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第七章

 【二】

 蓮夜に連れて行かれた訓練場。彼に案内された経路ではなく、一度箱庭に出てから直接繋がる扉へと向かった。
 子どもたちの目から隠れるように佇む古い扉。押すと錆びた音がし、もしかしてこの扉はほとんど誰も使っていないんじゃないかと思わせた。けれど扉を開けた瞬間、人々の声が聞こえて目を瞠る。同時に、突き刺さる悪意的な視線に気付いた。
 どうやらそこは組織の休憩室として使われているようだ。先日、海斗とひと悶着起こしたときに見た顔ぶれもいた。箱庭から繋がる扉が開かれることは滅多にないため、人々の注意を引いたようだ。入って来たのが子どもではないと知ると、人々の視線は白亜から外れた。
 白亜は高鳴った心臓を宥めるように呼吸を繰り返した。もし子どもたちが迷い込んできても、直ぐ箱庭に戻されるのだろう。冒険心豊かな子どもたちでも、一度中に入れば気は済む。そして、これほど多くの見知らぬ大人たちが集うここに、積極的に入ろうとは思わなくなるはずだ。
 乱暴されたときのことが甦って足が震えたが、白亜はそのままカウンターに向かった。そこには牧師に似た雰囲気の男がいた。人の警戒心を取り除くような表情をしている。けれど牧師と同じく、その瞳には野性が宿っていた。
 白亜は一呼吸置いてその瞳を見返し、話しかける。
「奥に行きたい」
 男は不躾なほど白亜を眺めたあと、無言でカウンターの向こう側にある扉を開けた。白亜を促し、中へ入れる。その部屋に入り、扉を閉めると休憩所の声は一切聞こえなくなった。
「手前が共同訓練場。奥が個人訓練場だ」
 男が言いながら、部屋の更に奥に設けられた扉を開けた。そこには鍵がかけられている。強行突破する子どもがいたときのためだろうか。鍵を外し、男は振り返って白亜を促した。
 白亜は頷いて扉の向こうに体を滑らせる。ご丁寧に、その部屋にもまた扉があった。呆れた白亜は背後で扉の閉まる音を聞いて体を震わせた。振り返ると錠の閉まる音が聞こえ、顔をしかめる。先ほどの男はいない。先に進むしかないようだ。
 白亜は唯一残された扉に手をかけた。少しかたく、もしかしたら開かないのかと思われた扉だが、力を込めて取っ手をひねる。防音のためなのかかなり重たい扉をやっとのことで押し開けると、途端に扉向こう側の喧騒が白亜の耳を打った。
 何発も重ねて響く銃声や金属音。人の怒声や、何かが壁に打ちつけられる音。実に多種多様な音が、その部屋には篭っていた。
 手前が共同訓練場ということは、ここがそうなのだろう。
 直ぐ左手には射撃訓練用のカウンターがあり、少し進んだ左手奥には広い部屋があった。そこからも重たい音が響いていた。格闘だろうか。
 蓮夜に連れてこられたときとはあまりに違う騒音に瞳を瞬かせる。初めて見る光景を眺めていると、ふと一人の男に視線が吸い寄せられた。
 耳あてをしたその人物は射撃訓練中だ。連射に集中し、弾がなくなれば素早く詰め替える。隙などまったく見せない。その行動をしばし観察し、白亜は呟いた。
「夜人?」
 彼は苛立っているようだ。気が済んだのか、かぶりを振り、耳あてを捨て去り、銃をカウンターに置く。不機嫌な表情のまま乱暴な動作でカウンターを離れようとする。そうして、射撃訓練の区画から出てきた夜人は、扉の前で立ち尽くす白亜に気付いて立ち止まった。驚いたように双眸が瞠られる。しかし、一瞬の間を置いたあとに彼は立ち去った。まるで白亜に気付かなかったかのような動作だ。
 無視されたのだと気付いた白亜はムッとした。
「夜人!」
 追いかけながら大声で叫ぶ。けれど夜人は振り返らない。
「ちょっと!」
 手を伸ばしながら呼んだが、夜人は白亜の手が届く前に扉の向こう側へ消えてしまった。
 共同訓練場から個人訓練場へと続く扉だ。紅葉が蓮夜に案内された場所でもあり、また、普段白亜が利用している場所でもある。
 組み手が行われている大部屋を横目に、白亜も夜人の後を追いかけた。
 けれど足を踏み入れたその場所は予想と大きく外れ、騒音がないかわりに扉が多数あった。等間隔で扉が設置されている。同じ間取りの部屋が広がっていると思われるが、間隔はかなり広く取られており、部屋はかなりの大部屋だろうことが予想される。
 視線を巡らせると廊下の突き当たりには雰囲気の異なる扉があることに気付いた。そこからまた別の訓練場に繋がるようだ。訓練場と一口に言っても、その内部はかなり広いらしい。改めて自分の認識の少なさにため息が出る。
