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造魔精霊

 【五】

 白亜の宮殿。
 瞳に眩しい清潔さで塗り固められた城廊下には赤い絨毯が敷かれている。柔らかな絨毯は極上の物だ。それだけで国の繁栄を窺わせる。城の規模は大きく、構造は一切の無駄を省いて造られていた。有事に兵たちが駆け抜けるには廊下が狭い印象こそあるが、統治者の素朴さを感じさせるような雰囲気だ。
 サミリアとバッファは連れ立ち、滅多に歩かない赤絨毯を踏みしめていた。
 サミリアの肩から掛けられた薄いストールが柔らかく舞っては絨毯をくすぐっていく。
 後ろからつき従うバッファは初めて見る外の様子に視線を漂わせ、疼く好奇心を堪えてサミリアの後を追う。黙ったままで表情を繕い、一緒にいるサミリアが侮られることのないよう、威風堂々とした構えで従った。
 サミリアが持つ第一級魔道師という地位は、国で上層の位置を有するものだ。城に住まう者でサミリアの顔を知らぬ者は滅多にいない。すれ違う者たちは皆サミリアに会釈をして敬い、サミリアは何者にも心を読み取らせない妖艶な笑みで鷹揚に頷きを返す。そんな光景が何度も見られた。
 バッファは密かに観察しながら少しだけ誇らしく思い、観察対象を外へ移す。
 大きな城内部には至る所から魔法の気配が感じられる。けれど、それを施し維持しているのは誰なのか。魔法に関わる者としては当然の興味だったが、それが言葉にされることはなかった。
 前を歩くサミリアに視線を戻したが、その背中は問いかけを躊躇わせる。誰が聞いているとも知れぬこの場所では、とても聞けない。
 サミリアが聞かれたくないと思っているからだろうか。それが従者であるバッファに伝わり、問いかける気を起こさせずにいるのかもしれない。
 主と従者との密接な関係。
 側にいるだけで自然と嬉しくなるものだが、自分の目の前から主が消えると思うと絶望が這い上がる。踏みしめていた地面が崩れてなくなる恐怖さえ湧き上がる。
 ジェイダには主がいない。それは、どれほどのものなのだろうかとバッファはふと思った。それとも従者と主の関係は、核によって生み出される物なのだろうか。核が側にあるとないとでは、揮える力の強弱すら違う。それを感情に置き換えているだけなのか。そうであるなら、サミリアが核を持っているというジェイダは――。
「バッファ」
 取りとめもない思考はサミリアによって遮られた。顔を上げるとサミリアが微笑んでいる。
「あんたは創りものじゃなく、もう人間なんだ。誰があんたを創りものだなんて呼ぶものか」
 バッファが息を呑むくらい、サミリアは哀しげに妖艶に、そして穏やかに微笑んだ。
 自分の考えを読み取ったかのようにも思えるそれは、単に偶然の物なのか分からない。彼女は他の何かを思って言っているだけなのかもしれない。
 バッファはそう探ったが、彼女の表情からは何も読み取れない。深い哀しみがあるだけだ。
 いつの間にか二人の歩みは止まっていた。
 城の曲がり角で立ち止まり、サミリアはバッファに笑んで再び前へ向き直る。
 背筋を伸ばし、腕にかかるストールを翻し、声を掛けることすら許さない毅然とした態度で歩き出す。彼女の背中は質問を一切拒絶していた。バッファは一瞬呆気に取られて背中を見送り、慌てて追いかける。その最中に苦笑を洩らし、どうでもいいかと考えを放棄する。
 自分の主に恥はかかせられない。
 バッファはサミリアに倣って背を伸ばし、侮られないよう余裕の笑みを口許に浮かべた。
「国王は謁見の間に?」
 しばらく歩いた頃だ。
 サミリアはひときわ立派な扉へ近づき、その両脇に佇む扉守へ声を掛けた。彼らは敬礼をして短く返答を告げる。
「ここに国王はいらっしゃいません」
「そう、困ったねぇ。至急の用事があるのだけれど、どこにいるのか知らないかい?」
 サミリアは「ふぅ」とため息を落とし、頬に指をかけて首を傾げた。
 艶やかな黒髪が流れ、眩しく柔らかそうな首筋が露になる。扉守たちの視線が釘付けとなり、彼らの頬が赤く染まる様を、バッファは確かに見た。彼らはサミリアがもう一度首を傾げると慌てて我に返る。
「国王はこの時間、中庭へ出ているはずです」
「よろしければご案内いたしましょうか」
 動揺の残る声で一人が申し出れば、残されたもう片方が睨みつける。
 先ほどまで扉を守る同志であったはずの二人は、今や敵になっていた。
「ああ、ああ、けどあんたたちの役目はここを護ることだろう? 私のせいでそれを疎かにしたとあっちゃ、私は国王になんてお咎めをくうことか」
「はっ、失礼しました」
 二人は火花散る視線を外し、慌てて畏まった。
「ふふふ。それに、護衛なら後ろの方がついていなさるからねぇ。気遣ってくれて有難うよ」
 サミリアに視線を向けられたバッファは、それらしく優雅に礼をして見せた。上流貴族に通じる所作である。玉座の扉を護る扉守であるが、彼らの出身は平民だ。二人は悔しそうにバッファを見る。
 嫉妬や羨望。そんな視線にバッファはニヤリと笑い、見抜かれた二人はムッとする。サミリアがため息を零した。
「ではね。私たちはこれで失礼するよ」
 事態がややこしくならない内に、嫉妬に駆られた二人がバッファの身分を詰問する前に、サミリアは踵を返した。教えられた中庭へと足早に去る。
「お気をつけて!」
 城の中で気をつけても何もないと思うが、二人は先を競ってサミリアの背中に声を掛けた。そんな二人の視界から、バッファは自らの大柄さでサミリアを隠した。
 笑みを絶やさぬままその場を辞してサミリアを追いかける。その背中には、二人の敵意がまだ鋭く突き刺さる。
(いやぁ。やっぱ美女が主だと、仕える俺も鼻が高いってもんだぜ。役得だよな)
 バッファの心情が二人に筒抜けにならなかったのは、幸いだった。

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