔を歪め、哀しく叫びたい気分に駆られた。
「――カリア!」
 瞳に映り込んだのは一筋の光明。
「エクタ……」
 気付いたらカリアは座り込んでいて、目の前にしゃがみ込んだエクタが真剣な表情でカリアの腕を掴んでいた。その事にカリアは慌てる。
「エクタ、動いては結界が……っ」
「終わったよ」
 素っ気無い彼の声に、カリアは更に双眸を見開かせた。
 慌てて周囲を見回すと既に火の気はなく、エクタが修復魔法を発動させたのか、町全体が修復されようとしていた。
 壊れた時間と同じ時間をかけて、巻き戻される町並み。避難場所から出る事を許された街の人々が、手に手を取り合いその様を眺めていた。カリアが最初に披露した魔法よりも余程、食い入るように見つめている。
 それは当然の事だったが、カリアは何だか寂しいような想いが湧き上がってきて視線を落とした。
 バルメダの合図で結界を結ぼうとした、その後から記憶が抜けている。きっと自分はまた制御出来ずにエクタに助けてもらったのだろう。既に一つ結界を維持していたエクタがこちらにまで補助の力を回せば、彼自身の負担は相当なものであったろうに。
 足を引っ張る事しか出来ない自分に涙が出てきた気がした。
「すまない。やっぱり、私はどこまでも肝心な所で失敗ばかりで」
 同じく街の皆を眺めていたエクタが不思議そうに首を傾げた。訝しくカリアを覗き込んで、掴んだままの腕を軽く引く。
 引かれるままに立ち上がり、カリアの脳裏では既に王宮までの行路まで浮かんできていた。バルメダにはきっと、今晩中に出て行けと言われるんだろうなと、気鬱な溜息を吐き出しながら。
「カリアちゃん……だよね?」
「え?」
 大人しい声に顔を上げて、カリアは目を瞬かせる。
 先程まで自分たちの町が修復されていく姿を見ていた一人がカリアに近寄ってきていた。大人しい栗色の髪を流し、穏やかな笑みを浮かべてカリアの目の前に立ちはだかる。
 一瞬罵声をぶつけられるのではないかと気構えたカリアは、そんな雰囲気ではない事に更に首を傾げる。
 そして突然、抱き締められた事で混乱が頂点に達した。
「な、なな、なななっ?」
「ありがとうね、カリアさん。貴方が居てくれて本当にありがとう」
「え……ええ?」
 最後の最後で失敗した筈だったのに、何故そんな言葉が掛けられるのだろう。
 もしかして自分では気付いていないだけで無意識に成功させていたのだろうか。訳が分からなくてカリアは体を固くさせていた。
 背中を優しく撫でられて感謝をされ、やがて女性は離れた。目尻に光っていた涙を信じられない思いでカリアは見つめる。
「エクタ君も凄い使い手だけど、貴方が居てくれたら更に心強いわ」
「これからも宜しくね、カリア」
 いつの間にかカリアは街の皆に見つめられている事に気付き、落ち着きなく首を回して困惑する。
「え、あの、皆……」
 思わず助けを求めて隣のエクタを見たが、彼は少し不機嫌な顔で視線を逸らすだけだった。
「――誤解を招く前に元の性別に戻った方がいいよ」
 出会ってから今まで、これほど突き放した言葉もなくて。その事にカリアは果てしなく落ち込みそうになった。実際、バルメダが姿を現さなければその場に泣き崩れていただろう。
「二人とも、ご苦労だったな」
 バルメダの出現に合わせて街の皆が道を開け、カリアから離れて成り行きを見守っている。
 そんな様子を見ながらカリアはそっと片手を胸に引き寄せて力を操った。仮初の器は払拭され、直ぐに元の体――女性としてのカリアが戻ってくる。途端に、エクタに掴まれたままであるもう片方の手が気になった。
「そろそろ修復も終わるだろう。この次はしっかりと確かめてから家を空けてくれ」
 バルメダの声に穏やかな雰囲気が流れ、カリアはエクタに引き摺られるようにして彼の元へと向かわされた。バルメダは二人が近づく前に踵を返し、さっさと屋敷へ帰ろうとする。エクタもそれに続き、彼に腕を掴まれたままのカリアも必然的にそうなってしまう。