「外から見た限りじゃそんなに大きくもないと思ったんだけどね」
 急勾配になっていたり、階段があったり。ここも教会と同じく、地下の部分が大きいらしい。どうやら組織は地上よりも地下の面積が大きいようだ。地下エリアが組織の本当の顔、ということだろうか。
 ガシガシと頭を掻いてかぶりを振る。
 とりあえず今は夜人を追いかけることが優先だ。
 廊下に面して等間隔に設置されている扉は、どれも同じ扉のため迷いそうだ。けれど白亜はあたりをつけていた扉を迷わず開いた。この廊下に入ったとき、夜人が入った扉だ。
「……夜人?」
 部屋は暗闇だった。
 呼びかけても返事はない。
 白亜はためらい、廊下を振り返って夜人の姿がないか確かめる。廊下には誰の姿もなく、やはり夜人が入った部屋はここだった、と確信しながら部屋に入った。
 扉から手を放すと、扉は勝手に閉まっていく。重たい音を響かせ、完全に閉まる。
 その音に思わず肩を揺らせて暗闇に目を凝らした。
「夜人。いるんでしょう……?」
 何も見えない。長くここにいると精神的におかしくなりそうだ。
 そんなことを考えながら、やはり返事がないことに踵を返そうとした。その瞬間、耳元で何かが鳴る。白亜は反射的にその場から飛び退いていた。
 直後に穿たれる床。
 頭上から何かが振り下ろされたのだ。タイミングを計ったように付けられた明かりで知った。
 突然の照明に目がくらむ。目の前に迫った見知らぬ人物に動悸を高め、見えないながらも必死で避ける。そのたびに耳元で風がうなり、足元の床がえぐれていく。一歩でも間違えていたら命がない。
 冷や汗が流れ、呼吸が乱れる。夜人を捜すことも忘れ、攻撃を避けることに集中する。
「誰よ……っ!」
 ようやく戻ってきた視界に現われた影は、やはり見覚えのない人物だった。なぜ攻撃されなければいけないのか、心当たりもない。鋭い斧を片手に、執拗に攻撃を繰り返してくる男に唇を噛み締める。白亜は壁際まで追いつめられた。迫った男が斧を振り上げ、白亜は逃げられない。
「この……っ!」
 怒りの声が脳裏に木霊する。白亜は男の手を蹴り上げた。斧は彼の手を離れて舞い上がる。その行方を追う暇もなく白亜は男に体当たりした。二人が床に転がった瞬間、落ちてきた斧は今まで白亜がいた場所に突き立った。
 安堵する暇もない。今度は男が素手でつかみかかってくる。いつも夜人としていた取っ組み合いに似ていて、白亜は顔をしかめながらも男の腕をひねりあげた。海斗に乱暴されたときのように、平静さを失ってはいない。武器を失った男は夜人と比べ物にならないほど弱く、白亜は簡単に押さえ込むことができた。
 男をうつ伏せにして後ろ手に腕をひねりあげる。身動きが取れないよう制したところで問いかけようと口を開くと、別のところから声が聞こえた。
「レベル2」
 それは耳慣れた声に聞こえた。白亜がそれを確認しようとする前に、いつの間に現われたのか、別の男が横から白亜につかみかかって来ようとしていた。
 白亜は避けようとしたのだがためらう。二対一は好ましくない。下敷きにしている男はそのまま、左手で銃を取り出して暗い笑みを浮かべる。この手はすでに穢れているのだ。いまさら、ためらうようなことはない。そのまま引き金を引くと、男の額に穴が開いた。血が吹き出し――男は消えた。
「レベル3」
 次から次へと不思議なことが起こる。声と共に、今度は頭上から別の人物が舞い降りた。その姿は女性のもの。眉を寄せながら白亜は撃ったが、彼女には避けられた。さらには重心がずれたことで、押さえていた男にも振り落とされる。
(まずっ)
 逆に組み伏せられかけ、銃を下ろすと白亜は慌てて床に転がった。男の手から逃れて体勢を立て直す。素早く二人を相手取ろうとしたのだが、銃口を向けた瞬間、別のことに気付いて驚愕した。
 白亜に襲い掛かろうとする女性と男性、その背後に夜人がいた。彼は横柄に腕組みをして白亜を見下ろしている。その無表情からは何も読み取れないが、まるで彼が指示しているかのようだ。
「何の、つもりよ」
 ギリリと奥歯を噛み締め、低い声で問いかける。けれど二人の影に隠された夜人からは返答がない。ただ無情な声が響いた。
「殺せ」
 たった一言だけ、二人に命令を与える。
 二人は命令通りに再び攻撃態勢に入る。
 白亜は怒りに肩を震わせた。

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