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魔法使いの休暇

 エクタは賑やかな表通りを眺めながらため息をついた。
「まさか追い出されるとは思わなかったなぁ」
 エクタの主人は結婚した。最近のことだ。それはめでたいことで喜ばしい。なにしろ主人は「一生独身なんじゃないかな」と危惧されるほど素行が悪かった。それがつい先日、可愛らしいお嫁さんを貰ってからは一変した。それまでの素行の悪さはどこへやら、良き夫を務めているのが意外で、何より可笑しかった。
 そこまでは良かったのだけれど、主人は身の回りの世話を務める最低限の人間を残し、屋敷で働く全ての者に休暇を出した。これまでほとんど休みなど貰ったことがなかったエクタは驚いた。行く場所も帰る場所もないので「いらない」と断ったのだが、主人はなんと「新婚の邪魔だ」と、容赦なくエクタを追い出したのだ。
「まったく。誰が結婚の手伝いしてあげたと思ってるんだよ」
 エクタは唇を尖らせながら呟いた。
 主人のバルメダは商人の出自で給料は良い。エクタはほとんど使わずにいたので、預金は結構な額になっている。それを使えば宿に入り浸っていても何の問題はない。たとえその期間が一年だろうが二年だろうが、底をつかない金額だ。
 しかしエクタは屋敷以外の場所へ行く気がなかった。バルメダに見つからないよう、夜にこっそり戻ればいいかと考える。それくらいは簡単だろう。何しろ自分は魔法使いなのだから。
 町並みを眺めていたエクタは立ち上がった。
 町の人たちがエクタに気付いてざわめいた。驚愕の声を上げ、指でエクタを示す者たち。
「屋根の上はやっぱり不味かったかな」
 言葉は表情を裏切っていた。エクタは笑いながらポンと屋根から飛び降りた。
 見ていた人々が今度こそ悲鳴を上げる。
 人々のざわめきを煩く感じながら、エクタは風を操って地面に着地した。自殺かと構えていた人々が呆気に取られたようにエクタを見ていた。エクタはそんな彼らにニコリと微笑むと跳んだ。
 子どもではあり得ない跳躍力。
 皆の視線を一身に浴びて、エクタはさして悪い気もせずに飛び回っていた。そうしていると背後からエクタを呼ぶ声がある。
「なあ、お前、お前ってば! 止まれよ!」
 顔を顰めて振り返ると、活発そうな少女がエクタを追いかけて来ていた。
 やはり自分のことかと、エクタは地面に降り立つと彼女が追いつくのを待った。
「何?」
 目の前まで走ってくると、少女は膝に手をついて荒い息をつく。
 亜麻色の短髪が彼女の輪郭を覆う。背丈はエクタとそれほど変わらないように思える。
 少女が息を整えるまで観察していたエクタは、彼女が旅行者であることに気付いた。身軽な服装は歩くのに最適なもので、腰には貴重品などが入れられた袋が巻きつけられている。
 少女はしっかりと息を整えてから顔を上げ、エクタを見た。
 ――顔は人並み程度かな。
 バルメダと行動を共にしているせいか、感化されているようだ。ずいぶん失礼なことを思っているなと、自分でも思った。
「お前、魔法使いだろう?」
「そうだけど?」
 エクタは肩を竦めた。外へ出れば嫌でもこういう質問は投げかけられ、魔法を見せて欲しいとせがまれる。それが嫌なために、エクタは屋敷に閉じ篭っていたかったのだ。
 エクタは“魔法使い”という信憑性を高めるために、少女の目の前に花束を出した。女にやれば喜ぶぞ、との、誰かの入れ知恵を実践してみせた。これで、声をかけた少女の目的は達せられただろう。しかし少女は途端にムッとした。
 花を持ったエクタの手をパシンと叩き、反対の手を掴む。
「そんなこと頼んでない。ちょっと来てくれ」
