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造魔精霊

 【二】

 魔法に失敗したことでサミリアは不機嫌だった。一夜明けた今でもそれは変わらない。
「まったく。私は順良で素朴で可愛らしい妹が欲しかったっていうのに」
「失敗したもんは仕方ねぇだろ。いつまでもグチグチぼやいてんじゃねぇよ。女々しいな」
 サミリアは眦を吊り上げてジェイダを振り返る。
「あんたにだけは言われたくないね!」
「な、なに怒ってるんだよ?」
 うろたえるジェイダを無視したサミリアはそっぽを向いた。朝食の続きに専念する。
 サミリアはタラッチェ王国の魔術研究員だ。強い力を持つ魔道師は国の財産として重宝されている。その中でもサミリアは第一級の地位に就いていた。その上には国専魔道師という名誉ある地位がある。現在その地位は空位だ。サミリアはいつその地位に就いてもおかしくない力の持ち主だった。実際、王やその臣下たちからも笑って「まだ就かないのか?」と言われている。けれどサミリアは決してその誘いに乗ることなく、いつも曖昧に笑ってかわすだけだった。
 第一級魔道師にもなると個別に研究塔が用意される。そこで大掛かりな魔法の研究に励むことが仕事となる。
 先日までサミリアが研究していたのは、人体魔術に関わる造形の魔法だった。
 人を形成する魔法の欠片は大気中に分散しているという。特殊な魔法でそれらを集め、自我を形成させる。魔法によって生まれた自我は、自身を創る魔法すべてを理解し、自らの器を形成する。外から誰かが手を加える必要はない。サミリアには、彼らの作業を妨げないよう、環境を整えるだけだ。不足の要素があれば魔法で補うことで、それらは事足りる。それらによって完成される自我や器に影響が出るのだから、決して気は抜けない。そうして、人ではない彼らは創造される。
 高度な知識と魔術。そして魔力が必要となる人体生成。
 その大元を見つけ出し、自らの手で造形できるまで魔法の研究を突き詰めたのは前任の国専魔道師。今はサミリアが引継いでいる。足りなかった知識は古い文献をかき集めて補い、サミリアは三年をかけて作業に没頭し、ようやく完成に漕ぎつけた。
 しかし。
 最後の最後を邪魔されて、理想の自我は成らなかった。愚痴の一つも零したくなるというものだ。
「なぁ。そんなことより早く出発しようぜ」
 毎日のように繰り返される言葉。三年前にタラッチェを発った国専魔道師、ガーランドの足跡を辿る。それがジェイダの目的だった。ガーランドはジェイダの生みの親だ。
 人体生成の魔術を初めて完成させたのはガーランドだった。彼はどこかの地でその伝承を知り、研究を重ねて完成させた。サミリアはその後を引き継いだに過ぎない。魔道師としての矜持が砕かれるほど、彼は優れた魔道師だった。
 彼はこのタラッチェ王国で『奇蹟のガーランド』とまで呼ばれた大魔道師なのだから。
 サミリアは在りし日を思い出して顔を歪めた。意識を今に引き戻し、まだ喚くジェイダを横目で見やる。
「うるさいねぇ。そんなに行きたきゃ一人で行っておいで。私ゃまだこの国でやることが残ってんだよ」
「な、なんだよその言い草は。俺だってお前みたいな女と旅なんざごめんだけど、仕方ないだろ。ガーランドが俺の核をお前に渡しちまったんだから!」
 ジェイダの言葉が耳に痛い。
 サミリアはため息をつきながら箸を置いた。
 自我形成のためには必ず核となるものが必要になる。人体生成魔術から生まれた者は、その核を持つ者を絶対の主と定め、守り、従い、傍を離れられない。そう盟約されていた。
 バッファは月の欠片を核として生成された。
 偉大なるガーランドによって生成されたジェイダの核は――サミリアはふと笑みを浮かべてジェイダを一瞥した。その瞳に哀愁が生まれる。ジェイダは思わず息を詰まらせたけれど。
「……早く、出発しようぜ」
 彼はそう繰り返すことしか出来なかった。
「ガーランドを見つけ」
「んーっと、主殿《あるじどの》、おはようさん」
 眠そうに欠伸をしながら入ってきたのはバッファだった。
 彼は研究塔ではなく、サミリアの屋敷に寝床を確保していた。大きな屋敷にもかかわらず使用人は一人もいない。空き部屋なら沢山あるからねぇと笑うサミリアに、最初は遠慮していたバッファも最後には苦笑しながら従った。
 大柄で体力がありそうなバッファだが、生まれた初日は疲れていたのか、起床はずいぶんと遅かった。