 そんな三人の邪魔をすることなく、街の皆は思い思いに騒ぎ始め。新たな魔法使いの誕生を祝おうとするのだった。
「……あの、エクタ。もしかして私は最後の魔法を」
「失敗したよ。でも大丈夫。僕が支えたから本当の意味では失敗していない」
 もしかして成功していたのかも――という儚い希望はあっけなく打ち砕かれた。
「そ、そうか」
 今まで以上に肩身が狭くて唇を引き結び、胃の辺りが引き連れたような感覚に陥った。
 屋敷は直ぐに見えてくる。屋敷の門前ではフィランが帰りを待っていて、それを見たバルメダが微かに顔を強張らせたのも間近で目撃した。
「中で待っていろと言ったのに……」
 苦々しい口調にカリアは軽く笑みを洩らし、そして屋敷を見上げる。もう、今日で見納めなのだと哀しく思いながら――と、視線を再びフィランに戻した。
 フィランと……見慣れない誰か。親しげに声を掛ける男たち。それは、この火事騒ぎに乗じて出てきた独身貴族たち。彼らはフィランの肩に手を掛けたり間近に顔を近づけたりしていた。
 思わずバルメダを見たカリアは、その表情が酷く険しくなっていた事を目の当たりにする。
 バルメダの視線がカリアに向けられ、低く囁かれた。
「――おい、カリア。あいつら全員焼き殺しても構わないぞ」
「え、えぇっ!?」
「冗談だ」
 驚きに目を瞠るカリアに悪戯っぽく片目を閉じてみせ、バルメダは軽く笑った。カリアが初めて見る表情だった。
「エクタだとこんな冗談も真顔で実行に移すからな――軽々しく冗談も言えんよ」
 囁かれてカリアはエクタを見る。確かに、あり得そうなことだった。
 先程から不機嫌な表情は直っておらず、その事にカリアは眉を寄せたが。
「そんな冗談も言える点では、お前も中々惜しい人材だな」
 カリアの肩を強く叩き、軽い笑い声を立ててバルメダは走り去った。勿論、愛する妻への元へだ。
 ――叩かれた肩に暖かなものを感じてカリアは両手を握り締めた。そして隣にいるエクタへと視線を向ける。
「エクタ……私はまだ、ここに居てもいいのかな?」
「まだ誰も出て行けとは言ってないね」
 少しだけ、表情を綻ばせてエクタは言う。視線は前へと固定されていて動かなかったが、その言葉にカリアは切なさが込み上げてきて顔を歪めた。
「……あんまり酷い顔になるとバルメダに解雇されるよ?」
「うるさい!」
 今度こそ。軽く笑い声を立てたエクタにそう叫んで、カリアは鼻を啜り上げた。
 自分から放棄しない限り、きっと、まだ大丈夫だと。そういう事なのだ。
 涙を拭ってくれたエクタに、カリアは嗚咽に喉を詰まらせながら抱きついた。驚く声が上がったが気にしない。
「エクタ、私は」
 髪を撫でてくれる手を感じながら顔を上げる。
 直ぐ間近にエクタの顔があり、その事に一瞬心臓を高鳴らせてカリアは叫んだ。
「私はもう少しお前に魔法を習いたいぞ!」
 何故か、聞いたエクタが拍子抜けしたような顔をして固まった。
「――……あ、そう」
 あっさりと受け流されて、唇を尖らせる。
「なんだ、やっぱり駄目なのか?」
「駄目っていうか……うん、いいよ」
 僅かに視線を彷徨わせて、エクタは頷く。それだけでカリアの顔は輝いた。
「ありがとうエクタ! 私はお前が大好きだ!!」
 最後に一度、力いっぱいエクタを抱き締めて叫んでから、カリアは走り出した。目指すはフィランだ。
 何故か背後のエクタに動く様子は見られなかったが、この場にいても良いのだという事が嬉しすぎて走り出したい気分だったのだ。
 ――来年には誰一人欠ける事無く、新たな家族の誕生を祝う事が出来る。
 カリアは満面の笑みを浮かべて、屋敷へと辿り着いた。エクタが報われる日は、まだ来ない。

 END

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