前へ目次次へ

第七章

 【六】

 教会の扉を開いた途端、夜人が緊張したのが伝わってきた。
 扉を開いた格好のまま、固まる夜人にどうしたのだろうと白亜は目を向けるが分からない。険しい表情があるのみで、彼の腕下から白亜は顔を出した。
 微かな音楽が流される中、高い声を響かせて。まるで泣き出す一歩手前という声がその場に響き、白亜もまた息を呑んだ。
 視線の先の教会の奥。
 この教会から外へと繋がる扉の前で、紅葉と牧師が対峙していた。
「紅葉?」
 低い声がその場に響く。
 牧師に背を向け扉を開けようとしていた紅葉も、そんな紅葉に厳つい手を振り上げる牧師も。そして、夜人の背後で在りし日の再現に息を呑んでいた白亜も同時に夜人を見た。
 大雑把で無遠慮に教会を横切る夜人の視線は紅葉しか見ていない。白亜は哀しく思いながらも従う。背後で扉が勝手に閉まる音がした。
 夜人の姿を認めた牧師は舌打ちしたそうな顔となったが、その背後に白亜を認めると更に眉を寄せる。
 それでも夜人の通行の邪魔にならぬように一歩下がる姿はさすがと言えようか。
 残酷な牙を再び仮面の下に覆い隠し、穏やかで人当たりのいい表情を浮かべて。
 夜人の姿に気まずそうな気配を見せた紅葉に、夜人は遠慮なく近づいてその手を取った。手の甲には血が一筋流れていたが傷はそれほどではなかったはずだ。でも確かあの時、私は――
「痛っ、いたいたいたいたいたい……って言ってんのよこの馬鹿離せっ!」
 白亜が思い描いた通りに台詞は紡がれる。先ほどこちらを気にした様子を見せた紅葉だったが、意識はすでに痛みに持っていかれている。
 遠慮なくつかむ夜人に叫び声を上げながら顔を背ける紅葉。けれど夜人は目の前で紅葉を回転させて、背中の怪我の具合を見ると眉を寄せた。牧師に向けられる視線は鋭い。
「……紅葉を連れて行くぞ」
「許可は下りていません」
「俺が下ろす」
 淡々と紡がれていく押し問答。紅葉は何が起きているのか分からないように二人を見比べた。ときおり白亜に視線が向けられるが、白亜は顔を逸らした。
 ――何も変わらない。二の舞を繰り返す。ここにいるのは馬鹿な私。
 ジクリと痛んだ胸の痛みに気を取られ、吐き気が襲ってきて口元を押さえる。
 紅葉を直視できないまま唇を噛み締めようとした白亜はハッとして顔を上げた。
「誰が大人しくしてるか馬鹿夜人ーーーっ!」
 威勢のいい紅葉の怒鳴り声に、暗い想いは吹き飛ばされた。顔を上げた白亜の瞳には、夜人の顔面へ頭突きを食らわせる紅葉の姿が飛び込んできたりして。その後も口を挟む隙間すらないほど紅葉は怒りを吐き出し続ける。夜人も負けずに言い返し、紅葉は更に負けないくらいの大声で怒鳴りつける。
 ああ、私だ――そんな想いが意識せずに湧き上がり、その奇妙さに声を上げて笑い出した。敬虔な教徒たちの賛美歌を掻き消すくらい勢い良く、力いっぱい笑い声を響かせる。
 紅葉も夜人も、牧師まで驚いたような顔をして見つめてくるのが可笑しかった。
『俺がここにいるのは紅葉を護る為だ』
 以前聞いた言葉が蘇る。口元に笑みを佩いて白亜は扉へ向かう。
 組織に追われる火種を生み落としてまで、夜人がそうして紅葉を護ろうとするなら――白亜は紅葉に軽い笑みを向けた。
 外へと続く、唯一の扉を静かに開いた。
 夜人を壊すものがあるなら私がそれを壊そう。護るものがあるなら私はそれを護る。
 壊すものが紅葉なら紅葉を壊し、護るものが紅葉なら紅葉を護る。夜人が望むなら何に逆らってでも側にいる。
 私はどこへでも歩いていけるから。

前へ目次次へ