 深い紫色をした瞳は眠そうだったが、サミリアを認めた途端、緩やかになった。大きな体で彼女の前に膝をつき、手を取ると恭しく口付けた。その様は、見ていたジェイダが顔を赤くするほど手慣れている。しかしサミリアは慌てる様子もなく、泰然とそれを受け入れる。
「その体はどうだい?」
「すっかり馴染んでますよ」
「そいつは良かった。何しろあんたを創るのは初めてだったからねぇ」
「へぇ、腕がいい。初めてとは思わせねぇ緻密さだ」
「褒めて貰って嬉しいよ」
 ふふふ、とサミリアが笑みを洩らすと、バッファも嬉しげに彼女を見つめた。
「おいっ! いい加減に邪魔なんだよ! 俺が先に話してただろ! なんでわざわざ間に入ってくるんだよ!」
 実はジェイダのまん前に立ってサミリアとの会話を邪魔していたバッファは、ニヤリと口の端を吊り上げると彼を振り返った。
「いたのか、チビ。あんまりチビだったんで目に入らなくってな。いやぁ、悪ぃ悪ぃ」
 ポンポンとジェイダの頭を撫でる。その行動はジェイダの劣等感を刺激した。思い切りその手を振り払い、丸い瞳を精一杯きつくして彼を睨みつける。
「俺をチビと呼ぶんじゃねぇーーっっ!」
 とても良い音がして、回し蹴りがバッファの脇腹に決まった。
 小柄なだけあり、俊敏さはバッファを上回る。彼を盛大に咳き込ませると、ジェイダは鼻で笑って、その場から跳び退いた。直ぐに立ち直ったバッファはジェイダを睨む。
「おいチビ。大人は敬うもんだ」
「けっ。お前なんか昨日生まれたばっかのガキじゃねぇか。人生経験は俺の方がたっくさんだかんな!」
「言語中枢は成長しないのかねぇ」
 ジェイダはバッファを見下ろすために滞空した。
「はっ。年代物のお前なんかより、現代に馴染んだ俺様の方が強いってことを証明してやってもいいんだぜ?」
「な、何だとぉっ? 俺を創ったのは偉大なガーランドだぞ! よくもそんなこと、言えたもんだな!」
「親の名前がないと喧嘩もできないのかね、お坊ちゃんは」
「この! 言わせておけば……っ!」
 ジェイダの沸点はかなり低い。彼は真っ赤になってバッファを睨みつけ、両手を震わせると体内に魔力を集めていった。対するバッファも防御の構えを見せる。好戦的な瞳は、隙あらば反撃する意志をありありと窺わせる。
「いい加減にしないか二人とも! 強化結界もないここで暴れたらどうなるか、分かってやってるんだろうねっ?」
 周囲に魔法の気配が集中し出したことに気付き、サミリアはようやく声を張り上げた。朝食くらい静かに過ごしたいとはサミリアの胸の内だが、二人には伝わらない。怒声を浴びた二人――特にバッファは慌てて魔力を分散させた。
「ふん。女に怒られたくらいで勝負を下りるなんて、情けねぇな」
「主に従えない配下など、私は要らないからねぇ。その小さな脳に刻まれてる盟約すら忘れてしまったかい?」
 決して微笑みではない笑みを向けられて、ジェイダは「う」と詰まった。胸を押さえるのは、自分が自分として在るための核があった場所だからだ。現在それはサミリアの手に渡ってしまっているが、そこに“あった”という感覚はなくならない。
「それから、無闇に浮くのはお止め。魔法で創られた人間だなんて知れたら大騒ぎだよ。この世界からは、もう魔法の存在が消えかかってるんだ。何度言えばそのオツムは理解してくれるんだい?」
 ジェイダは悔しげにうなりながらも大人しく床に着いた。バッファがニヤニヤ笑いかけると再び腹を立てたようだが、今しがた怒られたばかりのため、さすがに思いとどまったようだ。サミリアの保護下から追い出されるわけにはいかない。
 サミリアが言った通り、この世界から魔法という存在は廃れていっている。このタラッチェ王国が特別なのであって、外の国には魔法の存在すら忘れた人々が大勢いる。そんななか、得体の知れない者が現われたらどうなるか。いかなジェイダでも良く分かっているつもりだ。
「ガーランドは今どこにいるんだよっ?」
 サミリアはため息をついた。
「さて。私はそろそろ研究塔に行こうかね。今までの後始末をしないといけない。バッファ、ついといで」
 バッファは嬉しげに「はい」と駆け寄った。二人は並んで部屋を出て行く。残されたジェイダは悔しくその背中を見送るばかりだった。

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