 少女の言葉はお願いする形を取っていたが、行動は強制だ。腕を掴まれたまま、エクタは引っ張られるようにして歩き出した。一体どんな厄介ごとを押し付けられるのだろうかと、エクタは花束を消してうんざりとしたままそれに従った。
 逃げようと思えばいつでも逃げられる。しかし夜まで何もすることがないので暇だ。少しくらいは付き合ってあげてもいい。
 少女は何の説明もせずに足早に進んでいく。
 人波を掻き分けることに慣れていないエクタはしょっちゅう人にぶつかりながら引き摺られていく。おまけに少女の足はとても速かったものだから、エクタが人にぶつかる頻度もかなりのもので。もしかして自分には動体視力が欠落してるのかなと少し悲しく思ったとき、今度は突然止まった少女の背中にぶつかった。
「大丈夫か?」
 止まった少女はエクタを見て呆れたような顔をしていた。
 エクタはムッとして反論しようとしたが、それよりも先に少女が口を開いた。
「あそこにいる子どもたちにな、魔法を見せてやって欲しいんだ」
 少女が指す先には小さな広場があった。ささやかな遊具が置かれたそこでは、小さな子どもたちが和気藹々と遊びまわっている。
「どうし」
「ほら行くぞ」
 理由を聞こうとしたが、すべて言い切る前にまたしても引っ張られる。先ほどから少女に振り回されっぱなしで情けなさが込み上げる。
 広場に足を踏み入れると、子どもたちがワッと駆け寄ってきた。その迫力に仰け反るエクタだが、少女に手をつかまれているので逃げることもできない。
「その人が魔法使い?」
「わぁ。僕、初めて見た!」
「杖は持ってないのね」
 取り囲まれたエクタはベタベタと触られて恐慌状態に陥りかけた。
 少女が子どもたちを少しだけ下がらせて胸を張る。
「今からこいつが魔法を見せてくれるからな!」
 少女の声に歓声があがる。エクタが魔法を使うことは決定したようだ。ここで断ったりしたら何をされるか分からない。
「ほら、魔法使い!」
「……何をすればいいの?」
「だから、魔法を見せてくれって」
 魔法を見たい、というただその言葉だけを告げられてエクタは首を傾げた。何の魔法でも、魔法であるならいいのか。皆のキラキラした視線がエクタに注がれていた。それを感じながらエクタは「どうしよう」と思案し、指を軽く振った。少し経つと空から雪が舞い降りてきた。気付いた子どもたちが歓声を上げる。
「すごーい。雪だ雪!」
「雪だよ!」
「お前凄いな!」
 少女にまで笑顔で褒められて悪い気はしない。けれど、どこにでも可愛くない子どもはいるものだ。
「これ本当にお前が降らせてるのかよ? ただの偶然じゃねぇの?」
 皆が歓声を上げる輪の中には入らず、ひねくれた子どもがそんなことを言った。
 エクタはピクリと片眉を上げ、もう一度指を軽く振った。
 次の瞬間。
 超局地的なブリザードが男の子を襲った。
 フワリフワリと舞っていた雪は、重力が異常にかかったように勢い良く落下してくる。風流などあったものではない。男の子はあっと言う間に雪で埋もれてしまった。
 見ていた子ども達は呆気に取られ、少し遅れてから事態に気付き、慌てて雪を掘った。中からは恐怖で固まった男の子が救出される。
「ふん、ざまーみろ」
 エクタが鼻を鳴らすと、隣で呆気に取られていた少女が勢い良く笑い出した。
「お前、中々やるじゃないか!」
 バシバシと背中を叩かれたエクタは顔をしかめた。
「僕に用事って、これだけ?」
「ああ、そうだ。子どもたちが魔法を見たことがないって言うからさ。どうしても見せてやりたかったんだ。ありがとうな」
 笑いすぎた少女の目尻には涙が浮かんでいた。
 素直な彼女にエクタもつられて笑い、手を伸ばしてその涙を拭き取った。
「え?」
 少女の目が大きく見開かれ、次いで真っ赤に染まる。何の意図もなく涙を拭き取っていたエクタはそんな反応を返され、つられて赤くなる。妙な居心地の悪さを覚えた。
「じゃあ、僕はもう帰るね」
