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造魔精霊

 【四】

「げ。マジかよ、何だよあれ、信じらんねぇ」
 不機嫌な声はジェイダのものだった。
 彼の前方には長大な城壁が築かれ、まるで行く手を塞ぐようにそびえている。視線を巡らせても、城壁はどこまでも長く続いていた。途切れることなく続いているのだろう。
 タラッチェ王国の首都を取り囲む、高く強固な壁。
 ジェイダは唖然としながら周囲を窺った。
 大通りから関所を通って流れていく旅人たちや商人は、それが当然であるかのように札を見せていた。それが通行証であるのだろう。差し出された札は名簿のような物と照合され、何の問題がなければ関所を通り抜けられる。もちろんそれは人間が一つ一つ、目で確認するもの。
 他に道はないかと探すジェイダだが、目視の限りでは見当たらない。
 通行証の存在を初めて知り、かつ関所が一つしかないという現状。突破することは困難に思えた。何もかもが自分の行く手を遮っているかのようで肩を落とす。
「くっそー、何であんな物があるんだよっ?」
 ジェイダは苛立ちと共に木の幹を蹴飛ばした。枝が揺れて小鳥たちが一斉に羽ばたき、通り過ぎる数人が振り返って奇妙な顔をした。ジェイダは背の高い樹の枝に腰を下ろしているため、彼らの目には、ただ樹が揺れたようにしか見えない。
「わ、わわわ、しっ、しーーーっ!」
 別段隠れるようなことはないが、やましいことで一杯のジェイダは、人目につかず静かに行かなければいけないという思いに囚われていた。自業自得なのだが小鳥たちに向かって人差し指を立てる彼は、幼く見えた。落ちてきた葉っぱを柔らかな髪で受け止める。拳を握り締める。
「どぅすっかな。あれってあの札がなけりゃ駄目なんだろ? どこで手に入れんだよ、そんなもの」
 ぶつぶつと呟きながら身を乗り出した。足場にしている太い枝がミシリと軋む。
 もっと近くで見られないだろうか。そうすれば模倣し、魔法で複製する事が可能かもしれない。
 ジェイダは目を凝らして見ようとするのだが、彼の魔力を持ってしても詳細を見ることが出来なかった。そんな経験は初めてだ。いったい何で出来てやがるんだと苛立った。
 ジェイダは知らないことだが、タラッチェ王国で発券された旅券には魔力が宿っている。近年、タラッチェ王国で原因不明の行方不明者が増加していることもあり、不正や複製ができないように、特別に発券された物だった。
 ジェイダは首を傾げると樹から飛び降りた。頭を振って木の葉を落とし、ひとまず自分の格好を見てから頷く。
「よし。どこも変なところはねぇな? 分からなかったらあいつらに聞きゃあいいんだよ」
 彼が取った行動は、ある意味とても正しく素直だった。


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 タラッチェ王国は他国との繋がりが強く、商道が整備されているため人の出入りは多い。王都ともなれば他市街地からの物資搬入が多くなり、関所は常に混雑していた。しかし、それらを処理しているのはたった一人の兵士だった。
「お次の方……お前一人か?」
 流れるように無駄なく作業遂行していた彼は、目の前にジェイダが立つと驚いたような顔をした。
 どう見てもまだ親の庇護下にいそうな顔立ちや身長。そして、旅には不向きな魔法服。それはジェイダが外から魔力の干渉を受けぬよう、サミリアが特別にあつらえた服だった。ところどころ解れているのはサミリアの実験が良く失敗するからに限る。いつも近くにいたジェイダは必然的に巻き込まれるのだ。
 そんな、どこにでもいそうな子どもの顔をしたジェイダに、兵士はうろんな目を向けた。
「おう。俺は一人で旅に出るんだ」
 笑顔付きで元気良く答えたジェイダを、兵士はもう一度上から下まで眺める。
 家出だろうか、という兵士の心情は、順番を待つ他の者たちにも伝わった。
「親の了承は得ているのか」
「はぁ? なんでそんな物が必要なんだよ。俺は俺の意志で出て行くんだ」
 突然された訳の分からない質問にジェイダは噛み付いたが、兵士は薄い名簿を閉じるとため息をつき、その名簿で自分の肩を叩いた。そんな態度がジェイダの神経を逆なでする。
「何の失敗やらかしたんだか分からんが、ここから先は危険なんだ。野獣も多く出る。坊やにはまだちょっと早いだろう。さ、家族と仲直りしておいで」
「お、俺はもうガキじゃねえぇぇっ!」
 ジェイダの叫びを誰が真剣に取り合うだろうか。
 必死な訴えは見事に却下された。


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「あらかた終わったかい?」
「ええ。主殿の思うがままに」
 楽しげに恭しく礼を取るバッファにサミリアは苦笑したが、快く頷いた。彼女自身も研究部屋の中を一通り見回し、完全に効力を失った魔法薬たちを、さしたる感慨もなく見つめる。
「自分のことじゃないとはいえ、主殿にそんな目を向けられる彼らが哀れですね」
 元は同じ原料同士、何か思うところがあったのだろうか。
 そんなバッファの言葉にサミリアは小さく笑った。
「同じではないさ。あんたは私の大事な人間。存在意義を変えられるのを、ただ黙って待つ薬草たちとは違うよ」
「そりゃ光栄ってもんです」
 バッファはおどけるように片目を瞑って見せた。
「ふふふ。あんたの言葉は何が真実なのか、主にさえ分からない」
「まさか。俺が主殿に偽りを申すとでも?」
 両手をサミリアに向けて、バッファは驚いた表情をしてみせる。その行動がすでに嘘臭いが、先日生まれたばかりの彼がこんなにも人間臭い真似をしてみせることが可笑しくて、サミリアは更に笑うのだ。
「さてね。あんたにはあんたの意志がある。それすべてを見抜けるほど主は万能ではないさ」
 行こうか、とサミリアは呟きながら窓を閉じた。
 風に吹かれて部屋を舞っていた魔法の欠片たちが融合し、妙な具合に形態を変えていたりするが、もう振り返らない。このような魔法の暴走はじきに終わる。
 軽い音を立てて閉じられた研究塔の部屋には、暴走した魔法だけが黙々と育っていった。

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