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魔王の受難

 【五】

 農村から城まで全力疾走してきた魔王は自分の目を疑った。
「あ。魔王さまがお戻りになったぞー」
 城門に立つ魔物が魔王に気付き、門の中に呼びかける。
 勇者宅へ遠征に出かける前、城は確かに閑散としていたはずだ。けれど今はわずかに活気付いているように思える。魔王の目覚めを伝え聞いたのか、散っていた配下たちが戻り出しているようだ。城門に立つ魔物は、魔王が眠りに就くまで門番を務めていた魔物だった。顔見知りだ。
 多くの者たちが戻ってきているらしい。
 門番の呼びかけに「おおー」と地響きのような声が返ってきた。素晴らしい歓声だ。その声で城の一角が崩れた。
「みんな準備は整ってるみたいね」
 魔王の腕には寄りかかるようにしてプラチナがいた。城に戻る途中、勘を取り戻して空間を飛び越えたりして、とにかく逃げてきた魔王であるが、どうせ辿り着く場所は一緒だった。彼女の唇には自信を取り戻したサッキュバスの笑みが浮かんでいる。
「どういうことだプラチナ。城に皆が集まるのは、親父殿が死んだとき以来だぞ」
 門前で立ち尽くしているとプラチナはくすくすと笑う。
「だって、今日は記念日ですもん。皆でお祝いをしなくっちゃ」
「記念日?」
 違和感を覚えるその言葉に魔王は首を傾げる。
 魔王の誕生日はまだ先だ。親父殿に仕掛けた落とし穴が初めて成功した日は過ぎた。人間界と魔界を繋げようとして世界が滅びかけた日も過ぎた。他に記念日とするような日は思いつかない。
 プラチナは首を傾げる魔王を横目で見ながら、城に手を振った。
「みんなー、おっけーよー」
 プラチナが呼びかけると、城内からは再び地響きのような声が響いた。素晴らしすぎる。城の塔が全壊しやがった。
 呆然とする魔王が見守るなか、城の左端から右端までの空に、何かが浮かび上がってきた。目を凝らして見つめると、どうやらそれは文字のようだ。魔物たちの力だろう。
 ゆっくりと浮かび上がる文字を、魔王は一文字ずつ黙読した。


 祝・魔王さま プラチナさま
  ご結婚おめでとうございますパーティー開催
  (ついでに魔王さまには おはようございます)


 魔王は口から魂が抜け出た気分になった。
 まるで抜け殻になったようだ。
 呆然と、ただ呆然とその文字を見上げていた。
「いやぁプラチナさま。上手くいったようで何よりですなぁ!」
 城内から出てきた一匹の魔物が牙を覗かせながらプラチナに笑いかけた。先代から魔王に仕えてきた配下の一人だ。プラチナたちと肩を並べるほど力は強い。
 そんな彼が低い笑い声を響かせながら喜んでいる。
 プラチナは体をくねらせた。
「いやん、ダーギャロスのお陰よぉ」
「我々としては、プラチナさまが笑って下されば何よりですから。はっはっは」
「きゃあ。嬉しいこと言ってくれるわね。ふっふっふ」
 魔王の眼前で、配下二人は怪しげに微笑みを交し合った。
 ダーギャロスに続いて城内から大勢の魔物たちが駆けてきた。彼らの手にはそれぞれ大きな花束がある。なんて似合わない光景なのだろうか。そして彼らは、その花束を誰一人として間違うことなくプラチナに差し出すのだ。
 ――お前らの主人は我ではないのか?
 非常に問いかけたい。
 花束を差し出した魔物たちは共犯者の笑みを交し合い、口々に言うのだ。
「プラチナさま。一世一代の企みが成功されて良かったですね」
 とうとう魔王は耐え切れずに叫んだ。
「そなたたち! 我をはめてそんなに楽しいのかっ?」
「最高です。魔王さま」
 魔物たちは満面の笑みを湛え、息を揃えて唱和した。
 魔王は彼らの無情さを嘆きながらうな垂れた。


 END

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