 赤くなった顔を隠すように踵を返す。
「あ、待て待てお前、せっかちだぞ」
 去りかけたエクタの服をつかんで少女が止める。
「まだ何かあるの?」
「名前、教えろよ」
「……エクタだよ」
「エクタだな。よし、私はカリアだ」
 何が「よし」なのかは分からないが、カリアは満足そうに頷いた。
「エクタ、私に今の魔法を教えろ。私もあの魔法を使ってみたいんだ」
「はぁ!?」
 あまりに突拍子もない言葉に、エクタは大声を上げた。それを聞いたカリアの眉が不愉快に寄せられる。
「何だ、その声は。いいだろう。教えてくれ」
「教えてくれって……魔法っていうのは、個人に適性が必要だから」
「ああ、そのことなら大丈夫だ。私も魔法使いだからな」
 更なる爆弾発言に、エクタはあんぐりと口を開けた。それを見たカリアが笑い出す。
「びっくりしたか? 私がそう言うと、何でか皆びっくりするんだ」
 エクタは驚きから立ち直ってまじまじとカリアを眺めた。
 明るい短髪に、動きやすい服装。体には魔法の装身具一つ付けていないし、はっきり言って、魔力の欠片すら彼女からは感じられない。本当に魔法の適性があるのかと疑ったエクタの顔に、カリアが何かを突きつけた。
「私が魔法使いだと言うと、皆は必ず“証拠を見せろ”と言うからな。ほら、これが証拠だ」
 顔に押し付けられた小冊子をエクタは受け取った。
 冊子の一ページ目には「王宮魔法使い協会認定書。この者を魔導師階級に所属する者と認定する」と記されてあった。端には“カリア魔導師”と魔法の文字で描かれ、協会の署名と落款も押してある。エクタが少しの魔法をかけてみると、それらは赤く輝いて魔法の反応を返す。決して偽物ではない。エクタも自分の認定証を持っている。
「どうだ。本物だろう」
 誇らしげに胸を張るカリアに、エクタは正直に頷いた。
「でも、そうしたらカリアが魔法を見せてあげたら良かったのに。何でわざわざ僕を呼んだの?」
 そう尋ねると、今までの威勢の良さはどこへやら、カリアは急にうな垂れた。
「私はまだ半人前で、魔法が使えないんだ」
 エクタは眉を寄せる。魔法が使えない魔法使いなど聞いたことがない。魔導師協会に認定された魔導師ならば、半人前でも見習いでも、必ずある程度の魔法は扱えるはずだ。 エクタの疑問を嗅ぎ取ったのかカリアは弱く笑った。
「一度も成功した例がない。いつも失敗ばっかりなんだ。だから、ちゃんと魔法が使えるようになるまで修行の旅を命じられた」
 認定証を大事にしまいこんだカリアはため息をついた。先程までの彼女とはずいぶんと違う気弱な雰囲気に、エクタは内心で驚いていた。
「なぁ。お前、私の師匠になってくれないか? 1人で旅をしてきたんだが、上達する兆しもないんだ」
 エクタは渋い顔をした。何で僕が、と断ろうとした。
「頼むよ! このままじゃ私、王宮に帰ることも出来ないんだ」
 泣きそうな顔で縋られたエクタは思わず頷いた。カリアは途端に破顔する。
「本当か!? ありがとう!」
 カリアは満面の笑顔でエクタに抱きついた。そんな彼女をどうしたらいいのか分からずにいると、カリアが思い切り離れる。抱き締め返そうと、エクタが腕を上げた瞬間だった。
「あ、その、ごめんな。わ、私だって誰にでも抱きつくんじゃないんだが、今は凄く嬉しくて……それにお前、何か親しみやすくてさ!」
 真っ赤な顔で言い訳するカリアに笑みが零れる。するとカリアも安心したように笑い、和やかな雰囲気が二人の間に流れた――二人は同時に気付いた。今まで忘れていた子どもたちが、興味津々といった目でこちらを見ていた。
 エクタとカリアに気付かれたと知った子どもたちだが、「いいからいいから」と手を振って存在を気にするなと主張し、「続けて続けて」と促しさえした。子どもたちの視線はそのまま二人を注視し続ける。
