前へ目次次へ

造魔精霊

 【三】

 肥沃な大地が広がるタラッチェ王国。広大な世界のなか、これほど魔法が浸透している国は他にないだろうと、独り言のようにサミリアはジェイダに告げていた。信じられないことだが、他国では魔法の存在を知らない者までいるらしい。古代の遺跡や、海底に埋没した神殿だけに、魔法は取り残されているだけだ。
 けれどジェイダはサミリアの言葉に嘘はないと、肌で感じていた。
 魔法で創られたジェイダだからこそ分かる魔法の気配。この世界に、魔法の気配はずいぶんと希薄になっている。魔法の大元はそこかしこに漂っているというのに、誰もそれに気付かない。サミリアが魔力を正しく導かないと、ジェイダもその辺りに漂う魔力の欠片と同じ意味しか持たなくなってしまう。
 この国以外のことを何も知らないジェイダだけでは、決してガーランドに辿り着けない。魔法がなければ無力な子どもに等しい。
「だからってな。俺だってそうそう気の長い方じゃねぇんだよ。勉強は『実地で学んだ方が身につく』ってサミリアも言ってたしな!」
 憤りたっぷりに歩くジェイダの肩には大きな荷物があった。サミリアの屋敷から無断拝借してきた旅道具だ。手当り次第に詰め込んだため、袋は大きく膨れている。
「サミリアは国の重要な魔道師だかんな。そう簡単には国を離れられないってことも、俺だってとっくに分かってる」
 それでも、ガーランドの存在を教えてくれたのはサミリア。いつかガーランドを捜しに行こうと言ったのも彼女だ。その言葉を聞いてから、自分がどれほどその日を待ちわびていたかなど、サミリアは気付いてないに違いない。
(だから毎日訳の分からない研究に没頭できるんだ。俺を差し置いて)
 ジェイダは険しい表情を崩さないまま呟き始めた。
 すれ違う人々は奇妙な表情でジェイダを見送るが、子どもの可愛らしい反抗だろう、と勝手に補完して去っていく。タラッチェ王国では現在子どもの数が減少しており、通りに子どもの姿はまったくない。けれど、元来子どもとは無茶をしでかす者なのだ。ジェイダが明らかに家出仕度を整えていようが、誰も止めなかった。
「くっそぅ。考えてみればすっげぇ理不尽じゃないか? 大体、あいつは完成したんだからこれ以上何を研究するってんだよ?」
 ジェイダは歩いてきた大通りを振り返った。
 だいぶ遠いが、大通りの突き当たりにそびえるのはタラッチェの国城だ。他の土地と違い、明らかに魔の力が強い。その集中に微かな恐れを抱きながらジェイダは視線を動かした。
 城に幾つかそびえるのが研究塔。その内の一つがサミリア専用の研究塔だ。
 一周するだけで日が暮れてしまいそうな大きな城。ただ待つだけに飽きたジェイダが城を散策しようとすれば、それすらサミリアに止められてしまう。
 ジェイダの存在を城の者に気付かれたくないというサミリアの思いは、残念ながらジェイダには何一つ伝わっていなかった。
「核を持ってるからって、いつまでも俺が大人しくしてると思ったら大間違いだぜ」
 憤然と呟く。その言葉に、微かな挑戦を込めてジェイダは笑う。
 サミリアが研究に没頭している間、ジェイダも同じく自分のために研究を重ねていた。魔法で創られた彼は、核を保有するサミリアから離れようとすると耐え難い苦痛に襲われる。核から離れてはいけない、と本能的な制御がかかるのだ。
 けれどジェイダは数年かけて、核と少し離れていても大丈夫なようになった。何ヶ月も離れるには不安だが、何週間かであれば問題ないだろう。この努力と研究は、サミリアから永遠に離れるためのものではなく、彼女に一泡吹かせるためのものだ。
 一回でガーランドの足跡が見つからなくても、自分の足で捜すことができたという事実があれば充分だった。サミリアがまだ研究に没頭していても耐えていける。そこでまた研究を重ね、また離れて行動範囲を広げればいいだけだ。
「俺がいなくなって困ればいいんだ」
 ジェイダは闘志を燃やしながら城を睨んだ。


 :::::::::::::::


「主殿。本当にいいんですかい?」
「うん? 私の配下たるもの、これくらいで怖気づいて貰っちゃぁ困るね」
 研究塔に戻ったサミリアは、バッファに指示を出しながら窓の外を眺めていた。
 いつも研究の妨げになる陽光は、今や暗幕に遮られることなく降り注いでいる。燦々と照らされた魔法薬たちは音もなく形を崩す。魔法の残骸は様々な変化を起こして消えていく。一般には滅多に手に入らない、貴重で高額な魔法薬たちだ。他の魔道師たちが見たら青ざめる惨事だった。
 研究途中の魔法たちは、外から加わる少しの変化にも影響を受ける。意図した結果になる方が珍しく、時には人を巻き込む大爆発まで起こすのだから細心の取扱いが必要だ。けれどサミリアは無頓着に光を注いだ。待つ結果を恐れる様子もない。
「あーあ。もったいない」
 研究机の上で崩れていく魔法薬を見ながらバッファは呟いた。しかしその表情は面白げに揺れている。
「いいお日さんだねぇ。まったく。毎日風が動かないこんな場所に篭ってたんじゃ、体も壊しちまう」
 言いながらサミリアは細い指を伸ばす。大した力も必要ない。魔法で力を補い、窓は勝手に開いていった。微風が吹き込み、形を崩していた魔法薬たちを攫っていく。
 サミリアは振り返って笑った。
「いいんだよ。あんたも完成したことだしね」
 豊かな黒髪を風になびかせて笑うサミリアを、バッファは眩しいものを見るように瞳を細めて眺めた。艶やかな笑みを唇に刻み、サミリアの瞳は嬉しげに輝いている。これからに期待と希望を込める表情だ。
「さぁ、ちゃっちゃと仕掛けを済ましちまおうかね。うちのはねっ返りが消されちまう前に」
 サミリアは嫣然と微笑み、最後の魔法を完成させた。

前へ目次次へ