「うわあああああっっ?」
 カリアは首まで真っ赤に染め上げて奇妙な叫び声を上げた。そしてエクタを睨みつける。
「お前、お前のせいだぞ!」
「え、僕?」
 子どもたちに手を上げる訳にはいかないので、理不尽な八つ当たりがエクタに向けられた。
 カリアは両手を構えて力を集中する。爆発的な威力を持った光が生まれ、エクタに向かって放たれる。魔法による八つ当たりだ。
「何だ、ちゃんと使えるんじゃないか」
 エクタは冷静にその力を見極めて相殺しようとしたが、次の瞬間、目を剥いた。目の前に迫っていたカリアの力が前触れもなく弾け、四方八方に飛び散ったのだ。
「うわあ!?」
 最初はこれがカリアのフェイントなのかと思ったが、カリア自身が発した驚愕の声で違うと知れる。力がただ暴走しただけだ。
 飛び散った力は子どもたちへも向かう。子どもたちは突然のことで逃げることもできない。ただ呆然と迫り来る魔法を見ている。
 エクタは素早く子どもたちの前に回りこんだ。力を受け止めたが、衝撃を吸収しきれずに空へ弾き飛ばす。エクタが最初にかけた雪の魔法と衝突して二つの魔法は相殺される。今まで降り続けていた雪がパタリと止んだ。
「だ、大丈夫か!? すまん! ホントに、すまん!」
 カリアはエクタの前に駆け寄ると必死で謝った。
「……王宮で練習していた時って、こんな風に力が暴走したりしてたの?」
「あ、ああ。研究塔は良く爆発していたし、対人魔法をかけようとしたら相手が一週間痺れっぱなしっていう時もあった」
 エクタは唇を引き結んだ。
 つまりはこれ以上被害を受けたくないと思った魔法使い協会が“修行”と銘打って外へカリアを旅立たせたのだろう。ていのいい厄介払いだ。
 そんなに嫌なら除名すればいいのにと思わないでもないエクタだが、それはないなと1人で納得する。カリアが見せた魔法力は強大だった。普段は魔力の気配を欠片も感じないが、彼女がひとたび集中すると、みるみる魔法の気配が溢れだす。みすみす手放すのは惜しいものだ。万が一にもコントロールに成功した時のために、除名にまでは至らないのだろう。
 考え込んでいたエクタの耳に恐る恐るといったカリアの声が響いてきた。
「なぁ、お前……本当に師匠になってくれるか? これまでにも何人か師匠になってくれた人はいたけど、誰も長続きしなかったんだ。嫌なら断ってもいいんだぞ。恨まないから」
 見上げるカリアの目はとても澄んでいた。魔法使い協会から命じられた“修行”という言葉を微塵も疑ってはいないようだった。
 エクタは微笑んだ。
 後ろで子どもたちが睨んでいるのが分かる。断ったら許さない、とでもいうつもりなのだろう。そんな子どもたちの視線がなかったとしても、エクタが取る行動は決まっていた。断るなどとんでもない。
「あの人に言って、カリアも雇って貰おう」
 エクタは呟いた。きょとんとした顔で見上げてくるカリアに優しく微笑む。
 もしバルメダが断るようなら永久休暇を貰うと言って、脅せばいい。あの人は僕の力を結局は必要としているから、承認するしかない。どれほど嫌味を言われるようになるか分からないが、それはいつものことだ。万が一にもカリアが手を出されたりしないよう、バルメダとの顔合わせの時に、一度魔法を暴走させておいたほうがいいだろう。
 エクタが黒い思惑を巡らせている間中、カリアは心配そうにエクタを見上げる。それに気付いてエクタはカリアに手を伸ばした。
「いいよ。僕が魔法を教えてあげる」
「本当か!?」
 カリアはパッと表情を輝かせるとエクタに抱きついた。
 エクタは目を剥いたがそれを受け止めて笑い、今度こそ迷わず抱き返す。
 魔法使い協会に返すつもりは毛頭なかった。

END

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